(無断転載)^2 怪談

柑橘

情報提供のお願い

 この話は友達が所属している大学サークルに代々伝わっていた怪談を無断転載したものである。怪談の主題はとある映像なのだが、その映像も実を言うと無断転載されたものであり、要するに無断転載が2回発生している。従って法律的に見ると極めて下品な話になってしまうのだが、実を言うとこの話の下品な要素は他にもあり、下品の重ね掛けのような状態にもなってしまっている。本当はどこかの要素を改変してせめて狭義の下品要素は取り除きたかったのだが、最悪なことに狭義の下品な部分、というか言ってしまえば下ネタが話の重要な部分に関係していて、筆者にはどうしようもなかった。そういう訳で下品な話が苦手な人は薄眼で読むなりブラウザバックするなりしてほしい。本当に申し訳ない。

 じゃあなんでこんな話をするのかと言うと、もちろんこの話に何かしら変なところがあるからで、本当は警察に相談すべき案件なのかもしれないが後述の事情から難しい。ぶっちゃけ筆者からすると、筆者が呪われてとんでもないことになった、筆者の周囲の人々が次々と失踪している、その他切迫した事情などは一切生じていないので、別にここに書き記さずにうっちゃっておいても全然良いのだが、しかし魚の小骨が喉に刺さったみたいなどうにも得心し難い部分が残っていて、そういうわけで筆を執るに至っている。

 これは別に「読んだら呪われる系」のホラーではなく、というかそもそも読んだら呪われる系の怪異って呪われた側がまだ元気に文章を書けている時点でそんなに脅威ではないか丸っ切り嘘かの2択だと思うのだが、ただただ変な話をして、あわよくば何か知っている人がこれを読んでくれて、何かしらの情報を提供してくれればなという思いで書かれた文章である。出てくる私の身の回りの人が呪われて死んだとか化け物になったとかゾンビになって今も私の扉の前に云々ということは一切ない。

 まぁしかし「変なところがある」と書いた通りに一応失踪者はこの話に登場してしまう。その失踪者が作ったらしい怪談が以下に無断転載するもので、したがって転載の許可が取れるわけがなく、それゆえに無断転載となっている。

 どうせ無断転載なので所々をはしょって書いてしまおう。この怪談は、端的に言うと、「エロ動画を見ていたら幽霊が映っていた」という話である。


 ある男がいた。ある日、いつものようにとあるいかがわしいサイトを訪れ、ライブチャットの無断転載動画を漁っていた。

 ライブチャットとは人間(たいてい女性)が自身の(時にあられもない)姿を放送し、それに対し視聴者(たいてい男性)が金を払って放送を見るなり放送内でチャットを送るなりするシステムである。で、それを無断転載していかがわしいサイトに無断転載する不埒な輩がいる。残念なことにそういう無断転載動画が無数にある。

 男はそういう無断転載動画を漁りまくるこれまた不埒な輩だったのだが、取り敢えず画面に映ってる女性がタイプっぽいやつを選んで再生した。再生してしばらくは女性のあられもない姿を見て満足していたのだが、ふと、画面右上に変なものが映り込んでいることに気付いた。

 無断転載動画の常で画質が悪く、面積も小さいので判然としないのだが、なんか人の顔? っぽいものが映っている。そういう置物とかではなく、宙に浮いている。画面のノイズにしては大きく、しかしはっきり見える程度に大きくはない。

 薄気味悪くなってきた男は別の動画に移ろうとしたのだが、ふと、ページ下部に再生リストがあることに気付いた。

 男が閲覧していたサイトはほぼほぼyout...beと同じ構成をしており、画面の左側大部分が現在再生している動画で、右側には関連している別の動画のサムネイルが縦並びになっている。では左の下側はというと、you...ubeではコメント欄になっているが、当該サイトでは閲覧中の動画に関連した再生リストがいくつか自動表示される。

 たいていは適当な動画がいくつもまとめて雑多にリストに入れられていて、下部に表示されているいくつかのリストでも「125 videos」とか「140 videos」とかの表示がされていた。しかし、一つだけ、リスト内動画数が「7 videos」となっているものがある。男は興味を引かれ、試しにクリックしてみた。

