絶対防衛線のNTR部隊

風親

絶対防衛線のNTR部隊(前編)

 日々強大化する怪獣との戦いに、僕は苦戦を強いられていた。


 井上博士は、神妙な面持ちでタブレットから顔を上げる。


 対策が決定したようだ。


 予想されるのは、僕が特訓を積んで新たな必殺技を編み出すことだろう。


 あるいは、開発中の新兵器を実戦投入するのかもしれない。


 新型機の投入は、現時点ではさすがにまだ可能性が低いと思われる。


 そのいずれかだろうと予測しつつ、僕は博士の報告を待った。


 しかし、僕に伝えられたのは、予想とは全く異なる意外な言葉だった。


「データ分析の結果、あなたの出力を最大限に引き出すには……」


 井上博士は、少し緊張した様子で言葉を選んでいる。その様子を見た僕も、過酷な特訓や、体と精神に負担のかかるシステムが必要なのではないかと、緊張した面持ちで次の言葉を待った。


「『寝取られ』が最適なのよ」


「……はい?」




―――――――――――――

 青い空の下、海辺の街は平和な日常に包まれていた。人々は穏やかな表情で行き交い、街は活気に満ちていた。そんな平穏な時間を切り裂くように、突如として怪獣が現れたのだ。


 怪獣は数年前から現れるようになった巨大な生物で、当初は色々な名前で呼んでいたけれど巨大であること以外は多様だったので、結局、その名称で落ち着いていた。


 灰色の鱗に覆われた巨体を持つ怪獣は、街を蹂躙していく。鋭い爪で建物を引き裂き、口から放たれる炎で街を焼き尽くす。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。パニックに陥った街は、一瞬にして修羅場と化したのだった。


 そんな絶望的な状況の中に、僕が操るロボットが現れる。轟音と共に飛来したのは、銀色に輝く人形兵器――NX-2型ガーディアン――だった。


 「来てくれた!」


 「ガーディアン、頼むぞ!」


 街の人々から大歓声が上がる。そう、彼らにとってガーディアンは、正義の味方であり、守護神なのだ。


 ガーディアンのコックピットで、操縦桿を握る僕、岩瀬裕一は緊張で手に汗を握っていた。


 このガーディアンに特別な適合者だと言われた時は、『そんな重要なこと僕には無理です』と謙遜しながらも、内心ではまるでアニメの主人公のようだと思って心躍らせていた。


 ただ、一つ不満を言えば、いわゆる怪獣と呼ばれる巨大な生物と戦うにもかかわらず、ガーディアンの大きさが少し物足りなかった。


 巨大ロボットとはとても言えない大きさで、パワードスーツに近いイメージだった。パワードスーツにしてはかなり大きい数メートルの人型兵器。


 突如出現するようになった怪獣に対抗するために作られた新兵器だけあって、耐久力は十分にある。かなりのジャンプ力も備えており、遠距離兵器も装備している。


 しかし、図体のでかい怪獣を見上げると、どうしても恐怖が込み上げてくる。


 今まで平和な国で平凡に暮らしてきたただの男子中学生にとって、街中で遠距離兵器を使うのはためらわれてしまう。


 一度、海に押し返してから使いたいと考えるが、そんな余裕があるだろうか……と震える手で操縦桿を握る。


 「よし、行くぞ!」


 覚悟を決めて叫ぶと、ガーディアンを前進させる。街を破壊する怪獣に立ち向かうため、全速力で突き進むのだった。


 怪獣との戦いは熾烈を極めた。鋭い爪で切りつけられ、蹴っ飛ばされた。ガーディアンは怪獣の猛攻に晒され、体当たりで派手にふっとばされる。コックピットで必死に操縦する僕も、大きく揺られて酷い目に遭う。


