6 マナーの悪い女性ファン

「君はいっさいしゃべるな」

 ドルーアは朝乃に命令した後で、スプーキーに指示を出した。

「スプーキー、玄関さきの来客と音声通話をする。僕たちの映像はあちらに送るな」

「了解しました」

 ドルーアは一息ついてから、前庭に立っている中年の男女に話し始めた。

「やぁ、こんにちは。招かれざる客人たちよ。僕は、村越朝乃という人物を知らない。ただ十代と思われる日本人女性なら、さきほど僕の家に無断侵入した。僕は彼女を家から追い出した」

 平然とうそをつく。

「ちなみに靴を持っていなかったから、僕のサンダルをプレゼントした。彼女が村越朝乃かもしれない」

 画面の中の男女は、困ったように顔を見合わせた。男の方が答える。

「その女性が朝乃です。まだ家の中にいるはずです。探してください」

「もう追い出した。彼女は孤児院に帰ると言っていた。まだこの家の近くを歩いているだろう。僕のあげたサンダルは、ぶかぶかだったようだし。朝乃に用があるなら、この周辺を探した方がいい」

 ドルーアは親切そうに言う。しかし男も女も動かない。

「まだ家にいるはずです。朝乃を探して私たちの前に連れてくるか、私たちを家に入れてください」

 ドルーアは、ため息をついた。

「女の子は追い返したと言っている。ところで君たちは、児童養護施設の関係者か?」

 男も女も答えない。

「君たちは、朝乃の何だ? ここで僕と話すより、彼女に電話したらどうだ?」

 ふたりは、これまた口を閉ざす。裕也の名前も出てこなかった。

「君たちが朝乃のどんな知り合いか分からないが、彼女に会ったら説教してくれ」

 ドルーアは不機嫌そうにしゃべる。

「僕は、僕の家に入ってくるマナーの悪い女性ファンに困っている。僕に会いたいなら、イェン星間映画祭にでも来てくれ。じゃあな」

「待ってください!」

 通話を切りそうなドルーアに、男女はあわてた。

「朝乃は家にいます。探してください」

「いないさ。外を探してくれ」

「なら私たちを、家に入れてください」

「それは断る。僕には今、君たちが僕の悪質なファンかストーカーに見える。僕の家に入りたい気持ちは分かる。だが、プライベートにまで侵入しないでくれ」

「朝乃を探すだけです」

「人探しを口実に、僕の家に入りたいだけだろ? いい加減にしてくれ。警備会社に連絡するぞ」

 ドルーアは怒って言った。ただし怒っているのは声だけで、顔はちがう。彼は演技をしているのだ。

「ちがいます。朝乃は必ずいますから」

「なぜ、いると思うんだ?」

 ドルーアは、けげんそうにたずねる。朝乃にも、なぜ彼らが確信を持てるのか疑問だった。ドルーアのうそは、さすが役者というべきか、うまかった。

 もしも彼らが裕也から連絡を受けて、ドルーアの家に来たとしても、ドルーアの答から朝乃は家にいないと判断するだろう。そして家の周辺を探すなり、裕也と連絡を取るなりするはずだ。画面の中で、男はためらった後で答える。

「朝乃には、居場所を知らせる発信器がついているのです」

 朝乃はぎょっとする。なんで? と声を上げそうになった。けれどドルーアが唇に人差し指を当てて、黙れ! のジェスチャーをする。朝乃は両手で、口をふさいだ。

 頭の中は大混乱だ。発信器なんて、まったく知らない。どこにでもいるような孤児の朝乃に、なぜ発信器がついている? 誰がいつ、つけた? その発信器のせいで、朝乃がドルーアの家にいると分かり、この中年の男女はやってきたのか。

「僕が見たかぎり、普通の女の子に見えた。なぜ発信器がついている? もしも彼女が発信器を承知していなかったら、これは人権侵害だ」

 ドルーアは怒る。演技で怒っているように思えなかった。

「ただの芸能人のあなたには、関わりのないことです」

 男は嫌らしく笑う。

「朝乃を渡してください。日本を敵に回したいのですか?」

 朝乃はおろおろと、ろうばいする。国家を敵に回せるわけがない。だがドルーアは、鼻さきで笑った。

「君たちの背後にいるのは、日本か。今すぐ浮舟警察を呼んでやろう」

「私たちは、日本人亡命者たちに帰国を勧めているだけの普通の浮舟市民です。なんら法律違反は犯していません」

 男はにたりと笑った。卑屈な笑みだった。

「余計なお世話だな。けれど浮舟では、日本には何の力もない」

「そうかもしれません。ですが地球連合軍に参加している国々と、さらに二十三もの月面都市、それらのすべてが、浮舟で力を持っていないと言えますか?」

 ドルーアは、まゆをひそめた。朝乃は不安でたまらない。そもそも彼らの会話が、あまり理解できていない。しかし、おおごとになっていることだけは感じられた。

「朝乃を追い出したという見えすいたうそはやめて、彼女を渡してください。これが最後の勧告です」

「断る」

 ドルーアは、はっきりと言った。

「分かりました」

 男は言い、女とともに前庭から出ていった。

「通話を終了します」

 スプーキーがしゃべり、画面が消える。朝乃はどうすればいいのか分からなくて、ただドルーアを見つめる。

「ものすごく危ないことに、足をつっこんだ気がする」

 彼は、ひきつった笑みを見せた。そのとき、きーーという細い音が、キッチンの窓から響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る