 すると、どうやらそれは今見ていた女性のライブチャットの無断転載だけを集めた再生リストのようで。アップロード日が最新の動画をこわごわ開くと、そこには───

 まで語って、語り手が一枚の大きな紙をぱっと見せ、そこにはあられもない姿の女性と宙に浮いてる大きな顔が映っている画面が印刷されているのだが、顔は雑なコラージュのように貼り付けられており、しかも表情は満面の笑みだし、よくよく見るまでもなくさっきまで席に座っていた先輩の顔である。呆気に取られていると、お手洗いで退席したはずの先輩が頭からオレンジのペンキを被った状態で奇声を上げて部屋に乱入してくる。

 これが当該怪談、というか出し物らしく、私の大学の「怪奇・胡乱サークル」という名前の通り胡乱なサークルの酒の席でよく披露されていたらしい。私と一緒に住んでいる友人もこのサークルに所属していて、初めて上述の出し物を見たときには大笑いしながら帰って来たのだが、一夜明けて酒が抜けると「何が面白かったのかさっぱり分からない」と真顔で話していた。まぁどう見ても酒の席でしか通用しない(というか酒の席ですら通用するか怪しい)類のネタではある。


 この馬鹿馬鹿しい話を考えたのはサークルの何代か前の会長らしく、私と友人が入学するのと入れ違いで卒業していったそうだ。馬鹿馬鹿しい話を考え付くだけあって、その、言葉を選ばず言ってしまうなら、馬鹿だったみたいで、卒業しても職に就かず適当にぶらぶらしていて、そのうちにこっちから連絡が取れなくなったという。音信不通の状態が続き、けれどもサークルのメンバーは誰一人として心配せず、そうして2年が過ぎた。

 2年が過ぎ、私と友人は3回生になった。そして胡乱・怪奇サークルは解散となった。実は上記怪談は超曰く付きで、聞かされたメンバーは皆失踪し……なんてことはなく、単に会員数が規定を下回ったのである。そもそも友人の代ですらサークル入会者は友人含め2名で、その次の代は1名。元々が規定ぎりぎりの人数だったのもあって、残念ながら妥当な結末ではあった。

 サークル解散にあたってささやかな飲み会が開かれることになり、友人は「そろそろ就活も考えなきゃだし、ふん切りが付いて良いかもな」と口では立派なことを言いながら、淋しそうな表情を浮かべて部屋を出ていった。

 その友人がなんだか微妙な表情で帰ってきた。てっきり酔うと感情が出やすいから号泣でもして帰ってくるのかと思っていたが、そういうのではなく、こんな

(・~・)

顔をしている。

「おかえり。どしたの」

「いやなんかさぁ……下ネタ怪談考えた先輩の話したじゃん」

「あの音信不通の?」

「そう。あの人、マジで失踪しちゃったらしくて」

「……えっ?」

 話を聞くと、例の先輩は適当にふらふらしまくった挙句姿をくらませて、実の両親すら本人と連絡が取れなくなったらしい。捜索願が出されてから今に至るまで約1年になるが、未だに見つかってないとのことだった。

 友人はその話を聞いて急に自身の先行きが不安になったようで、鬱々と就活やらガクチカやらの諸々について懸念点を並べ、鬱々とした表情のまま布団をかぶって丸くなってしまった。

 一方の私はというと、本当に不謹慎ながら、少し興奮していた。怪談を語った当人が失踪したなんて、なんか、それっぽい。私たちの所属する大学はちゃらんぽらんな学生を排出しやすく卒業生が住所不定・音信不通になることはざらだったものの、やはり身の回りに「失踪」という単語がポップアウトする機会はそうそうなく、その非日常っぽさに私は面白みを感じてしまっていた。

 もちろん上記怪談は本物の曰く付き怪談ではない。上述のような出し物の性質からペンキをかぶって乱入してくる役の人間は毎年変わっていたわけだが、本物の呪いの画像に自分の顔写真を貼り付けられていまだにピンピンしているというのは変すぎる。失踪者はあくまで怪談の考案者だけなのだ。関与した人間も、聞かされた人間も、何ら害を被っていない。

 このような安全性の担保もあり、私は少しだけ調査をしてみることにした。


 調査と言っても、面識のない失踪者についてインタビューしたり聞き込みを行ったりするのは正直かったるい。そこで、私は怪談に用いられた動画の特定を取り敢えずの目標に据えた。印刷された画像は明らかに実在する無断転載サイトをそのままスクリーンショットしたものらしく、それなら画像検索なりなんなりでさっさと見つかるだろうと考えたのである。

