第8話 聖女リズ視点、私だけの治癒魔法

 う、ウソでしょ……レッドドラゴンが……


 私は目のまえで起こっている光景が、現実なのか夢なのかわからなくなるほど混乱していた。


 バートスに会って、少しの希望は取り戻しました。


 でも本音をいえば、レッドドラゴンを討伐することは限りなく難しいと思っていました。


 だからバートスには聖女の加護をかけたんです。

 万が一の時は、私が彼の死を肩代わりできるように。


 できるだけ彼のリスクを減らすように。

 彼だけでも生き残れるように。


 ですが、結果は……



 一瞬で終わってしまいました。



 あの凶悪なレッドドラゴンはもういません。完全に灰になって、消えてしまいました。



 ずっと私を縛り付けていた、乗り越えられない使命。


 出来損ないの聖女になったがゆえの悪夢。


 それがいとも簡単に消えてしまったのです。



 なんですか……これ?



 混乱のあまり呆然とする私を揺さぶる人がいます。


 ああ、バートスですね。



 バートスと言葉を交わすも「凄いです」という単語しかでてきません。

 ダメです。色んな思いが重なって、言葉がうまく出てきません。


 冷静になろう……


 スゥ~~~と深呼吸をして。


 少しずつ周りが見えてきました。


 バートスがなにやらブツブツ言ってますね。


 私はようやく彼の姿をしっかりと見ることが出来た。


 ちゃんと彼にお礼を言わないと……



 あれ?



 ちょっと待ってください! 気が動転して状況を把握できてなかったですけど……



「バートス! ――――――あなた燃えてます!」



 そう、彼から炎が噴き出しています。


「え、ちょっ……なんですこれ! バートス【焼却】の発動を止めてください!」


「―――うお! リズ! これはなんだ!」

「いや、それはこっちが聞きたいです! なんで燃えてるんですか!」



 どうやらバートスの意思に関係なく、炎が暴走しているようです。



「おいおい、これレッドドラゴンの炎よりヤバくなってきてないか……」


 勢いが増してきたバートスの炎に後ずさる隊長さん。


「隊長さん! 今すぐこの場から退避してください!」

「あ、ああ。だが聖女さま、あんたはどうするんだ?」 

「私は氷魔法が使えます! なんとかバートスの炎を消してみます!」

「待てよ、あんなの並の氷魔法じゃどうにもできんぞ……ヤバくなったらあんたも逃げろよ」


 そう言って、隊長さんはこの場を離れて行った。


 たしかに、私は並みの氷魔法しか使えない。


 たとえバートスが燃え死んだとしても、聖女の加護により私がその死を肩代わりすることがきます。


 でも……


 もっとバートスの傍にいたい。


 久しぶりに湧いてきたこの感情。もうずっと諦め続けていたけど―――



 ここで諦めるのはいやです!



 今の私にやれることを全部やります!!



「―――とにかく火を消さないと! バートス、今から氷魔法を放ちます! 防御姿勢を取ってください!」

「おお! 頼むリズ!」


 私は細かく粒状にした氷をバートスに放つ。


 しかし、バートスに到達する前に全て蒸発してしまう。


 ダメ、まったく変化なしです。


 ならば……


 多少リスクはあるけど―――!


「―――氷結槍魔法アイスランス!」


 氷の槍をバートスの足元に向けて撃ち込む。


 だが、氷の槍はジュッ……と音を立てて一瞬で消えてしまう。



「―――二連撃氷結槍魔法ダブルアイスランス


 ジュッジュッ……


「―――三連撃氷結槍魔法トリプルアイスランス!!」


 ジュッジュッジュッ……


 な、なんですか……この炎。ちっとも勢いが衰えません。



 でも諦めません!



 こうなったら―――


 聖杖を天高く掲げて、すべての魔力を集中っ!


 氷魔法を私の体全体に発動しながら……



「―――えいっ!」



「うお! リズ? 何やってんだ!」



 うわぁ~~私ったらとんでもないことを。

 殿方に抱き着いてしまいました。


 私の全身から冷気を出して……ゼロ距離からの氷魔法です。

 冷気で全体を覆っているとはいえ、バートスの炎でどんどん溶かされていきます。


「くっ……熱い……」

「り、リズ……」


 氷魔法を連続発動させて、絶えず冷気を送れば……


「ど、どうですか?」

「おお! 柔らかいっ! すごく柔らかいぞ! ありがとな!」


「な……なんのお礼ですかっ! そんなことではなく、暴走を止められそうですか!」


「いや、さっきから調整してるんだが……」


 バートスはこの炎を全くコントロールできないようです。となると……



 私の魔力でなんとかするしかありません!



