第11話 おっさん、王子にからまれる
俺たちはラスガルト王国の王都にある王城に来ていた。
人間界にも国はたくさんある、そのなかのひとつがラスガルト王国である。
この王国はそのはるか昔、聖女が建国したとされているらしい。
「バートス、残念ながら国王陛下は領地の視察で不在のようです」
「そうか、ではいったん出直しってことになるのか?」
「はい、そうですね。こればかりはどうにもなりませんね。タイミングが悪かったです」
王城か~~ちょっと入ってみたかったな。
でも王がいないんじゃ、しょうがないか。
俺たちが王城から離れようとすると、1人の兵士が息を荒らしてこちらに駆けよって来た。
「待たれよ! ザーイ殿下が国王陛下代理として、討伐報告を聞くとのことだ!」
その兵士の言葉を聞いた瞬間、リズの体が少し震えた。
「ザーイ?」
「ラスガルト王国の第二王子殿下です……」
たしかリズを婚約破棄した王子だったか。
リズは嫌な過去を思い出したのだろうか。怯えているように見えた。
「大丈夫か? リズ」
討伐報告義務はあるのだろうが、婚約破棄した相手をわざわざ呼びつけるとは……良く分からん王子だ。
正直なところ、こんな奴を相手にしなくてもいいだろうとさえ思ってしまう。
が、少しの間をおいて、リズは決心したようにその綺麗な紫眼を俺に向けた。
震えも止まっている。
「ええ、大丈夫ですよ。だってバートスがついていますから。とにかく行きましょう」
「そうか。なら行こう」
こんな美少女を嫁にしないとは……第二王子とは、よほどの変人なのだろうか。
まあいい、会えばどういう奴かわかるはずだ。
◇◇◇
「ギャハハハハ~~」
なんだこの王子……会うなり馬鹿笑いを始めたぞ?
王城の一室で俺とリズが待っていると、彼は入って来るなりいきなりこれだ。
「リズ、これが王族の挨拶なのか?」
「いえ……少し待っていましょう……」
ひとしきり笑い終わると、王子は口を開いた。
「俺様がラスガルト王国、第二王子のザーイさまだ。いや、悪かったな。リズが従者を連れているというので見てみたら……ギャハハハ! みすぼらしいおっさんがポツンといるだけじゃねぇか!」
なるほど、やはりリズを婚約破棄しただけあって変な奴だ。
たしかに、リズほどの聖女に俺は不釣り合いかもしれん。が、初対面でこんな対応をするのは感心せん。
追放された魔界の清掃局にもいたな。こんな感じのが。
「……ザーイ殿下。おっさんではありません、私の従者バートスです」
「―――ああ? んだと?」
「殿下に、私の大事な従者の名前をお伝えしただけですが? いけなかったでしょうか? それと本題であるレッドドラゴンの討伐報告をしたいのですが」
「クハハ、出来損ないのおまえが討伐だと? 俺様を笑わすためのギャグか?」
「いえ、レッドドラゴンは私達が討伐致しました。スタールの町の被害も最小限に抑えることができました」
「―――チッ。討伐の証拠はどこにある? 角なり爪なり、なにかあるはずだろうが」
「……今は持ち合わせていません。ですが、スタールの領主から報告書が送られてくるでしょう」
「ハハ、ウソだな。適当な事を言いやがって。討伐部位もないなんてあり得ない」
「ウソではありません! 聖女の名に誓って!」
「ギャハハハハ~~聖女だと? そいつはどこにるんだ~~? なあ出来損ないのリズよ~~」
「……ッ あなたは……」
―――この男。はじめからリズの討伐報告など聞く気はないな。
彼女を呼び出したのも、単にいびりたかっただけだ。
「―――おい、王子!」
「ああ? なに勝手に口開いてんだ。おっさん」
「ドラゴンは全部燃えたんだ。だから部位など残っていない」
「燃えたぁ?」
「そうだ、俺の……火魔法でな」
【焼却】は本来人間界にはない能力。だから俺は火魔法使いということになっている。
「ギャハハハハ~~出来損ないの従者はアホか? ドラゴンってのは鋼の皮膚をもってるんだよぉ! おまえごときの火魔法で全部燃えるわけねぇだろうが!」
