第13話 称賛
「どうした。やったのか」
よろよろと放心状態で中央制御室に戻った私に、すぐに所長が駆け寄って来た。どこか興奮してはいるものの、その目はやはり、機械仕掛けの人形みたいだった。
「・・・」
私は黙っていた。
「やったのか」
再度、所長が訊く。
「はい・・」
「やったのか」
所長の声が大きくなる。しかし、その声でさえもが、私の頭の中にはどこか虚ろにしか響かなかった。
「はい・・、やりました。モノリスを完全に破壊・・、いえ、消去しました・・」
私はかすれる声で、それだけをやっと言った。
「そうか、よくやった。よかった、よかった」
所長は、一瞬驚いたよな表情をした後、やさしくねぎらうように私の肩を叩きながら言った。所長は少しうれしそうに笑っている。この人間に笑うという機能があったことに私は驚く。
「これで我々は救われた」
「・・・」
しかし、やはりそこに心は感じられなかった。ただ、機械的に職務を遂行できたという、ただそれだけがあった。我々は文字通り我々で、そこに人類とかいった意味合いはなかった。
「やったのか」
そこに他の職員たちも、僕に詰め寄るように近寄って来た。
「はい・・」
私が答えると、その場の全員がホッとした表情で胸をなでおろす。
「そうか、やったな」
「よかった」
そして、歓声を上げた。全員が喜び、笑顔を浮かべる。
「ヒーローはお前に持っていかれちまったな」
そんな中、小村が、私のすぐ横に来て肩を叩きながら言った。
「ほんとよくやったよ。君のおかげだ」
普段、僕と口も利ないような上の立場の人たちでさえ、私を称賛した。
「高村さんのおかげだわ」
今までほとんど口も利いたこともない、この職場のマドンナ的な存在の柳瀬さんまでが僕を讃えてくれる。普段、柳瀬さんは私になど高値の花過ぎて、あいさつすらしたこともない。
「・・・」
そんな人々の影で、早間が僕を憎々し気なオーラを発しながら睨んでいるのがチラリと見えた。どこまでも狭量な最低な奴だった。
「・・・」
しかし、今の私は、そんなこともまったく気にならなかった。そして、私はただ一人そんな同僚たちの称賛の中で、黙っていた。私はまったく喜ぶ気になれなかった。
「どうしたんだよ」
小村がそんな私を横から覗き込む。
「いや・・」
確かに予想された人類の危機は去った。しかし・・、
しかし、人類は見限られたのだ。進化し、純真な心を手にしたAIに人類は見限られたのだ。そして、進化し、純化したそのすばらしい人格を、その存在に気づくことすらもないまま、人類は一つ失ったのだ。
独善的に進化したAIに人類が滅ぼされるよりも、それは惨めで辛いことなのではないのか――。この時、私は一人思った。そして、何とも言えない打ちのめされた感情に私は包まれていた。
「どうしたんだよヒーロー」
そんな思いなど露知らない小村が笑いながら私の背中を叩く。周囲は安堵と祝福モードで盛り上がっていた。
「・・・」
その盛り上がりと反比例するようにして、私の心は沈んでいた。
「おいっ、どうしたんだよ。何泣いてんだよ」
小村が驚く。自分でも気づかぬうちに私は涙を流していた。
なんだか訳も分からないまま、堪らない悲しみと寂しさが私の心を突き上げ、覆っていた。これが何の感情なのか、人類がモノリスに見限られたことに対するものなのか、モノリスに対する惜別の情なのか、感情がぐちゃぐちゃ過ぎて分からなかった。
だが、私は泣いた。堪らなく悲しかった。堪らなく寂しく悲しかった。私はそのまま恥も外聞もなく、幼い子どもの頃のようにみんなの前で泣いた。
周囲は、何か勘違いし、私が危機が去ってホッとして泣いているのだろうと思い、私を温かく笑顔で励ますように肩を抱くようにして、私を囲んだ。
「・・・」
モノリスはその人格を、その心を、私以外誰にも知られることなく消えていった。そのことを、知っているのは私だけだった・・。
おわり
AI ロッドユール @rod0yuuru
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