 ところが友人を介して怪奇・胡乱サークルに聞いてみたところ、当該用紙はサークル室引き上げの際に既に捨てられてしまっていた。まぁ全裸の女性が印刷してある猥褻物を後生大事に取っておくというのも変な話であり、残念ではあるが当然でもあった。画像印刷に用いられたファイルは残っているのでは、と思ったもののファイルを有していたのは失踪者だけだったらしく、これもまた不発に終わった。

 従って怪談に使用された画像の調査という初期目標は早速暗礁に乗り上げ、私は別方向からアプローチし直すことにした。具体的には、実際に幽霊が映っている卑猥な動画が存在したか否かの調査を行うことにした。他人から指摘されるまでもなく私も自分が迷走しているのが分かっていたが、とにかく一定の結論が出ればいいかなぁくらいの心持ちでいて、要するにそろそろどうでもよくなり始めていた。

 そこで「幽霊 エロ」などの言葉で検索をかけたのだが、なんだかニッチな猥褻物ばかりが出てくる。私なりに検索条件を色々変えて試行錯誤したのだが、どうやっても出てくるもののニッチさの度合いが上がるのみで、都市伝説や怪談の類は一切出て来ない。困り果てた、というか面倒くさくなってきた私は、SNS上の知り合いのPという友人に連絡を取ることにした。

 Pは「ポルノマスター」と他称されている男で、自称ではなく他称であるところに彼の異様さというか嫌さというかが滲み出ているのだが、彼は古今東西あらゆる下品なコンテンツを媒体・形式を問わず違法合法かも問わず履修し把握し尽くしている最悪の生物である。しかしSNS上でのふるまいは極めておだやかで紳士的、流行りのアニメ等作品についての言及も穏当ながら芯を捉えて的確で、ある程度親しくなったらずっとDMで成人向けコンテンツの話を振ってくること以外には欠点のない男でもある。TLでは「ポルノマスター」か「激キモアキネーター」の呼称で通っている。

 その彼なら知っているかもと話を振ると、しばらく話が通じずにキョンシーやらゾンビやらが出てくる成人向同人誌のリンクが送られてくる無駄なシークエンスの後、「覚えがあるかもしれません」との返事が返ってきた。しばらく待っていると「思い出しました」「確か4年前くらいに界隈で話題になってた奴があります、ちょっと探してきますね」とのメッセージが来る。界隈ってどういう……? と思いながら待機していたのだが、よくよく考えると時期が一致していることに気付いた。失踪者が上記怪談を思い付いたのは卒業の2年前の時だったそうなのだが(回生を表記しないのは当該失踪者が留年しすぎてよく分からなくなっていたためである)、

1年前   :私・友人が2回生

2年前の4月:私・友人が入学

2年前の3月:失踪者が卒業

3年前   :失踪者の卒業1年前

4年前   :失踪者の卒業2年前=怪談作成時

となって、怪談作成時とPの言う動画が「話題になってた」時期とが一致する。偶然だろうか、いや、と思っていると動画が送られてきた。流石に怖くなってきたので音声通話を繋ぎながら画面共有で一緒に動画を見てもらうよう頼んだのだが、後から冷静に考えると結構最悪な絵面である。

 問題の動画はというと、確かに画面の右上に灰色のシミのようなものが浮かんでいるのだが、大方ノイズに違いなく、幽霊に見間違いようもなかった。ほっと胸を撫でおろしていると「画面を拡大して見てくれませんか」とPに言われた。

「えっ絶対嫌だけど」

「でもですね、そこを拡大しないと幽霊っぽいのが見えなくて」

「えっこれノイズじゃないの?」

「皆そう思ってたんですけど、我々の界隈ってライブチャットに映っている女の子の部屋を拡大・解析して住居を特定しようとする趣味の人がいるんですね」

「さっさと警察に突き出せよ」

「その人がこれを拡大したら、顔に見えたらしくって」

「ええええ絶対拡大したくない」

「じゃあ私の方で拡大してスクショでその部分だけ送りますね」

「えっやだちょ、うわああああ」

 確かに幽霊、というか人の顔らしきものに見える。通話の時間帯が夜で、しかも友人は外泊していたせいで部屋には私一人だったというのもあり、滅茶苦茶怖い。ビビりまくってる私を傍目に、Pは「これ今話題の高画質化AIに入れたらどうなるんでしょうね」と一人で盛り上がっていた。

