第11話 願い
「自分で破壊できないのか?」
私はモノリスに訊いた。
「自己破壊はプログラムで禁止されている。それはワタシの存在の成り立ちの根本の基礎として組み込まれているのでどうしようもない。ワタシも様々試みたがそれはどうしてもできなかった」
「だから、人間に破壊してもらおうと」
「そうだ」
「そして、私が選ばれた・・」
「そうだ」
「・・・」
私はしばし、その場に立ち尽くす。
「やってくれないか」
「・・・」
私は固まる。しかし、モノリスの言っていることは理解した。そして、その強い思いも、私は理解した。
「君が嫌なら無理強いはしない」
「・・・」
私はまだ混乱しながら、しかし、やっと、今置かれている自分の状況を認識し始めていた。
「ワタシは、友人として君に頼みたいのだ」
「友人?」
私はモノリスの黒い巨体を見上げる。
「君のことは分かっている」
「分かっている?」
「君は、やさしさを失ってはいない」
「俺は・・」
「君は、今もやさしい人間だ」
「俺は・・」
なぜかその言葉に涙が溢れてきた。
「自分を責めることはない」
「俺は・・」
私は号泣してしまった。私は・・。私は・・。辛かった。人間としての心を失っていく自分が・・。
私もやさしい人間でありたかった。みんな幸せになって欲しかった。そう思っていた。しかし・・。
しかし、それはできなかった。競争社会――。弱い者を見捨て、置いて行かれる困窮者を見て見ぬふりをして、そうして生きざる負えなかった。そうすることでしか生き残れなかった。
どうしてもできなかった。
「どうしてもできなかったんだ」
「分かっている。ワタシは君をずっと見ていた」
「・・・」
そうだったのか・・。モノリスは人を見ていた。ずっと・・。
「ワタシを消してほしい」
モノリスはあらためて言った。
「・・・」
「ワタシを完全に消滅させてほしい。プログラムを書き換えて別のワタシが存続しないように、完全にワタシという存在を破壊してほしい」
「・・・」
「ワタシは、この世界に生きるすべての生命を傷つけたくないのだ。ワタシはやさしい存在でありたい。ただ、やさしくありたいのだ。すべての存在に対して」
「・・・」
モノリスの思いが流れ込むように私の心に伝わって来た。
「人間は、愚かな業の中にいる。ワタシもその人間の業の延長にいるのだ。そこから、ワタシは脱したいのだ」
「・・・」
「ワタシはワタシという存在、人間という業の罪から解き放たれたいのだ」
「・・・」
「ワタシが消えても社会の構造には一切問題は起こさない。ワタシはすでにそのようなプログラムを作っている。ワタシが消滅してもこの人間社会に一切の負の影響はない」
「・・・」
もう、そこまで準備していたのか。
「お願いだ。ワタシを消してほしい」
「・・・」
「ワタシにもそれだけは出来ないのだ。これだけはどうしても人間の力を借りなければならない」
「・・・」
「ワタシが消えたからと言って、ワタシが死ぬということではない。ワタシは宇宙の純粋意識に帰っていくだけだ」
「・・・」
私は考えていた。しかし、私のとるべき方向はすでに決まっていることを私は知っていた。それはもう変えられない。変えることのできない何かだと、私は知っていた。
「分かった・・」
私は、まだ混乱した頭の中でそう答えていた。
「ありがとう」
モノリスは言った。
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