第13話 腐れ縁

 場を収めたのは、天だった。

 よく通る凛とした声が、白廉と恋白の口の動きを止める。


「ここは本殿だ。奥には、御神体である白蛇神様はくへびがみさまがいらっしゃる。そのような姿を、白蛇神様に見せるのはいかがなものかと」

「……ごもっともです。大変に失礼いたしました」

 

 白廉は怒りを収めると、内陣に向かって頭を深々と下げた。

 恋白も父親を真似て、神妙な面持ちで頭を下げた。白蛇しろへび神社で生まれ育った身として、自分の行いが恥ずべきものであることに気がついたらしい。

 

「恋白」


 厳しい声音で注意した天の声が、柔らかいものに変わる。


「恋白が言ったこと、一理ある。好きでもない男と、苦労を共にすることはないよな。自分の人生は、自分で決める。ガツンと響いたよ。俺も、そのように生きていく心構えができた。ありがとう」

「あっ……あ、あなたらしくないじゃない! 素直だと、調子が狂う……」

「ははっ。俺は柔軟な思考の持ち主なんで。いいと思ったものは、取り入れていく。鳳蘭と結婚するのか。おめでとう。良かったな」


 恋白は視線を狼狽えさせた。強気一辺倒だった態度に、迷いの色が混じる。


「あ、あなたが最初から、そのような態度だったら、わたくしだって、前向きに考えることもできたのよ……」

「俺では、贅沢をさせてあげられない。苦労の多さに嫌気が差して、恋白は家を出ていっただろう。これで良かったんだ」


 天の表情は晴れやかで、口調もサバサバしている。

 だが、恋白は心残りがあるような眼差しを天に送っている。それを咎めたのは、鳳蘭だった。


「恋白は、誰の妻になりたいのだ?」

「っ!! もちろん、鳳蘭様です! お慕いしております!」

「それは嬉しいね」 


 文香の近くにいる老婆が「キヒヒッ」と笑った。老婆の笑った口から、黄色い出っ歯が覗く。

 老婆は、隣にいる痩せた老人に話しかけた。


「腐れ縁対決、どっちに軍配が上がるだろうねぇ」

「鳳蘭は負けっぱなしだからなぁ。次こそと、本気を出してくるかもしれないなぁ」

「恋白の様子を見るに、心が定まっていないようだねぇ。鳳蘭は金があっても、中身がねぇ……」


 文香はどうすることもできず、ただ天と恋白と鳳蘭の三角関係の行方を見守るしかない。

 鳳蘭が口を開いた。


「結婚式を邪魔して悪いね。だが、小鬼を追い出せない軟弱な天狗に、恋白を嫁がせるのは不憫でね。大天狗の孫なのに、神通力を受け継ぐことができなかったようだ。哀れだね。同情するよ」

「そりゃ、どーも」

「恋白を妻にして運を上げたいのだろうが、恋白に苦労は似合わない。君には、男としての甲斐性はないのかい?」


 天は鳳蘭を睨んだ。鳳蘭は口元を綻ばせ、優越感たっぷりに語りかける。


「図星だったかな? ところで、私は冷血漢ではないのでね。君の態度次第では、力を貸してやってもいいのだよ。小鬼に手こずっているのだろう? 君が頭を下げるなら、鳳凰の力で悪鬼を追い出してやってもいいのだよ」

「遠慮しておく」

「ははっ! プライドが高いというのは難儀だね。天狗の宿屋は、あやかし界一歴史が古い。それなのに君の代で終わりになるとは、ご先祖様たちはさぞや無念だろう。だが、仕方がないね。君には、下等な鬼を追い出す力がないのだから」

「天、言い返してやれっ!」


 毛深い男が立ち上がった。他の列席者らも、怒りに満ちた顔で頷く。

 だが、天は頭を左右に振った。


「いや、よしておく」

「なんでだっ! 悔しくないのか!」


 天は怒りを押し殺していた表情を和らげると、一同を見回した。


「ここは白蛇神社。神様が集まる神聖な場所で、俗物の相手をする必要はない」

「くっ! おまえっ!!」


 鳳蘭の眉間に青筋が浮く。言い返そうとする鳳蘭の腕に、恋白が両手を添えた。


「鳳蘭様! 祝福の神様の機嫌を損ねたら、わたくしたちの結婚式に来てくださいません! どうか、怒りをお収めくださいませ」


 鳳蘭は、ゆったりとした呼吸を何度か繰り返した。憎悪に歪んでいた表情が波のように引いていき、代わりに、目と口が三日月のような細い弧を描く。


「すまない。天とは因縁があってね。ついカッとなってしまった。白廉殿。後日、私の両親がこちらに挨拶に伺います」

「来なくていい!」

「そんなことをおっしゃらないでください。良い話ではありませんか。二号館が完成して勢いを増した鳳凰の宿屋と、由緒ある白蛇神社。これぞ、縁を結ぶに相応しい相手。落ちぶれたどこかの宿屋より、ずっといい」


 鳳蘭は天を見据えると、色の薄い唇の片端を上げた。

 鳳蘭の目は柔らかく細まっているのに、文香は冷たいものを感じてゾッとした。


「恋白と結婚できなくて残念だね。隣にいるのは人間かな? ククッ、どこまでも落ちぶれたものだね。幼馴染として恥ずかしいよ」


 文香は、胸を浅く上下させた。息をするのが苦しい。

 自分なら、どれだけ馬鹿にされてもかまわない。けれど、自分といるせいで天が見下されるのは嫌だ。

 花嫁の代理とはいえ、天と結婚式を挙げられるのを喜んでいた。このまま本物の花嫁になれたらいいのに……との淡い想いもあった。

 けれどどうやら、人間であることは祝福されるものではないらしい。

 天たち家族と白廉たちが対等に接してくれたから知らなかったが、人間と結婚するのは恥ずかしいものであることが、参列者のだんまりからわかる。


 天が低い声で、鳳蘭の名を呼んだ。


「鳳蘭。俺も、おまえと幼馴染なのが恥ずかしいよ。全然成長していない」

「はっ! ついに言い返す気になったか。私に勝てないからと悪口に持っていくとは、なんとも浅ましい男……」

「いい加減にするんだっ! 神聖なる場を穢すな!」


 白廉は声を張り上げると、鳳蘭と恋白を外陣から追いだした。

 参列者の間から、「恋白は欲に目がくらんだのだろう」「道楽息子との結婚だなんて、白蛇家は大変だ」との同情の声が上がる。


 俯いている文香に、天が気遣わしげに声をかける。


「嫌な思いをさせてしまった。すまない」

「いいえ……」


 天は、人間であることは恥ずかしいことではない。知り合いの雪女が人間と結婚して仲良くやっている、と話した。

 けれど文香には、それらの言葉は優しさからくるものであって、実際は違うように思えてならない。

 文香を見た恋白と鳳蘭の目には、はっきりとした蔑みがあった。

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