第13話

 海中から顔を出した巨大亀は、天に向かって吼えた。大きさで言えば耳を塞ぎたくなるほどではなかったが、ずっしりと、身体の奥底に響き渡るような低音であった。


 負けじと低音を発する戦士ラルドは、巨大亀の鳴き声の振動に身体を揺らし、リッカの発言に心を揺らした。


「俺たちがこの亀に助けられたとは、どういうことだ? 何故、魔族が俺たちを助ける?」


「そこまでは俺にも分からないよ。でも、それしか考えられないだろ。あの時、俺たちが意識を失った場所は、あの魔族の領域から脱した場所じゃなかった。奇跡的に逃れて無人島に流れ着いたんだと思ってたけど、二人ともだなんて、奇跡だったとしても出来過ぎてる」


 吼えた巨大亀は、目前にいる魔族と敵対しているのか。根拠も理由もまるで分からない。だが、リッカの憶測の域を脱してはいないが、確かに自分たちは助けられたのだと、何故か確信が持てた。


 亀の頭がゆったりと動き出す。二人は身構えた。助けられたとはいえ、それが気まぐれである可能性は否定できない。背に乗せているのが鬱陶しくなって、振り落とされることも考えられる。何か、掴まれるものを探して――。


「お、おい。あの亀、もしかしてあくびをしているんじゃないか?」


 二人は唖然として、大口を開ける亀の頭を眺めていた。ほあー、と拍子抜けするような音が響いて、亀の大口から大量の空気が出入りをする。


 遠方ではあるが、目前には魔族がいる。気付いていなのか、それともやはり魔族同士、敵意はないのか。となれば、このまま亀の背に乗っていれば、巨大戦艦を飲み込んだあの魔族をやり過ごすことが出来る。討ち取ることが出来れば一番良いが、策も見つからない現状では難しい。まずは、生きることを最優先にして行動しなくては。


「まあ、俺たちがここで騒いでみたところで、見つかることもないだろ。向こうからしてみれば、塵みたいなものだろうし」


 リッカがそう楽観的に述べると、それに反論するかのように再び水柱が上がった。上部の表面しか姿を見せていなかった巨大魔族が、その身体を海中から出し、全体像を明らかにした。


 前面にはぎょろっとした真っ白な瞳。口の中は鋭利な歯がびっしりと敷き詰められていて、唇のないその口は喉元近くまで割れている。


 背にあるのは、硬い岩を突き刺せるほどに尖った背鰭。身体の左右にある扇形の羽のようなものは、おそらく胸鰭だろう。


 巨大亀といい、海中に潜む魔族は現存する生物に似ている姿をしているようであった。リッカは、またも商人が持って来た時のことが脳内によぎる。鱗を剥ぎ内臓を取り出し、塩を振って焼くと、美味だったことを思い出した。


 その生物は、決して山で見ることなどなかったが、前方に現れた似た生物は、山を想起せずにはいられなかった。


 苔が生えて所々緑色に変色した、濁った黒い体躯。世界の終末では、きっと山の色はこうなるのだろうと、都会に住んでいた戦士ラルドは思った。


「戦艦に乗っていた時は距離が近く、姿が分からなかったが、まさか魚であったとは。なんと、巨大な。この亀よりも、更に一回りは大きい」


「塩焼きにしても、まずそうだな。それにしても、あいつ何をする気だ?」


 同族に対しての挨拶。そんなわけが、なかった。


 姿を見せた巨大魚が取った行動は、大口を開ける、という行動である。まさか、戦艦の時同様、この亀を飲み込むつもりか、とも思われたが、それにしてはあまりにも距離が離れすぎている。それに、島亀はマルー王国が誇る巨大戦艦よりも巨大なのだ、いくら巨大魚であれ、丸呑みなど出来そうにもない。


 二人が思案していると、突如近くの地面で爆音が轟いた。二人は驚き音がした方へ視線を向けると、地面が抉れている。抉れたその先は、生々しい地面と緑の液体があって、明らかに地表ではない。


 島亀は呑気な様子から一変して、大きくのけぞり咆哮した。音程の高い、苦痛の叫びのように聞こえる。


「な、何をしたのだ!? 突如爆散するとは、一体――」


「見ろ、ラルド! あいつ、口から何か吐き出してる」


 それは、砲弾だった。


 鈍く光る黒い球体が、次々にこちらに向かって飛来してくる。中には砕けた鉄の欠片も多く混じっていて、それらは砲弾のように爆発することはなく、島亀の甲羅を貫き身体を傷つけていく。


「あれは、戦艦イフリアルトの残骸か! あのような芸当が出来るとは……。だが何故、同じ魔族を攻撃する!?」


「さあね。俺たちを助けたのが、気に入らなかったんじゃないか」

 

 理由はどうあれ、攻撃を受けていることは事実である。飛んでくる物の位置を把握し、落下地点を予測しながら移動すれば直撃を受けることはないだろうが、それは自分たちの話だけであった。助けてくれた恩ある亀は、避けることも出来ずひたすら傷を負い続けることになる。


 身体の一部が爆散し、鋭利な金属が内臓を突き刺していく。それでもなお島亀は、逃げる素振りも闘う姿勢も見せない。


「立ち向かう力がなければ、逃げればいいだろう。海中に住むのなら、海の中でも生きられるはず。海深く潜れば被弾せずに済むのでは…………まさか!」


 ラルドは言いながら気付いた。何故島亀が、自分の言ったように海中に逃げないのか。もしかしたら、海中に潜ると巨大魚を更に有利にさせてしまう要因があるのかもしれない。それは定かではないが、一つだけ別に定かなものがある。


「俺たちが背に乗っているから、潜れないんだ」


 海中の中で人は生きていけやしないし、取りに残されても確実に巨大魚の餌食にされてしまう。

 つまりこの現状は。島亀が身を挺して、二人を守っている状況なのである。

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