7 火星には、大きな欠点がある
西暦2211年、人類初の星間戦争が始まった。開戦のきっかけとなったのは、月面都市群によって発表された火星移住計画だ。この計画には、人類初の試みとなる惑星改造、――火星のテラフォーミングも含まれていた。
「人類は、資源発掘や宇宙開発、研究のために月に住んでいるが、月は暮らしやすいところではない」
功は冷静にしゃべる。
「対して火星は、テラフォーミングが成功すれば、第二の地球(セカンドアース)となれる」
もしテラフォーミングがうまくいかなくても、火星には大気があり、氷があり、四季がある。重力は、地球の三分の一ほどだ。火星は月よりも、地球の環境に近く住みやすい。
さらに火星、火星のふたつの衛星、そして火星と木星の間にある小惑星帯の資源はほとんど手つかずの状態だ。月に暮らす人々が、火星を目指すのは当然だった。
「ただ火星には、大きな欠点がある。月からも地球からも、火星は遠いんだ」
地球から月までは、片道約一日だ。対して地球から火星までは、火星がもっとも地球に近づくときで片道約五か月だ。
地球も火星も、それぞれの軌道と周期で太陽のまわりを回っている。なので、地球火星間の距離は一定ではない。遠くなったり近くなったりを繰り返す。
「火星は、地球との通信にも時間がかかる。近いときで片道三分程度、遠いときで片道二十分程度」
地球月間での通信は、片道二秒程度で可能だ。また月面都市はすべて、地球との通信が可能な月の表側にある。
「火星は、ずいぶんと遠いのですね」
朝乃は話した。火星や月や戦争について、実はよく分かっていなかったのだ。十四才までしか、学校に通っていないからだ。功はうなずく。
「人類は、有人の火星探査を九回も成功させている。が、火星に人類を常駐させることはできていない。人類の火星滞在最長記録は、二か月程度だ」
それ以上は技術的には可能でも、精神的には無理なのだろう。たった数十人だけで、故郷を離れて一年以上も過ごすのはしんどいのだ。
この問題を解決するために提案されたのが、さきほどの火星移住計画だ。月面都市の人々は、街単位で、――すなわち数十万人ほどの大人数で火星に行こうとした。しかし地球の国々が、その計画に反対した。
「なぜなら、地球の資源はほぼ枯渇している。そして地球も、住みやすい場所ではない」
空も海も大地も汚染されて、人類が住めなくなった土地もたくさんある。日本を含め多くの国々は、自国内のそういった土地を持て余していた。地球に暮らす人々が火星を目指すのもまた、当然だったのだ。
「よって、火星への中継基地である深宇宙港の利用をめぐって、人類は初めて宇宙空間で戦闘を行った」
深宇宙港は、人類が持つ唯一のスペースコロニーだった。宇宙船や探査機の離着陸、燃料や食料などの補給、船のメンテナンスなどができる巨大な港だった。
「人工的に月と同じ程度の重力が作られて、農場やホテルや娯楽施設もあった。常時、数万人の人類がそこで暮らしていた」
深宇宙港は、月と同じように地球の周りを回っていた。ただし月より遠い場所にあり、地球から深宇宙港までは片道約二日だった。深宇宙港は火星のみならず、木星や小惑星帯などへの中継基地でもあった。
深宇宙港以外の宇宙ステーションはすべて、微小重力、――ほぼ無重力で、地球か月の周回軌道上にある。そして数千人ほどしか暮らせない。だから深宇宙港は、本当に特別なものだったのだ。
「まさに人類の英知の結晶。だが深宇宙港は、戦闘行為によって破壊された。三年前のことだ」
深宇宙港に住んでいた人たちの大半は、避難民として月面都市に逃げてきた。深宇宙港が使えなくなり、火星はより遠くなった。けれど戦争はまだ続いている。
「さらに、たがいの宇宙戦艦だの戦闘機だのを破壊するたびに、宇宙空間にゴミ、――スペースデブリが増えて戦闘行為は難しくなる」
デブリは宇宙空間を超高速で移動し、宇宙船などをこっぱみじんにする。地球月間の戦争は、デブリという名の銃弾が飛び交うグラウンドで、サッカーをやっているようなものだ。実際に戦死者よりも、デブリ衝突事故による死者の方がだんぜん多い。
「そうなのですか?」
朝乃は驚いて、功にたずねた。事故による死者が、そんなに多いと知らなかった。しかし功もドルーアも、首を縦に振る。
「デブリは、これ以上はなく危険だ。そしてもしデブリがなくても、二十三世紀の今でも宇宙は、人類にとって未知の世界だ。どこにどんな危険があるのか分からない。目的地に着かずに遭難する船は多い。船同士の衝突事故もある。戦場では、誤射や同志討ちもある」
功は難しい顔をして話し続ける。
「宇宙で戦争するのは大変なんだ。けれどそんな戦場でも、まともに戦える兵士たちがわずかにいる。その多くは、超能力者たちだ。したがって優秀な超能力者を多く抱えた方が、戦争に勝つとも言われている」
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