鋼の皮膚だと? ただのトカゲだぞ? 何言ってるんだこいつ。
「ンフフ、ザーイさまぁ。この聖女ミサディに良い案がありますわ~」
ザーイの後ろから1人の女性が出てきた。
リズと同じような法衣をまとい、手には杖を持っている。
聖杖ってやつか。
「ムフフ、俺の婚約者である真の聖女ミサディ~~良案とはなんだ?」
出てきた女性はリズと同じ聖女らしい。
そしてどうやらこの女性が王子の新たな婚約者のようだ。やたら王子との距離が近い。
「ザーイさま、その従者がレッドドラゴンを討伐できるほどの火魔法使いか、確かめればいいのですわ~殿下の配下には優秀な宮廷魔導士がいますから~」
「なるほど面白いな。さすがミサディだ。おい! バムスタル!」
ザーイが叫ぶと、黒いローブに身を包んだ男がスッと前に出る。
「ザーイ殿下? 何をなさるおつもりですか?」
「グフフ~~ミサディの良案を聞いてなかったのか、出来損ない聖女が。そこのおっさんと俺様の優秀な部下で模擬戦をするんだ!」
「何を言っているのですか? 私達は討伐報告に来ているのです。なぜ模擬戦などする必要があるのです!」
「あら~~リズさま~~大事な従者とやらに任せればいいでしょ~~それとも後ろめたいことがあるのかしら~ンフフ~~」
「後ろめたいことなど……」
リズが言葉を終える前に俺はスッと前に出る。
正直なところかなりムカついていた。
「バートス! このような模擬戦に応じる必要はありません!」
「リズ……大丈夫だ。おっさんなりに全力を尽くすぞ」
「バートス……」
リズが心配そうに俺の顔を見上げる。
この王子……俺の事ならまだしも、リズへの言葉が酷すぎる。
「クフフ、立派な従者じゃねぇ~~か。せいぜい全力を出してくれよぉ~ギャハハハ!」
◇◇◇
俺たちは王城の中庭に出た。庭の中央には円形のリングが設置されている。ここは王族の訓練や御前試合などをやる場所らしい。
「おい! バムスタル。手加減は無用だぜぇ! こいつの化けの皮をはがしてやれぇええ!」
「はい、殿下。こんなおっさん、私の炎の敵ではありません」
バムスタルと呼ばれた男が、乱暴に黒いローブを脱ぎ捨てて、俺を顎でリングへと誘う。
火魔法に関してよほどの自信があるのだろう。
俺も全力を尽くすまでだ……グッと腹に力を入れて、リングに上がる。
「バートス、彼は宮廷魔導士の中でもトップクラスの使い手です。上級火魔法が使えます!」
リズが俺にアドバイスをくれた。なるほど、やはり相当の手練れだったか。
緊張の汗が額からにじみ出る。
カッコよく出てしまったが、正直なところかなり怖い。なにせ相手は、王族が抱えるすご腕魔法使いなのだから。
「さて……一撃で終わらせてやろう」
バムスタルと呼ばれた男がニヤリと口角を上げた。
「火の精霊よ! その業火をもって敵の全てを焼き尽くせ!!
―――――――――
男が掲げた両手に火の玉が形成されていく。
「ヒャハハハ~~さすが俺さまの部下だ! 見事な火球だな!」
「……くっ! なんて強烈な炎……バートス気を付けて!」
え?
ちょっと待ってくれ。
見事な火球?
強烈な炎?
いや……なんか……
―――ちっちゃくないか?
これはどういうことだ?
リズも王子も何を言っているのだ?
いや……まてよ。そういえば王子は模擬戦って言ってたな。
そうか! わかったぞ!
直接戦って白黒つけるんじゃない……
これは技術を見せ合って争う戦いなんだ!
つまり―――
どれだけ小さい炎を出せるかの戦い……
この炎のコントロールは、相当な鍛錬を積まないと難しいぞ。
とんでもない調整技術だなこの男。
「ヤバい……こいつ。やはり、とんでもない手練れだ……」
「ギャハハハハ~~おい聞いたか、出来損ないリズ! おっさん戦う前からビビってんじゃねぇか~~」
悔しいが、王子の言う通りだ。
どうしよう、あんな小さいの出せん……
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