 「くっ……! 負けるか!」


 だが、僕は諦めない。街の人々の声援が、僕に届いていた。


 「頑張れ、ガーディアン!」


 「負けるな! 君ならできる!」


 その声に応えるように、僕はガーディアンを立ち上がらせる。ダメージは蓄積していくが、それでも前に進む。守るべき街と人々がいるのだ。絶対に負けられない。


 「うおおおお!」


 渾身の力を込めて、ガーディアンの拳を怪獣に叩き込む。すると、怪獣は苦悶の叫び声を上げ、そのまま地面に倒れ伏した。動かなくなった怪獣を見て、街の人々から喜びの声が上がる。


 「やったぞ、ガーディアン!」


 「ありがとう!」


 拍手喝采が街に響き渡る。満身創痍ながらも、僕はガッツポーズを決めるのだった。街を守ることができて、本当に良かった。


 こうして、今日もガーディアンと僕の活躍によって街は守られた。


 そう満足していた。






―――――――――――――

「うーん。こんなボロボロになってしまって……」


 ガーディアンを整備している基地は、とある街の地下にある。


 巨大地下道から基地に戻ったガーディアンを、井上博士は見ながらそっと目を伏せた。


 井上菜月博士は、まだ二十代にも関わらずこのガーディアンという怪獣に対抗できるパワードスーツを作り上げた総責任者だった。


 この知的な眼鏡美人に、少しくらいは労ってもらえることを期待していた。

 でも、井上博士にとっては我が子のようなガーディアンを、うまく使いこなせずに傷つけてしまったので、僕は何も言えずにシュンとしてしまう。


「ちょっと裕一君は、出力不足ですね」


 井上博士はそう言った。適合していると言われて、舞い上がっていた僕の気持ちが沈んでしまう。


「でも、出力をあげるために、色々試してみましょう」


 微笑みながら言ったその言葉を聞いた時は、鉄下駄を履いてランニングみたいな修行をするのだろうかと思った。


 まさか……まさか、あんなことになるなんて……

 この時は想像もしていなかった。






―――――――――――――

 僕は教室の机に突っ伏していた。昨日の戦いの疲れが抜けきらず、体中が筋肉痛でガチガチだ。ヒーローとはいえ、所詮は普通の中学生。こんな激戦は堪えるものがある。


 ふと顔を上げると、優しげな瞳と出会った。


 「大丈夫、裕一?」


 心配そうに覗き込んでくるのは、幼馴染の桜井美月だ。


 美月は、サラサラのロングヘアーが印象的だ。僕とは家が隣同士で、物心ついた時から知っている仲だが、最近ではクラスの誰もが憧れる存在になっているらしい。そんな美月が僕に心配そうな眼差しを向けている。


「おう。大活躍だったもんな」


 美月の後ろから、がっしりとした体格の斎藤拓も声をかけてきた。声を潜めているつもりなのだろうが、結構通る声なので周囲にばれないか心配になる。


 拓とも小学校に入ってからの付き合いだ。こちらも幼馴染と言っていいだろう。


 二人とも、僕がガーディアンのパイロットだということを知っている。初出撃の時、まさに現場でスカウトされた際に、彼らも同じ戦場にいたからだ。


 ガーディアンのことは絶対に他人に話さないようにと言われたが、二人に関してはすでに見ているからなのか、多少は話していいと許可されている。


 「昨日の戦い、すごかったね。派手にふっとばされてたけど、ケガとかない?」


 美月は、ひそひそと小声で尋ねてくる。


 「ああ、僕は大丈夫だよ。ガーディアンが守ってくれるからね」


 僕は笑顔で答えた。本当は全身がズキズキ痛むのだが、美月を心配させたくない。


 操縦するだけでかなり腕や足を使う。スティックを指先で傾けたら動いてくれたりはしないのだ。


 それに、怪獣の攻撃で直接傷つくことはないが、衝撃は伝わってくる。踏ん張らないと骨が歪んでしまいそうになる。


 「よかった……無理しないでよ?」


 ホッとした表情を浮かべる美月。その微笑みを見ていると、不思議と疲れも吹き飛びそうだ。


 「ほんと、裕一のおかげで助かったよ。昨日の怪獣、あのままだと県民ホールの方まで来てただろ? お前が食い止めてくれたから、コンサートが無事、今日開催できるってもんだ」


