第6話 おっさん、ドラゴンのブレスを浴びてみる

「よし、行こうかリズ」


「……はい」


 リズとたこ焼きを食べたあと、結局俺たちはその場で野宿した。

 金がないのだからしょうがない。


 そして、朝起きたら互いに身を寄せ合って寝ていた。ひどく冷え込んだうえに毛布もなにもないから、自然とそうなったのだろう。


 リズは柔らかくて温かかった。


 これのどこが氷の聖女なのだろうか?


 しかしこんなおっさんが、美少女と引っ付いているのは流石にマズイ。と思ってリズをはがそうとしたのだが……


 リズの力が強くて全然離れなかった。


 とても気持ちよさそうに寝息を立てていたので、起きるまで待ち。

 ついさきほど彼女は目覚めて今に至る。



「しかし、どこに行けばいるのかな? ドラゴン」


「この付近にいる可能性はあります……目撃情報が上がっていますから」


 うつむいて口を開くリズ。なんか声が小さい。

 彼女は朝起きてからこっちを見ようとしない。そして、なぜかずっと顔が赤い。


「どうしたんだ? 風邪ひいたか?」

「ち、違いますから! 早く行きますよ!」


 そういえば、リズは起きた瞬間にとんでもない勢いで飛び跳ねていたからな。

 あれだけ元気なら、風邪でもなさそうだ。



 森から街道に出ると、馬車や人が慌てた様子で走り去っていく。



「おい、どうしたんだ?」


 俺は通りすがる男に声をかけた。


「ど、ドラゴンだ! ドラゴンが町の近くに現れたんだよ!」

「それは本当ですか?」

「ああ、今は町の自警団と交戦中だが、あんなんじゃすぐに突破されちまうよ。あんたらも町には近づかない方がいいぜ」


 そう言うと男は、走り去って行った。




 ◇◇◇




「えらい騒ぎだな」

「ええ、急がないと……」


 俺たちが町に入ると住民は大混乱に陥っていた。

 逃げる準備をする者。家に籠る者。その場で震える者。


 やはりドラゴンという魔物は、そうとうヤバイ奴のようだな。


「すいません、レッドドラゴンはどこに?」


「なんだよこのクソ忙しい時に! 北門から少しいった草原で自警団と交戦中だよ!」

「あんた、なにやってんの! 食料運ぶの手伝って! あと店のシャッター閉まらないのよ、なんとかして!」


 みたところ服屋さんのようだ。どうやらこの一家は家に籠るらしい。

 あんたと言われた男が、リズの服装と聖杖を見て再び口を開いた。


「おい……あんた聖女か? だったらドラゴン討伐してくれよ! このままじゃ苦労してようやく建てた店が潰されちまうよ! ここを失ったらもう俺たちは終りなんだよぉ!」


「あんた! その子、例の出来損ない聖女だよ! そんなことできるわけないでしょ! お供もおっさん1人しかいないし! そんなくだらないこと言ってないでこっち手伝ってよ!」


 そう言うと、彼らは家の中へと消えていった。



「……北門ですね。行きましょう、バートス」



「リズ、大丈夫か?」

「昨日お話したとおりです。私はなんの期待もされていません。でも……」


 北門へ向かう足を速めながらリズは言葉を紡いだ。


「私達の出来ることをしましょう」

「ああ、そうだな」


 昨日とは少し違う顔を見せたリズ。


「なんです? バートス、私の顔になにかついてますか?」

「いや……昨日よりいい顔だなと」


「フフ、なんですかそれ」



 この娘は出来損ないなんかじゃない。



「とにかく現場に急ぎましょう」



 自分の出来ることを必死にやろうとする奴は、出来損ないなんかじゃない。




 ◇◇◇




 北門を出て、少し行くと前方に砂煙が見える。


 周辺には負傷した人が転がっていた。

 自警団というやつらだろう。


 さらに奥に進むと、人の叫び声が聞こえてくる。


「うわぁ~~隊長~~もう魔力がありません!」

「後退、後退! 負傷者を担いで退けぇええ!」


 彼らは頑張っていたようだが、ドラゴンの猛攻には耐え切れず、戦線が崩壊しはじめたようだ。


 砂煙が幾分かおさまり、その魔物の姿が断片的に見えはじめる。


「お、おい……リズ!」


「ええ、おそらくレッドドラゴンです」



 うわぁ、ヤバイな。緊張して来た……


 だって、怖いもんは怖い。



「なにやってんだあんたら! もうここはダメだ! 早く逃げろ!」


 こちらへ向かってくる人影。


 手に持つ剣や槍はことごとく折れて、鎧もズタズタ。

 みんなボロボロだ。



 うわぁ、マジでやばい奴じゃないか……ドラゴン。



「ぼさっとするな! さっさと逃げろ!」


 隊長と呼ばれていた、屈強そうな男が俺たちに駆け寄ってくる。


「いえ……ここは私たちがなんとか食い止めるので、その隙に退却してください」

「バカ! 何言ってんだ。あんたみたいな小娘が……」


 そう言おうとして、隊長の口が一瞬止まる。


「あんた……聖女か?」


「はい、あとは私たちに任せてください」


「チッ……そうかい、勝手にしてくれ。俺たちは遠慮なく退却する」


 隊長がそう言い終わるとほぼ同時に、ドラゴンの大きな口らしき影が不気味に赤く光って、その場にいる者たちの恐怖心を引き立てる。



「バートス! ブレスがきます!」



 ブレスってのは、ドラゴンが口から発する攻撃のことらしい。

 レッドドラゴンは灼熱の炎を吐くんだとか。


 そしてついにドラゴンがその全容を表し始めた。



 ―――あれ?



 これ、なんか見たことあるぞ。



 いや……トカゲじゃないか?



 赤だ。トカゲの赤。



 んん? どういうことだ? 



 いやいや、リズの話によればドラゴンはとんでもなく恐ろしいやつのはず。そうか!外見はトカゲでも中身がまるっきり違うのかもしれない。ここは人間界だしな。



「バートス! なにやってるんですか! ぼーっとしてないで回避してくだ―――クッ……!!」



 リズの大声を発した時には、すでにドラゴンの大きく開いた口からブレスが放たれていた。


 赤い閃光がゴーという轟音と共に俺に降り注ぐ。




 やっぱりだ……



 ――――――まったく熱くない。







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