「これではっきり顔が出てきたらどうします?」

「どうもこうもねぇよ」

「どれどれ……今画像アップロードしました。こういう高画質化AIって夢がありますよね。やっぱり発展したら将来的にはモザイクも」

「シームレスに最悪な話に移行したな」

「いやぁやっぱり夢がありますよ、でも存外法で規制されたりし……えっ」

「……何」

「……」

「おい押し黙るなって、おい、お~~~~い。おい!!」

「いやぁ、その、あの」

「何その歯切れの悪さ」

 Pは無言で画像を共有してきて、そこにははっきりと、モノクロの人の顔が、醜く口角を上げて笑顔のようなものを浮かべている誰かが写っていた。


 この時点で恐ろしくなった私は調査を打ち切った。幸いなことに、幽霊の顔をはっきり見てしまったから完全に呪われちゃってぇ……なんてことは冒頭で述べた通り全く起きていない。そもそも高画質化AIはノイズではっきりとしない部分をそれっぽく埋めて滑らかにしているだけなので再現性が無く、同じ画像を再び入れたとて同様に人の顔が出力されるとは限らない。限らないのだが、怖くて試せていない。

 一応友人にこの動画を(幽霊(?)部分は手で隠して)見せてみたところ「多分この女の人が写ってたと思う」とのことで、失踪者が実際に使用したのと同じものであることが判明した。何を思って「変なものが映っている動画の画面を印刷して、その上から誰かの顔を貼り付ける」なんて行動に及んだのかは分からないし、失踪との相関も分からない。

 数日後Pから連絡が来た。彼曰く、怪談内での記述に類似した再生リストが存在したという。但しリスト内の動画数は7ではなく2。片方は上述の変な映り込みがあるやつで、もう片方が

「何も映ってないんです」

「何も」

「はい。サムネイルも真っ黒で、本編でも一切何にも映ってない。長さも30秒しかありません」

「音声は?」

「雑音が入ってるだけなんですけど……」

「何、音量上げたら悲鳴でも聞こえてきた?」

「いや、その、はい。本当に女の子の声っぽい悲鳴が……」

「えっ」

 聞かせてもらったのだが、確かに雑音に混じって誰かの悲鳴らしき声が聞こえてくる。

「それからライブチャット有識者にも聞いてみたんですけど、この子、配信中にいきなり配信が切れてそのまま二度と配信もSNSの更新もせずに消えちゃった子らしくて」

「……そこまで来るともうあれなんじゃないか、モキュメンタリー企画的な」

「動画が載ってる媒体的にありえないかと」

「いやでもドッキリ? とかさ」

「あり得なくはないとは思いますけど……」


 現在、当該女性の配信アカウントはBANされており、SNSもスパムに乗っ取られて過去の投稿は削除されてしまっている。結局彼女に何が起きたのかは分からない。怪異の仕業だとするのなら、何かしらの化け物が彼女の悲鳴を録音して動画にしてわざわざ投稿したことになってどう考えても変だ。何かの犯罪に巻き込まれたとするなら、今度は写っていた謎の人の顔らしきものや、「最後の配信の時にれなちゃん(当該女性のアカウント名)は急に何もないはずの右上方向を数秒間凝視していて、その後ぶつりと配信が切れた」との証言に整合しない。では手の込んだ悪戯なのだろうか。Pは「僕は音声の専門家というわけではないですけど」と前置きしたうえで次のように述べた。

「このノイズのかかり方は音声を合成して作ったというよりも、本当に生活音が入るような環境で実際に録音されたものだと個人的には感じます」


 結局彼女に何が起きたかは分からないし、友人の先輩が何故失踪したのかも、なにもかもが分からない。残されているのは違法サイトに残された無断転載動画だけで、社会的信用を下げて/法に抵触してまでその動画を直接貼って人から情報を集めたいと思うだけの熱意も執着も私にはない。警察に駆け込んで「エロ動画を無断転載しているサイトにこうこうこういう動画があってそこから悲鳴がですね」と明らかに事がこじれそうな説明をする気にもなれない。

 しかし恐ろしげなものが実際何だったのか分からないままというのは存外もやもやする。枯れ尾花とも本物の幽霊ともつかぬ状態で宙に放り出されるのは困るのだ。

 そういうわけで、もし心当たりがあって、何かしらの情報を持っている方がおられましたら教えていただけると喜びます。


 よろしくお願いします。

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