第12話 乱入者

 祭祀を行う場所である外陣げじんに入った途端、空気が変わった。

 百畳ほどある広い外陣の奥には、神体が祀られている内陣がある。

 厳粛な雰囲気に、文香は背筋を伸ばし、口元を引き締めた。

 参列者は左右にわかれて座っており、並んで入ってきた天と文香を、好奇心剥き出しの目で見ている。

 参列者は人間とさほど変わらない姿をしているが、目が飛び出ていたり、首が少し長かったり、顎がなかったり、口が大きかったり、毛深かったりと、どこか奇妙。

 奇妙な列席者の容姿と怪しげな雰囲気は文香に、ここは人間の世界ではない。自分はあやかしの世界に飛び込んでしまったのだと、そう思わせるのに十分。

 文香は不安に駆られて、隣を見上げた。天の金色の瞳が文香に注がれている。優しいその眼差しに、文香は微笑む。

 大きく息を吸い、ごくりと唾を飲み込む。弱気になっている場合じゃない。やるしかない。

 文香は覚悟を決めると、足を前に進めた。


 白蛇神社の宮司であり、本来の花嫁の父である白廉はくれんがゆったりとした足取りで中央の通路を歩き、天と文香がそれに続く。

 文香は列席者を見ないよう、視線を真正面に据えた。だが、耳までは塞ぐことができない。参列者たちのヒソヒソ声が入ってくる。


「あれが、代わりの花嫁か」

「ふむふむ。なかなかに綺麗じゃ」

「いやいや、恋白こはくには敵わぬ」

「しかし、性格はこっちの方が良さそうだ」

「吾輩は、この女のほうが好きだ。吾輩の花嫁にしたいのぅ」

「ん? 人間の匂いがする」

「そんなわけ……おっ!? 本当だ、人間だ!!」

「なぜ人間が天といるのだ!?」

「美味しそうな匂い。たまらん! 食べたい!」


 ざわめきが広がっていく。

 食べたいとの発言に、文香は血の気が引いてよろめいた。それを、天が支える。

 天は文香の肩を抱きながら、列席者を見渡した。


「全員に連絡が行き渡っていなかったようだ。驚かせてすまない。そうだ、人間だ。いいだろう? 食べちゃ駄目だぞ」


 列席者たちは、目を点にした。


「いいだろうって……いいのか?」

「う〜む。人間を驚かせるのは好きだが、嫁となると……どうなんだ?」

「天殿がいいというからには、いいのだろう。人間の嫁か……。羨ましいかも」

「食べちゃ駄目なのか。しょぼーん」


 厳粛な雰囲気が一変。ざわざわとした忙しないものに変わる。

 白廉が、静かにするよう呼びかけようとした矢先。外陣の入り口に一組の男女が現れた。


「この結婚、中止されたし!」

「恋白!?」


 中止するよう叫んだのは男だが、白廉は娘の名前を呼んだ。


 文香は、灯りに照らされている男女を凝視した。

 女性の白さが際立っている。髪も肌も、雪のように白い。血を感じさせない和風の顔は、女雛のよう。

 人目を引く美しい容姿ではあるのだが、天とは種類が違う。天が天上人のような世俗離れした美しさなら、恋白は争いや執着や嫉妬や猜疑心に囚われながらも、修羅の道を我が道として突き進むような凄みがある。

 恋白は、あまりにも色が白いために生きている感じがしない。だが、黒い目は欲に濡れている。

 その欲こそが彼女を生に繋ぎ止めているように、文香には感じられた。


 文香は、隣にいる男性に目線を移した。男性は、金色に輝く髪を長く伸ばしている。

 恋白の黒い着物には色鮮やかな羽鳥が描かれているが、男性はその羽鳥と同じ、金、黄、赤、橙、青、水色、緑、黄緑を使った濃淡ある着物を着ている。だいぶ派手である。

 二人の派手さと欲を感じさせる雰囲気は、似たもの同士という言葉がぴったり。


「どういうことだ! 説明しろ!!」


 恋白は、声を荒げた父親を煩わしいとでもいうように顔を背けた。その顔を再び正面に戻して、文香を見つめる。

 値踏みしていた恋白の顔に現れたのは、勝ち誇った笑み。


「そこの人間。わたくしの代わりにありがとう。けれど、役目は終わったわ。わたくしは、鳳凰ほうおうの宿屋の若君である、鳳蘭ほうらん様と結婚いたします」

「なにを勝手なことを!!」


 白廉は大股で近づくと、二人を睨んだ。


「どういうつもりで結婚などと! わしは認めん! 鳳蘭殿、娘をたぶらかすのはやめていただきたい!」

「誑かしてなどおりません。真剣に結婚を考えております」


 白廉が怒り心頭であるにもかかわらず、鳳蘭はゆったりとした口調で答える。


「私は恋白を慕っておりました。ですが、未熟者ゆえ声をかけられずにいた。だが、そこの男と結婚すると知り、居ても立ってもいられなくなった。無論、愛し合っている二人であるならば、身を引く覚悟はあった。しかし、そうではない。この結婚は利益目的。その男に利あれど、恋白には忍耐を強いるものでしかない。私ならば、恋白を幸せにできる。財力がありますので」


 鳳蘭は物腰が柔らかく、たおやか。まるで、伝統芸能の舞台から降りてきた女方のよう。声も話し方も表情も仕草も、柔らかい。

 恋白は唾を飛ばして怒鳴る父親を無視して、天に話しかけた。


「天、ごめんなさいね。わたくし、あなたと苦労を共にするのは嫌なの。没落寸前の家に嫁ぐなんて、まっぴらごめんだわ。見て、この美しい着物。鳳蘭様が買ってくださったの。絵柄は、鳳凰。わたくし、豪奢で華美で新しいものが大好き。同じ着物を何年も着たくないわ。贅沢をさせてくれる男が好きなの。妻に贅沢をさせる財力が、天にはあるのかしら?」

「ない」

「うふふ、そうよね」

「恋白!! 金の亡者に成り下がって! 目を覚ますんだ!!」

「あーら。お父様こそ、目を覚ましたらどう? 清貧なんて、時代錯誤。金があれば、心だって買える時代ですのよ。それに、なに? 親が娘の結婚相手を決めるなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがありますわ。わたくしの人生は、わたくしが決めます。亡き親友の宿屋なんて、わたくしには関係ないわ。結婚に必要なのは友情でも恩義でもなく、愛とお金。ご理解いただけます?」

「ふざけるなっ!!」


 言い争う二人を止めてほしいと、文香は親族席に目をやった。

 白沙は目眩を起こし、天音に介抱されていた。横になった顔から、涙が滴り落ちている。


「神聖な結婚式に乗り込んでくるなんて……。可愛いからと、過保護に育ててしまった……」

「わかるわ。子供は可愛いもの。甘やかしてしまうわよね」

「倫理観を叩き込むべきだった……」

「そうね。後悔することは、たくさんあるわよね」


 白廉と恋白は口論し、白沙は泣いている。

 口喧嘩が収まる気配がない。列席者たちは余興を見ている気分で、目をらんらんと輝かせている。

 

 


 

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