 魔力を総動員して、冷気をバートスに―――


「おい、リズ……体中が真っ赤だぞ!」


 冷気をフル稼働させているのに……むしろ私の身体の方が熱くなっています。


 なんなんですか、この炎。


「リズ! もういい、俺から離れるんだ!」


「……離れる?」


「そうだ! 早く離れろ! リズも灰になるぞ!」



 また諦めるの、わたし……



「イヤです――――――絶対に諦めないっ!!」



 聖女に認定されてから、ずっと地獄だった。

 誰一人救えない聖女。


 ―――もう嫌です。


「お、おい……リズ」

「ちょっと黙っていてください! 今集中しているんですから!」



 女神さま……私を聖女にしたからには、私にも何かあるんですよね。



「ないなんて、

 ―――――――――言わせませんよ!!」



 私は思いっきりバートスを抱きしめた。



 ―――!?


 私の身体から青い光が……!


 その光は私からバートスへ流れ込んでいく。

 今までとは違う穏やかな氷の魔力。


「おぉおおお! り、リズ……なんか涼しくなってきたぞ!」


 ね、熱が弱まっていく……バートスの炎が小さくなっていきます。



 な、なに……これ!?



 氷魔法だと思うけど、新しい魔法を習得したのでしょうか? 


 でも……こんなの知りません。


 と、とにかく考えるのはあとです! バートスの炎が消えるまで力を緩めてはダメだ。


「ふわぁああ……リズぅうう……」


 ―――な、なんですかその顔! 緩み切ってますよ! 


 でも、これは効いている証拠ですね。


 だったら……



「―――えいっ! えいっ! えいっ!」



 渾身の力でバートスに青い光を流し込む。


 彼を取り巻いていた赤い炎は、私の青い光に塗り替えれていく。



 そして……



 や、やりました……バートスから炎が完全に消えました。



「おお……めっちゃ気持ち良かった~~~リズ! ありがとう!!」


 バートスが緩み切った顔を私に向けてきました。

 良かった、取り合えず無事なようですね。


「なんだ、リズは治癒魔法を使えるじゃないか!」

「え……? ちゆ……」


 何言ってるんですか?


「でも、私が使ったのは氷属性の魔法ですよ」


 あれが何かは分からないが、間違いなく氷属性の魔法だろう。

 そもそも治癒魔法は緑の光のはず。私のは青色でしたし。


「治癒魔法は、傷ついた人の体を元通りに回復させるんだろ?」

「そ、そうですね」


「ならそれは治癒魔法だ。見ろ、俺を」


「あ……」


「元通りだぞ」


 おそらく、あれは治癒魔法ではないでしょう。


 でも……



 彼にとっては治癒魔法なんですね。



 聖女になったことをずっと悔やんでいたのに……


 でも……いつの間にか諦めたくなくなって。



 この人といると、もうちょっとだけ聖女として頑張ろうと思ってしまうじゃないですか。



「バートス、本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、このとおりピンピンしてるぞ! これもリズのおかげだ!」


 彼は私を持ち上げて、満面の笑みで口を開く。


 やっと救えたんですね……私。



 聖女になって良かったと、今はじめてそう思えたかもしれない。



「やっぱりリズは凄い奴だ!」

「フフ……はしゃぎすぎですよ。バートス」


 まったく……煤だらけの体で楽しそうにして。


 私はバートスについた煤を手でポンポンとはらう。

 その視線が自身の薬指に移り……



 え……ちょとまって! 



 加護の印が―――消えてる!!



 消えたのは黒い印のみ……これはバートスの死を私が肩代わりする印です。


 あの人の炎が消したってこと!?


 聖女の加護は発動したら二度と解除出来ないはずなのに……バートスの炎はいったんなんなのでしょう……


 残っている印は赤い印。こちらは黒い印を発動するための制約。

 バートスと10日以上離れると、私は永遠の眠りについてしまいます。


 なぜ? 赤い印だけ残ってるの?


 正直な話、生き残るだなんて思っていなかったから……加護の制約については深く考えていなかった。


 でも、冷静に考えればこれって……



 この人から離れられないってこと!?



 い、いえ。嫌ではないけど。

 でも、でも……彼がずっと一緒にいてくれるかはバートス次第で……い、いや。ちょっと頭が混乱してきました。



 ど、どうしましょう。






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