 ちょっと大げさな演技で、僕に感謝する拓だった。


「おいおい。僕じゃなくて、まずはスタトリのコンサートの心配かよ」


「そりゃそうだろ。でも、ファンは本当に感謝していると思うぜ」


 拓は、スターライト・トリニティという一部で人気が出始めたアイドルグループの大ファンなのだ。そのコンサートが今日、僕たちの街で行われるらしい。


 軽い口調で推しているアイドルのためと言いながら、少し凹んでいる僕を励まそうとしてくれているのだと分かって、僕は感謝していた。


 マスコミは少しでも被害が出ると『初動が遅い』と言ったり『税金の無駄遣い』とか、とにかく政権や役人への批判をしようと躍起になっていた。


 今は偉い人だけに不満が向いているが、いつガーディアンを支えてくれる人たちに飛び火してしまうか分からない。僕自身も、『二十四時間出撃できるように待機していろ』『学校に行くなんて甘え』と言われるんじゃないかと気が気ではなかった。


 「拓……ありがとう」


 思わず、そう言葉をこぼしてしまう。


 「……実は、僕、どうやら出力が弱いらしくて」


 そう明かすと、美月と拓が真剣な眼差しを向けてくる。


 「どういうこと? パイロットが動力源になってるの?」


 「そういうわけじゃないんだけど、パイロット次第で性能が変わるみたいなんだ」


 僕の説明に、二人は顔を見合わせる。


 そんなことを言われても二人も理解できないだろう。正直、僕もいまいち分かっていない。

 なんとなく日によって、うまく動かせる時とそうでない時があるのは感じている。


 「じゃあ、美味しいもの食べて、ちゃんと寝れば良くない?」


 美月が前向きな提案をしてくれた。


 「そうだ、明日お弁当作ってあげる。好きなもの言ってね」


 「いいなぁ、裕一は。俺も美月の手料理食べたいなぁ」


 「ダメ。働いている裕一専用」


 「なんだよ、ケチ」


 思わず苦笑してしまう。いつもの調子の会話に、嫌なことも忘れられそうだった。


 「ありがとう、美月、拓」


 いい友人に恵まれたと心から思えた。

 昨日も街の人たちは応援してくれて、感謝してくれたことを思い出し、前向きに頑張る気持ちになれたのだった。


「よし、じゃあ、今日、二人で何か食べに行こうぜ」


 拓は僕の肩に腕を回すとそう誘ってきた。


「え、ずるい。私も行くから!」


 小さい時と同じように美月もついてこようとする。


 ただ、ちょっと大きな声は、クラスの男子の注目を浴びてしまい、やっかみを受けそうな気がした。


「コロッケだけど、いいか」


「なんで、またコロッケなのよ! いいわよ。行く!」


 いつもどおりの調子で、僕たち三人は放課後、美味しいものを食べに行くことにした。





―――――――――――――

 今日も一日の授業を終え、いつものように下校しようとしていた時だった。突然、スマホが鳴り響いた。見慣れない番号だ。


 僕は電話に出ると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「裕一くん、ちょっと基地に来てくれないかな?」


 電話の主は、ガーディアンの開発者である井上菜月博士だった。博士は、いつも落ち着いた感じの口調だが、今日は少し切迫した響きがある。


「はい、わかりました。すぐに向かいます」


 そう答えると、僕は足早に歩き出した。ガーディアンのある秘密基地は、この街の地下深くにある。巨大な地下道を通り、いくつものセキュリティゲートをくぐり抜けると、そこには別世界が広がっていた。


 ドアを開けて整備室に入ると、真っ先に目に入ったのは、リフトに乗せられて整備中の銀色に輝くパワードスーツ、ガーディアンの姿だった。すっかり綺麗になっていて、僕はほっと一安心する。


