名無しの志士、異世界へ転生させられ候ふ
能美音 煙管
一章 小生、生まれ変わり途方に暮れ候ふ 一ノ回
――――時代は幕末、とある
「はぁはぁ…急がねば…」
とある路地を右に曲がった先には浅葱色の衣に身を包んだ新選組が張っていた。どうやら相手は一人のようだ。
「待ってたよ…人斬りさん」
志士は瞬時に呼吸を整え、抜刀し構える。張っていた新選組も抜刀し応戦する構えを見せた。
「お前たちの盟主
「違う…」
浅葱色の衣を着た男は一歩踏み込む。
「何が違うと言うんだ。土佐勤王党は開国・
攘夷派志士は少しずつだが
「違う…」
更に一歩を踏み込み浪士は言った。
「なぁ、今の土佐勤王党に
この浪士の言葉に少し疑問を感じた攘夷派志士。
「我ら土佐勤王党は
志士は率直に疑問をぶつけてみた。しかし、案外あっさりと浪士は答えた。
「フッ…そうか、お主は意外にも頭が回るのだな?私は
そう言うと浪士は刀を右手から左手を上段に持ち直した。
(左利き?まさか、こいつは…!)
「お前は次の
攘夷志士は既に心の臓を貫かれていた。持ち替えた時はまだ距離は十尺(約3m)はあったはず…浪士の刀は平均的な刀で二尺三寸(約70㎝)ぐらいのはず…いくら手を伸ばしても届くはずはない。なのに既に心の臓は刀の半分近くまで突き刺さっていた。
「ああ、何であの距離から突き刺せたかって?私は人より突きが得意なんですよ…」
そういうと突き刺していた刀を攘夷志士の身体から抜き、一旦刀を払い血を落とすがベットリと付いた血は簡単には取れないので
綺麗になった刀身を鞘に納めると攘夷志士は突き刺された所から血がドンドンと溢れてくる。それと同時に糸が切れた人形の様に倒れてしまった。
浪士はそれを確認した所で待っていた者が来たようだった。
「終わったのか?斎藤」
後から来たのは男で身なりの整った旗本のような身なりした者だった。浅葱色の衣に包まれている斎藤と呼ばれている浪士は流すように答える。
「ええ、一突きで」
「お前も大変だな…これも依頼主から要望か?」
そう尋ねると浅葱色の浪士は不敵に笑みを零し男に言ったのだ。
「ええ、依頼主からは壬生浪の手柄にしてほしいと言われていたので…それで伊東さんの方の首尾は
伊東と呼ばれている旗本風の男は表情も変えずに淡々と答えた。
「こちらは問題無い。
「ふむ、そうですか。それとそろそろ壬生浪が来るので退散しましょう」
「ああ、そうだな」
斎藤と伊藤は路地の闇夜に消えていった。
この時、実はまだ意識があった攘夷志士…密かに二人の話しを聞いていたが、その命は幾ばくも無い状態であった。ただ、一つこれまでの事を走馬灯を巡らしていた…。
恩師・武市 半平太の事、土佐勤王党の仲間の事、そして
(だけど…以蔵とは違う道になったけど…またさ、あいつと馬鹿な事を語りたかったなぁ…どうして違えちまったのかなぁ…)
そんな事を思い出しながらも着々死が近づく…が、自然と恐怖は無かったのだ。
(俺ぁ…人を斬り過ぎたからなぁ…罰があったんだなぁ…菩薩様、俺ぁ地獄でいい……だけど、もしも叶うなら次は人の為に生きたい…平和な世で人を斬らんくてもいい…そんな世の中にしてほしい)
あまりの出血に血だまり大きくなってきた…これでまだ死んでないというのは奇跡に近いのかも知れない。もしくは彼の言う菩薩様が悔い改める為に生かしているのかは分からない。
(以蔵……今、地獄に行ってやるから待ってろよ…お前泣き虫だったからなぁ………一緒に居てやんなきゃ…一緒に…償って…………今度こそ人斬り…は……………したく…な…い……な)
この刺殺事件は内々で新選組がやったという事になり、歴史にも名を遺す事は無いのであった。
