潮騒に綴る ― アルモンダヴセレの祈り

@shiro-ao

イントロダクション

 アルモンダヴセレは冬が美しい。切り立った岸壁が幾重にも続き、たたきつける潮にうっすら煙る。イヴォルナにとって故郷の冬の海をこうしてじっくり眺めることは、子どものとき以来、久しいことだった。

 美しいものを「美しい」と書くだけの日記は、彼女が何か書き物をすることが幼いころからの癖だったことを考えれば、たやすいことであるが、しかし、何か使命をもって書くとなれば、それは気が重いことだった。彼女じしんが、小さなアルモンダヴセレの市内でおきる出来事を間近に見聞きする立場になって、心のどこかにずっと引っかかっていたことだ。

 もし記録を残すとしたら、それは誰のためになるのだろう。後世の人が面白おかしく読むだろうか。あるいは、ひっそり埃をかぶり、陽の目も見ぬままうもれていくだろうか。それでも筆を執るとしたら、いったい何を期待するのだろう。

 彼女が若いころ、恋の悩みや友人との煩いをスケッチブックに書き連ねたように、その延長にあって、ただ書かなければならない焦燥があるだけかもしれない。社会的な使命というには、ひそやかで、時代の波に消えていくうたかたの記録かもしれない。

 それは仕事から少し早く帰宅できたある日の晩のこと。ふと思いついて、かつて手元に準備したノートをひらいた。潮の気配の届く部屋で、彼女だけが知っている冬の光を思い浮かべる。それはすべての、愛おしいものたちのために。日々、ふり降りてくる仕事にうもれそうになっているというのに、どう締めくくるとも分からない日記をひらいて、イヴォルナはそっと筆をとるのだった。

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