第35話 あなたのところに帰りたくて(前半、ルイス視点、後半、キャンベル視点)

「ルイス…ッッ!!!王座ならほら、くれてやる!!」

国王は玉座から這いずり、僕の足に縋った。

王冠を外し、ブルブルと僕に差し出す。

いつか、あの悪魔が被った王冠だ。

何一つ栄光の象徴ではない、ただゴテゴテとしている豪奢なだけの王冠。

僕はただ、剣を片手に情けない国王を見下した。


「わ、儂は…そうだ、ほら、アークスランド辺りにでも隠居するかな!ははは!!」


アークスランド、南国のリゾート地だ。

向こうでは王太子が転がっているというのに、呑気なものだ。

「…ご子息は、死にましたかな?」

「うっ…ならば儂はもうただの老耄、命までとらんでも、すぐに生を全うする身じゃろうて…後生じゃ…」

剣を床に突き刺した。

ガツッと鋭い音が響く。

「ひいっ!」

「一つだけ聞く。僕がここに出入りしていたのに、首を取られるとは思わなかったのか?」

「…思った…思った…。お前が目の前に現れた時…過った。…だが」

--悪魔が……どうにかしてもらうしかなかったじゃないか。殺されるかもしれんかったのだぞ。




刹那的。

この男にあるのはそれだけだ。

母に触って父に激怒されたのも、玉座を欲するがあまり、父も母も兄をも手にかけたのも。

この男にはその時心に欲することしか頭にないのだ。


あまりにも短略的。浅慮。短慮。

迷いはなかった。


人間、そんなに目が開くのだな、などと思う。

数多の魔物の首を落とした。

たが、人の首を刎ねたのは初めてだ。

嫌な感触である。


(僕はこの感触を忘れてはならない)

僕は跪いて胸に手を当て、先・王・に頭を垂れた。


「ルイス様!!危ない!!!」

ハイデの声がした。

その瞬間、転がっていたはずの王太子に脇腹を刺されてしまった。





✳︎ ✳︎ ✳︎





池だ。

(会いたかった)

「?」

誰にだろう?なんだか変なことが浮かぶ。


「ハイドレンジア、綺麗な池だね」

『うん』


(どうしてここに来たのだっけ)


「ねえ、見て、人が映ってる」

『…うん…っ…』

私の顎を強引に掴んでくちづけされる。

まるで溶けてしまいそうなくちづけだ。

「ハイドレンジア、どうしてそんな顔をするの?」

『…なんでかな、余裕がないのかもしれないね』


どうしてこんなにも切ない気持ちになるのだろう。


ゆら、と水面が揺らめく。

『ほら、見て。君が好きだったルイス君だよ』

「綺麗な人。…っ!」

耳を食まれて、舌が這う。

後ろから抱きしめられて、悪戯に指を動かされて、私は何もかもがどうでも良くなってしまう。


『ルイス君、キャンベルは私が貰うね。ああ、良い光景だね。この日をどんなに待ち侘びたか』


(あれ?)

「この人、どうして血を流しているの?」

『ん?…本当だね。厄介そうだ。死んでしまうかもしれないね』

「え?」


そうだ、と私は思い至る。


〜♪


『キャンベル、それって…』

「ここからでも届くかしら。〜♪」

『だめ』

押し倒されて、馬乗りのハイドレンジアからたくさんのくちづけが降ってくる。


(この歌、なんだっけ)


『キャンベル?どうしたの?ねえ』

肩を思い切り揺さぶられる。

「やっ!」


ハイドレンジアは、何を焦っているんだろう。


「ねえ、この人、血が出てる!このままでは死んでしまうわ!!」

『キャンベル!』


池に映る人が吐血した。


脳裏に蘇る。

本を月に一度買ってくれると約束して、魔塔で一緒に暮らした。


「ル、イス…」

『ああ…っ!!!どうして!十日もここの空気を吸って毎日私の瞳に見つめられて…どうしてまだ覚えているんだよ!!!』

痛いほどに肩が掴まれる。華奢な腕なのに、どうしてこんな力があるのか。

綺麗な髪の毛が乱れている。


ルイス様は、大量に吐血して意識が朦朧とし始めているみたいだった。

「私……っ!!!離して!!離してください!!!」

『駄目。行かせないよ!』

「十日経っても覚えていたら返してくださる約束ですわ!ハ・イ・ド・レ・ン・ジ・ア・様・」

『あっ…』

たじろぎ、力が弱まる。

私は駆け出し、池に飛び込んだ。

けれどすぐに水中で腕を掴まれる。

ぶんぶんと振り解こうとするけれど、すごい力で引き戻されそうになる。


『キャンベル!戻って来て!このままそこにい続けたら死んでしまうよ!』


その叫び声に、私は精一杯の笑顔を向けた。

それを見てハイドレンジア様はまた泣き笑いのような顔をなって

『そんなにルイス君が良いの?私よりも?……っ。愛しているよ、キャンベル。ねえ』

水面の向こう、ハイドレンジア様の顔がゆらゆら歪む。

私は決して揺らぐことのない意志で神様を見つめ返した。

水面の向こうの神様は口を戦慄かせて、がくりとへたり込んだ。

するり、

手が離される。

私はぐんぐん下降していく。

見上げれば、ハイドレンジア様は私を覗き込んで叫んだ。

『キャンベル、君が歳をとって死ぬ時、迎えにいっても良いかなあ!』

私は首を横に振った。

『…そっか』





突然、視界が切り替わる。

放り出された先に、ルイス様が信じられないという顔をして起き上がった。

血を流しながら、両手を伸ばして私を抱きしめてくれる。

身体が、軋む。


「君、どうして…ここに?魔塔にいたのでは…ないのかい?」

「そんなもの、どうだって良いではないですか。こんなに血だらけになって…今にも死んでしまいそうです」

「…やっぱり死ぬかな」

「死なせませんとも。私を誰だと思っているのですか?」

涙が溢れて止まらなかった。


「心強いな」

ルイス様は微笑みながら、横たわった。



〜♪



見守っていた騎士達から拍手が湧き起こる。

「…おかえり、聖女様」

「もう!まだ横になっていた方がよろしいですわ」

「君が戻って来たら、君に聞いてほしいことがあって」

「なんです?あ、一応傷口確認しますね」

「キャンベル、僕と結婚してくれないかな」

「それ、今、言います!?」

「言うよ、だって君ずっと動かないし、ハイドレンジアもいなくなるし、何が何だか……。不安だったんだ、すごく。もう僕の前からいなくならないでくれ」

「いなくなりませんとも…」


ルイス様の本当の虹彩の色はヘーゼルなのだな、瞳もちゃんと黒いのだ、などと思う。

「私は…あなたに会いたくて、帰って来ましたから」

「キャンベル…それって…」

「私も、あなたが好きです」


騎士達から盛大な拍手と共に、指笛まで鳴った。

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