ヤバい剣術師範、少女たちを指南しながらのんびりと生活する

Ryu

指南前半戦 身体を鍛え、足固めをせよ

第1話 師範は勇者に懐かれている

「わきが甘い! 攻めばかりに集中するな!」


 道場中にパァン! という音が鳴り響く。


 弟子の竹刀が宙に舞い、彼女は両手をあげて降参のポーズを取った。


「あう。先生、相変わらず容赦ない」


「全く……久しぶりに顔を出したかと思えば、また悪癖をつくってきたな! それを止めろと何回言えば、止めるんだよ!」


「じゃあ、先生がつきっきりで指導して?」


「断る! 君は半年前に免許皆伝した身だろ! さっさと魔王を殴ってこい!」


「やだぁ。先生と一緒になるまで魔王倒さないから」


 床の上で大の字になって、駄々をこねる弟子。


 俺はそんな彼女に頭を抱えていた。


 実の所、彼女がこんな風になるのは今日がはじめてではない。


 目の前の駄々っ子は道場に顔を出してこうして軽く揉んでやると、わざと悪癖を出しては俺に注意される。そして今のように、俺を彼女のパーティーに加入させようとしてくるのだ。


 もうこのやり取りは10に差し掛かろうとしている。


「だから言っているだろ、クレア。俺はこの道場の師範で、ここへ来る者たちに剣術を叩き込まねばならないの。ここを離れてはいけない身分なの、お分かり?」


「うぅ。どうしてボク、に選ばれたんだろう? 勇者代理でもつくってボクの代わりに魔王を殴ってもらおうかな」


「……今の発言は聞かなかったことにするから、早くお風呂に入ってこい。今日は泊まりに来たんだろ?」


「わーい。先生のそういう所、大好き。だから明日からボクと2人で魔王城に行こ?」


「止めなさい! お仲間がそれを聞くと涙目になるから!」


 勇者もといクレアは眼を輝かせ、足早に道場の奥へとかけていく。道場の奥には温泉があり、ここで俺の指南を受けた弟子は必ずこの温泉で汗を流していく。


 そんないつもの風景を感じつつ、俺は道場の奥へと進み、温泉へと続く右の反対方向へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 夕食をつくり終えて、風呂上がりのクレアが畳の上でゴロゴロしていた。


 この畳は極東にある島『ジパング』でつくられたものだ。また機会があれば行きたい名所の1つでもある。


 それはともかく、クレアよ。はしたない格好するな。寝間着がはだけているぞ。


「おーい、そろそろ飯だぞ。飯抜きにされたくなければ着崩れを直してさっさと座布団に座れ」


「はーい。座った。座ったから飯抜きは勘弁して。模擬戦した後だから、お腹ぺこぺこなの」


 目の前のクレアは年相応の女の子だった。


 そんな彼女が勇者で魔王と戦うために日々、激闘を繰り広げている。そんなふうに想像すると、こうして俺の所に転がり込んでくるのはある意味、仕方がないだろう。


 実際、夕食での会話は魔族との戦いだったり、強力な魔物をパーティーで討伐したという話ばかりだったりする。


 だからせめて、ここではなるべくクレアの自由にさせてあげたいのだ。


 俺としては元気な娘が帰省したように感じるし、クレアもクレアで我が家のようにくつろいでいる。

 

 戦いについての話題を俺からふることはしないし、そうした方がクレアも気を休められるだろう。


 2人で夕食を食べていると、2階から1匹の小ドラゴンが飛んできた。


 白い体毛に覆われ、背中の羽をピコピコと動かしている。確かメスだった気がする。


「シン~。ご飯」


「だと思って、そこの桶に炊き込みご飯を盛りつけているから残さず食べろよ」


「はぁ~い」


 小ドラゴンはそう言うとそのまま桶に顔を突っ込んで、むしゃむしゃと食べ始めた。


 クレアは……ものすごいびっくりしているし、詠唱を唱えようとしていた。


「待て、クレア。食事中に魔法を使おうとするな。キューが怖がるだろ」


「先生はどうしてそんなに呑気なんですか? そもそもどうしてここにドラゴンがいるんですか?」


「ああ。ちょうど1カ月前に、この道場の前で倒れていた所を保護した。それ以来、ここで暮らしているぞ。というか、なにをそんなに驚いている。普通のドラゴンだろ?」


「普通のドラゴンだったらしゃべったりしないんですよ。しかもその個体、ドラゴンの中でも最強の部類に入る『天使竜エンジェル・ドラゴン』じゃないですか。討伐ランクでいえばSS級ですよ」


 キューってそんなにすごいドラゴンなのか。


 保護したらとても大人しくしていたし、正座をしていると太ももの上に飛び乗って体を丸くして寝るからもう普通にペットとして迎えていたんだが……。


「一応は仲良くしてやってくれ。ここ1カ月に訪ねて来た弟子たちとも遊んでもらったりしているから」


「……先生がそう言うなら、ボクもこれ以上手は出さないよ。でも……なんか納得しないなぁ」


 我が道場のペットに嫉妬してやるな、クレアよ。キューは移動やら、魔石に魔力をチャージするとかで大助かりしているんだからよ。


「早く大きくなってシンをつがいにしたいな~」


「先生。やっぱりそれ、討伐する必要がありますね。放っておいたら、いつか先生が襲われるから」


「クレア。そんな冗談を真に受けてやるな。子供がただ背伸びをしているだけじゃないか」


「絶対本気で言ってますよ。機が熟したら、必ず先生の体を貪り食おうとする意志がそいつにはある」


 コラコラ。クレアもそんなことを言うのかよ。他の弟子たちも何故かそう言って、キューと遊び始めるし。


 結局その後、クレアとキューはそのまま道場の外に出て食後の運動をした。


 俺は食器を洗いつつ、彼女たちを遠目に眺めていた。

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