そして、この男が誰だったのかも分からず仕舞いのまま、恐らく攘夷志士だろうというだけの事で片付けられてしまうのであった。そして、この日は慶応三年十月十四日(1867年11月9日)の夜更けの出来事で名も無き攘夷志士は大政奉還の知らせを聞く事も叶わず、歴史の闇に消えていった。
【幕末の歴史ポイント・土佐勤王党】
文久元年(1861年)に土佐出身で江戸留学中であった武市瑞山らによって結成された(wikiより抜粋)
武市 瑞山というのは通称の武市半平太の方が現代はよく知られていますね。但し、武市半平太曰く盟主は実は深尾 重先と語ったとかそうでないとかだそうです。wiki調べなのであってるかどうかはわかりません。
吉田東洋暗殺は吉田東洋の後ろ盾である山内豊茂(隠居後・容堂)が安政の大獄により失脚した事により吉田東洋の基盤が不安定になり、元々保守派との反りが合わなかった事もあり、東洋の排除が目的の土佐勤王党と東洋の変革路線反対の保守派と手を組み文久二年四月八日に武市半平太の指示を受けた那須信吾ら勤王党員が吉田東洋を暗殺したとされています。
ここから更に文字お越しすると長いので中略。
文久三年(1863年)四月に山内豊茂が謹慎から戻った事で一気に土佐勤王党を弾圧していきますがこれらに関しては土佐勤王党を庇うのもちょっと違うかなとも思います。
ただ、当時の土佐は不文律な身分制度があった為に不満があったのも事実で土佐藩にも非があるのは結果論でしかありませんが…(個人的な意見)
そして、文久三年(1863年)~慶応元年(1865年)に至る一連の弾圧により、土佐勤王党はその指導者の大半を失ったことで、事実上壊滅することとなった(wikiより抜粋)
なので土佐勤王党が作中の年月まで居ること事態が歴史的にも本当は違うのでフィクション(個人的な希望)になっております。
――――――――――――――――
声が聞こえた…誰かに…呼ばれてる。そう、分からないけど自分を呼んでいる。
「もし、もし…」
俺ぁ死んだ…はずだ。
「
ああ、誰だか分からないが…初めて人を斬ってからずっと悔いていた事。
「其方は、平穏な世を望むのか?」
ああ、
「そうか、其方が望むなら其方が望む世界へ生まれ変わっても良いぞ」
俺ぁが、生まれ変わって…良い…?
「うむ、師の為、友の為に悔いたの申すならば…この我に、その悔い改めた行いを示す機会を与えよう」
そうか、これは天啓か…
「良い心掛けだ。其方の願い聞き届けたぞ…」
後光が消える少しだけ彼の言う慈愛菩薩の御身が
あれだけ明るい所の明から全てを無に還すような暗闇に変わっていた。
―――――――――――――――――
現在地・???
黒髪の青年が樹が茂る木陰でフカフカそうな草が優しく体を包み込んで寝ているではないか。
青年は意識が戻り、目を覚ます。大きな
始める。
「あー、えっと…
と、呟いてた所で近くには誰も居ない。というか、この樹以外に本当に何もない場所…というのが正しい。
あと何より、自分の口調に違和感がある。普段は『俺ぁ』か『おら』なのにどうしても一人称が『小生』か『拙者』になってしまう。何よりの違和感は意識してないのに語尾に『御座る』が出てしまう。
自分が見える場所から身なりを見ているとここは自身が居た幕末では無い…京でも無いという事である。西洋式の衣服でピチッとした体形に合わせた衣服だとは分かる。ただ、慣れない…。
「よし、こういう時は
うん、敬ってないですね、此れ。
すると、とある方向へ突風が吹き抜けていく。
「ふむ、小生の行く先はあちらで御座るな。相わかった…菩薩様の
旅は初めてではないが、小生の長い旅の始まりで御座る。
こうして、慈愛菩薩様(?)の示された道に誘われるまま彼の世の為、人の為の人生の始まりだったのだ。
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