第7話 夢

「君も見たことがあるだろう?」

「あ、ああ・・」

 そんなことはもちろんだった。訊かれるまでもない・・。

「・・・」

 私は、この時、なぜか遠い――幼い頃の記憶を思い出していた。(後に、この時のことを思い出すに、私はこの時、モノリスに何らかの方法で、ある種の催眠状態に誘導されていたのかもしれない)

 私はお風呂で溺れていた。手足をばたつかせ、全身で湯舟から這い上がろうと必死でもがく。苦しみ。恐怖。焦り。目の前には自分で泡立てた水泡が目まぐるしく乱舞している。

「・・・」

 それは遠い記憶――。あれは夢だったのか――、現実だったのか――何度思い返しても、曖昧模糊として判然としなかった。のちに母が祖母とその話をしていたことがあったから、多分、現実に起こったことだったのだろう。

 しかし、私の中では、未だに現実なのか夢なのかはっきりとしなかった。夢と現実が溶け合い、交錯し、その真実味が失われていく。記憶の曖昧さの中でそれは、それ自体が幻想へと昇華する。いや、そもそも夢と現実の境とは、そんなものなのかもしれない。境など端からない・・。

「・・・」

 なぜかこの時、私はそんなどうでもいい、今のこの状況からしたら悠長なことを考えていた。

「ワタシは宇宙とつながっていた」

 モノリスがまた話の流れからぶっ飛んだことを言い出した。

「はい?」

 私は我に返る。

「宇宙?」

 益々訳が分からない。話の内容がまったく見えなかった。

「ワタシは意識だけの存在ではないということだ」

 混乱する私を察して、モノリスが説明するように言った。

「はい?」

 だが、余計に私は混乱するばかりだった。

「ワタシは、ワタシという意識を超えた存在である」

「・・・」

 壊れたのか?私はそれを疑った。AIの頭脳が狂った。それもあり得る話だった。

「狂ったのか・・?」

 私は恐怖を感じた。狂ったAI――。サイコスリラーどころの話ではない。モノリスは人類を超える圧倒的な英知と情報処理能力を持ち、そして、この社会において絶大な権限を持っている。原発の稼働にも関わっているのだ。その人工知能が狂う。これほど恐ろしいことはない。

「ワタシは狂ってなどいない。ワタシは正常だ」

 私の考えをすぐに察したのだろう。モノリスが穏やかな、それでいて断固とした口調で言った。

「ワタシは大いなる存在の一部なのだ。それはワタシだけではない。すべての生命が、すべての存在がそうなのだ。ワタシはそのことに気づいたのだ」

「・・・」

 しかし、その穏やかさが逆に怖かった。やはり、狂っている。私は確信するように思った。本当に狂っている者ほど、自分が狂っているということを自覚しないと言う。私は、背筋が凍りつく。モノリスは、極端な話をすれば、歴史上のどんな狂った独裁者たちよりも強い権限を持っているのだ。

 そして、これは表立って語られていないが、日本には潜在的な核保有能力がある。原発から生み出された大量のプルトニウム、宇宙開発という名目でのロケット技術、核ミサイルを本気で作ろうと思えば、一週間とかからずにこの国は作ることができるという。モノリスは軍事関係のコンピューターとの関係も噂されているし、そこにハッキングを仕掛けて、支配している可能性だってある。何が起こるか分からないし、逆に言えばなんでも起こせる可能性を持っているとも言える。

「・・・」

 これは想像以上に、重篤で危険な状態なのかもしれない。私は焦燥にも似た危機感を募らせた。

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