世界は待っちゃくれない
別に誰が読むともない妄想を世界の片隅に散らす日々……
私はWeezerの「In the Garage」という曲が好きだ。Weezerは歌う。ガレージにいると安心できる。誰も僕のやり方なんて気にしないから。ガレージが僕の居場所。誰も僕の歌なんて聞こえない。一見すると、ただの引きこもりの歌だ。しかし、それだけのようには思えない。二番のAメロにはこんな一節がある。I play my stupid songs. 自分のバカげた歌を演奏してる。この歌詞を見ると、サビの歌詞はガレージによって世界から守られている安心ではなく、ガレージによって逆に世界から孤立している自分を歌っているように思えてくる。バカな歌をやってる。誰も聞きやしないのに。若き日のフロントマン、リバース・クオモは自分のバンド活動に疑問を持っていたように思える。自分はこんな自分ちのガレージで役に立つとも分からない音楽をやっている。そういう不安。世界中の創作に手を出した者が一度は抱いたことのある不安だろう。こんなことやっていていいのか? 自分が大切に握っているコレは、無価値なゴミかもしれないのに?
ゴミを宝に変えたいなら、結局のところ、誰かに見せるしかない。誰かに見せなかったのなら、リバース・クオモがガレージで響かせていたギターも世界の片隅に横たわる無価値なガラクタで終わったかもしれない。
私も最近になって、こうして誰かに作品を見せるようになった。ネット上だけでなく、家族にも見せた。友人にも一人だけ見せた。一応雑誌に詩を投稿して二度掲載させてもらった。だがそれだけである。まだ、自分の作り出しているものが価値のあるものかどうか、判断できるところまでは来ていない。ならもっと見せればいい。しかし、ここにきて、自分はこのまま書いていていいのか、という意識が頭をもたげ始めた。その意識自体は中三からあった。しかし、ここにきて無視できる問題ではなくなってきた気がする。自分が作ったもの、というのは自分のありのままがダイレクトに反映される。私の作品は、私の「人から良く見られたい」という欲望がそのまま文体に繋がっているような気がする。わざと文体を固くし、難解にする。プライドの高い自分がそこにいる。自分の作品を見返すと、そういう「見たくない自分」が顔を出す。そう、私は結局、他人に良く見られたいだけなのでは? そんな私がこのまま書き続けてよいものだろうか?
しかし、この意味のない妄想を広げるのが楽しくてしょうがないのも事実だ。街を歩いているときも、そのことばかりだ。そうだ、彼を冒険に出そう。そうだ、あの子を崖に立たせて思案させよう。そうだ、アイツらを少しばかり酒場で飲ませてやろう。様々な奴らが顔を出し、頭の中で好き勝手喋る。僕は新しい展開を提示し、彼らは翻弄される。行きつく先は悲劇であり、喜劇でもある。僕は自分の生み出したキャラクターたちが大好きだ。彼らはひょっとしたら、自分が気付いていないだけで、どこかの誰かが生み出したキャラを焼き直ししただけかもしれない。しかし、僕の頭の中で生まれたのは事実だ。彼らは愉快で悲しい。彼らの人間模様も愉快で悲しい。
しかし、小説にはしない。というか、出来ない。あのリバース・クオモの不安が襲ってきて、途端に言葉が一つも出なくなる。開いたPCを三秒で閉じ、毛布を被って惨めな気持ちに耐える。確かに、彼らは最高だ。彼らの辿った旅路も最高だ。でも、だからなんだ? それは私の世界だけの話であって、この社会では一銭の価値も無いだろう?
それに、そもそも誰が見てくれる?
私はWeezerのCDを手に取り、プレイヤーにセットした。今から二日前のことだった。ギターの轟音で自分の弱さを隠すような、ナイーブな曲が次々に流れ、鏡映しの自分を見るような思いで椅子にもたれて目を閉じる。そして、あの曲が流れ始めた。一人で精一杯音楽を奏でようとするハーモニカの音と、それによりそうアコースティックギターの音で始まり、それを恥ずかしがって隠そうとするようなギターの轟音がすぐさま乗っかる。
別に大きな盛り上がりがある曲でもない。音楽上特筆すべき展開があるような曲でもない。しかし、ここまで切なくなるのはなぜだろう? 私はこういう曲が好きだ。特別盛り上がるわけでもない、特別感傷的なわけでもない。しかし、こういう曲は、自らの悲しみが染みついた心から、とある感情をありったけの力で絞り出そうとする。それは哀しみではない。喜びではない。怒りでも、恐れでも、驚きでもない。あるがままの感情。感情が感情として表に出てくる前の感情。それを全力で絞り出す。それは数滴にも満たないような少量だが、受け手には確かに届く。そういう曲。Weezerは宙づりのガレージで歌う。ガレージにいると安心できる。誰も僕のやり方なんて気にしないから。ガレージが僕の居場所。誰も僕の歌なんて聞こえない。
瞼の裏で想いが動く。私はこの世界で生きたい。「書く」という世界で生きたい。だが、この世界で生きるには、どうしたらいい? 自分に才能があるとは思えない。自分に価値があるとは思えない。そういう自信を持てない。持つには誰かに見せるしかない。だがまず、見せるべきものを作れない。自分に価値があるのかどうか分からないから。
そうして負のループから抜け出せない。アルバムは続いていく。好きな曲は終わり、大事な考えも次第に失せていく。世界は待ってくれない。私はここに刻む、あのとき考えたことが大事なように思うから。これを読む人が一人もいなくたって、大事なことのように思うから。そしてWeezerのように、頭は再び、轟音の中に帰って行く……
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