第18話見るな

どんよりと空は重たく曇っているのに、なんと乾いた地。


私が暮らす魔塔からそんなに離れていないのに、こんなにも環境が違う。

自分の故郷とは到底思えない。

(暫くぶりにすっきり晴れたから、溜まった洗濯物を干したくらいなのに。取り込む頃までには帰れるかしら)


馬から降りると、ルイスが手を差し出してきたので、自然にそれに手をのせた。

途端に何かに躓く。

「っぶない」

彼は私を抱き寄せ、転倒するのを防いでくれた。

「あ、ありがとうございます」


すごく恥ずかしくなって、すぐに離れる。

なぜか残念そうな寂しそうな顔を向けられる。


躓いた足元になんとなく視線がいく。

「あっ…」

「見るな」

ルイスは再び私を抱き寄せ、自分の胸に私の顔を埋めた。


(ミイラ…ミイラだったわ!?)


サハリン王太子がすかさず悪態をついた。

「チッ…おい、そんな調子じゃあこの先に進めないぞ」

「なん…だって!?」

「だったら帰ると言いそうだから言っておくが、これは王命だ。帰らせないからな?」


抱き寄せられた胸から伝わる鼓動に乗せて、ルイスの怒りが伝わってくるみたいだ。

仕方なく歩みを進めると、あちらこちらに干からびた人、呆けた人、横たわる人。

辛うじて正常な人は、屋内に篭って窓からこちらの様子を伺っている。


「サハリン、貴様何をした!?」

「私?私は何もしていない。あのバカ女が勝手にやったこと。寧ろ今からお前達にそれを阻止してもらうんだから、私は王国の英雄と呼ばれても良いだろう」


バカ女、それはきっとセイレンのこと。

「彼女がどうしたと言うのです!?」

「良いからお前らが何とかしろ」


ルイスが加勢する

「何とかと言われたって何も情報がなければ成しようもない」


チッと面倒くさそうに舌打ちをして舌を出した。

「私は悪魔に犯されてフラフラだ。この国の者達は皆、悪魔に精気を吸われたんだ。そう、セイレンが召喚した悪魔によって」

「ばかな、悪魔の召喚だなんて本当にできるものか!」

「なら、悪魔本人に聞けば良い。今王城でふんぞり返っているぞ」


その王城では、門番が涎を垂らして座っている。

王国に入ってから異様な光景ばかりだ。

王が鎮座するはずの王の間で、なぜか君主たる国王が跪いている。

王座に座っているのは、体は黒いけれど、セイレンの顔をしている何かだ。

その何かはわざとらしく王冠を被っている。


私とルイスが入るなり、空気が揺れた。

セイレンだった物と対峙する。それがぶるぶると震えているのがわかる。けれど、目の全部が黒く、どこを見ているのか判然としない。


それの口元は動かないのに声がした。

『聖女…。おい、呼んだのは誰だ?』

国王は息も切れ切れに言った。

「む、息子です!サハリンが呼んでまいりました!」

これにはサハリン王太子が反論する。

「嘘をつくな!呼んでこいと言ったのは父上だろう!」

『だ、そうだ。どうしよおかな』


王座から降り、国王の前に立つ。

「ひっ…」


私は一歩前に歩んだ。

すると、セイレンだった物はそれ以上進めなくなる。

ぐっぐっと前に進もうとするけれど、見えない壁があるみたいにどうしても一歩が踏み出せない様子だ。

私はもう一歩前に進んだ。

それは顔を上げてこちらを見る。


「やめろ、キャンベル!よせ!」

ルイスが必死に私を止めようとしたので、それを制する。

「いいからそこにいてください」


二歩三歩と歩を進める。

「あなたは誰?セイレンじゃないでしょう?あなたが悪魔なの?」

『近づくな!やめろ!』

「質問に答えなさい、あなたは悪魔なの?」

『だったらどうした』


しっかりと大きな歩幅で前に進む。

国王を挟んで悪魔と対峙した。

悪魔は息をするのもやっとの様子で動けずに立ち尽くしている。

『苦しい、離れて』

「いいえ、できない」

『潰されそう…』

「潰れてしまえ」


はっはっと細かく息をしていた。

「確か以前、この国に悪魔が来た時は五人の聖女で封印したのよね?そうよね?それもあなたよね?」

『そうです…もう、やめて。聖なる威圧で…』

ブルブルと震えが大きくなった。


私はその悪魔に手を伸ばす。

信じられないくらいに口を大きく開いたので、両端が裂けた。

その時、

『捕まえたぁ』

「!?」

『馬鹿だねぇ、五人の聖女で封印したことを一人でできるわけないだろお。おもしろ』

首が腕に挟まれた。びくともしない。これ以上力を入れられたら、恐らく卒倒するだろう。


「キャンベル!!!!」

ルイスが叫びながら、飛びかかり刀を振るったがその腕をも掴まれ、持ち上げられている。


『前から聖女を犯してみたかったんだよねぇ。それからこっちは純粋な王族の血だあ!よくやったねぇ、オウジサマ』

「はっ…では約束どおり…私と父だけは…」

『うーん、どうしよおかなあ』

「なっ!約束が違いますぞ!聖女を差し出せば私と息子には手を出さないと…」

『…あのさあ、悪魔だよ?約束なんか守るわけないじゃあん』



どこまでも腐っている。

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