 そのそばの机と大きな液晶ディスプレイが設置されたスペースでは、天野司令と井上博士が真剣な表情で話し合っている。


 天野司令は、いつも厳しい表情を崩さない筋骨隆々とした男性だ。短髪に刈り上げた頭に、鋭い目つきが印象的。その風貌からは、強い意志と決断力が感じられる。


 一方の井上博士は、白衣を羽織った細身の女性だ。大きな眼鏡の奥の瞳は、常に知的な輝きを放っている。


 二人の話し合いが一段落したのを見計らって、僕は声をかけた。


「お呼びでしょうか、博士」


「あ、裕一くん。ちょうどいいところに来てくれたわ」


 そう言って、博士は僕に歩み寄ってくる。


「分析が終わったわ。君の機体をパワーアップさせる方法について……」


 井上博士は、神妙な面持ちでタブレットから顔をあげる。


 対策が決まったようだった。


 ありそうなのは、僕が特訓して新しい必殺技でも開発することだ。

 それとも開発していた新兵器を試してみるのか。

 まさか、もう新型機の投入なんてことは可能性が低いだろう。


 そのうちのいずれかだろうと予想しつつ、博士の報告を待った。


 でも、僕に伝えられたのは、そのいずれでもない意外な言葉だった。


「データを分析した結果、あなたの出力を上げるのに最適なのは……」


 井上博士は、少し緊張した様子で言い淀んでいた。僕もその様子を見て、やはり過酷な特訓や、もしかして反動があって、僕の体や精神を蝕んでしまうようなシステムが必要なのだろうかと緊張した面持ちで次の言葉を待った。


「『寝取られ』ね」


「……はい?」



 思わず間抜けな声で聞き返してしまう。寝取られ? なんのことだろう。確かに、前回の出撃以降、色々な映像や漫画も含めて見せられた記憶はあるが、意味がさっぱりわからない。


「私たちも詳しいことはわからないんだけど、とにかく、裕一くんは『寝取られ』に強く反応して、ガーディアンの性能アップに繋がるみたいなの」


 博士の説明を聞いても、ますます混乱してくる。寝取られることが、どうしてロボットの性能に関係するのだろう。


「やはりあれでしょうか。寝取られものは脳が破壊されるとか言いますから、そこから修復の作用が働いて一層強くなるみたいなことでしょうか」


「そんな、筋トレじゃないんだから」


 井上博士も専門外なのか、天野司令に助けを求めるように話を振ったのを見て、僕は突っ込んでいた。


 天野司令の方も詳しいわけもなく、あまりにも予想外のデータだったのか困ってしまっていた。


「そ、それで、どうすればいいんでしょうか?」


 僕は不安そうに尋ねる。すると、博士と司令が顔を見合わせた。


「創作物でも意味はあるみたいですけれど……」


「やはり、実物で寝取られた方が効果的だろう……。人類の危機なのだ。中途半端な効果では困る……」


 二人はまるで他人事のように話し合っている。漏れ聞こえてくる内容を理解すると、僕にとって恐ろしいことしか言っていなくて恐怖する。


「ところで裕一くん。君に好きな人はいるかな?」


 天野司令が不敵な笑みを浮かべて聞いてくる。


「い、今の話の流れで話すわけないでしょーっ!」


 思わず突っ込んでしまう。


「そ、そんな人はいませんし……」


 僕がもごもごと続けた言葉は、博士にも司令にも何も届かなかった。

 博士は冷静に分析を続けている。


「データを見ると、幼馴染ものに強く反応していますね」


「なるほど……」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 そう言いかけた時、突然警報が鳴り響いた。


『警報発令! 海中に怪獣出現!』


 液晶モニターに、海の中にいるらしき怪獣の姿が映し出される。まだ陸地は遠いようだけれど、今までのパターンからすれば数時間後にはどこかの海沿いの街に上陸してしまうだろう。


 今回は比較的早く発見できた方だ。まだ余裕がある。


「話の続きはまた後で。とにかく、今は出撃準備だ」


 司令の号令とともに、僕はガーディアンの元に駆け寄る。個人的な問題はひとまず脇に置いておこう。今は、街の人々を守ることが最優先なのだ。


 そんな強い決意を固めている横で、司令は何やら電話をかけまくって手配をしているようだった。


(一体、何をしているのか……)


 嫌な予感しかしなくて、不安になってしまう。

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