第49話 呼びかけ

『私は国連管理下組織オフィウクス・ラボ所属の研究者、ユストゥスである!! 身元を確認したければ、警察でも政府でも連絡するといい! 必要ならば端末を貸す! だから身を隠している生存者は今すぐ表に出ろ!!』


 中継機のホログラム映像に映るユストゥスは、クロロホルムの槍型抽射器で民家の扉を破壊して貰い中に入っている。


『外を彷徨いている感染者の【処分】は大方、終えた! 寄生菌『珊瑚』もキノコであり真菌カビだ! 高温多湿の場所、それと日の当たらない屋内の方が活動が活発で危険である! この声が聴こえているのならば、速やかに外へ退避せよ!!』


 堂々と、ハキハキと話す彼の大きな声は聞き取り易く、安心感を覚える。


『繰り返す! 生存者は速やかに外に……!!』


 だがそのよく通る声を聞き付け、屋内で身を潜めていた感染者が襲いかかってきて、それを見たクロロホルムが瞬時に槍を刺し処分をこなしている。

 狭い屋内でも危なげなく、自分の背丈と同じ長さの槍を扱っている姿は優雅で無駄がなく、手慣れていた。


Scheißeクソッ! ここも駄目か……! クロロホルム、次だ!!』

『はい、ユストゥス先生!』


 ――下手に希望を持つのはよせ


 ついさっきモーズに向けて言ったユストゥスの言葉だが、この光景を見た後に聞くと「どの口が」と言いたくなる。

 この村には既に警官も軍も介入した後なのだ。その上で感染爆発パンデミックから三ヶ月経っている。そんな絶望的な状況の中、生存者を探すなど、無駄な労力でしかないと子供でもわかるだろう。

 彼は一軒一軒民家を訪ねて走り回っている。〈根〉や隠れた感染者を探すついで、と言うにはあまりにも負担リスクが大きい。菌床で目立つ行為をすれば、先程のように襲われ易くなるのだから。

 それでも、彼は呼びかけるのを止めない。


(そう言えば彼は、ずっと怒っていたな)


 共同研究室でユストゥスと初めて顔を合わせた日から、いつ見かけても彼はずっと怒っていた。苛立っていた。

 未だ猛威を奮う『珊瑚』に対してか。未だ増え続ける感染者に対してか。未だ見付からない治療法に対してか。目の前で命が失われているのに、何も出来ない自分に対してか。

 きっと、その全てだ。


 ――祖国を寄生菌どもに蹂躙されて悔しくないのか!?


(そうか。彼も、私と同じか。……悔しいのか)


 無力な自分にずっと憤り、悔しがっている。

 だがユストゥスは希望を手放さない。一厘にも満たない可能性を、愚直に信じている。


「あー……。これは独り言なんだが」


 ふと、車外からニコチンの声が聞こえた。車越しだというのにクリアな声だ。

 そういえば出発時、ニコチンがタバコを吸う為にと開けた窓がそのままだった。そこから声がよく聞こえるのだろう。


「感染者共は頭が無かろうが胸に風穴が空きようが、確かに暫く動いているがよ。あくまで短時間だ。それが『珊瑚』の限界。結局、まともな身体がなきゃロクな事は出来ん」


 最後っ屁みたいなもんだ、と彼は話す。

 いや、独りごちる。


「そんで人間様ってのは、脳の一部が機能しなかろーが、残った脳で不足分を補っちまうんだってな。しかも今の時代、細胞を培養して作った本人の脳を移植する、ってのも出来ちまう」


 今は24世紀。

 人造人間ホムンクルスが造れる時代。

 故に例え長らく寄生されていたとしても、ほんの一部だけでも脳機能が残っていれば、移植やらリハビリやらでそこから意識が元に戻る可能性は――ある。


「もしも、もしも綺麗きれーに頭の中から『珊瑚』を取り除けるすべが見付かれば、ステージ4とか5を3に戻すとか、そんぐらいなら可能かもなァ」


 とニコチンは締め括り、それ以降は喋らなくなった。

 希望的観測に過ぎない、根拠の乏しい話だ。脳から『珊瑚』を取り除くのも、失った分の脳を移植で補うのもどこまで可能かまるで未知数。

 まして脳は非常にデリケートで、現代の技術でさえ扱いが難しい臓器。人間性の確保を考えると、心臓よりも大事で繊細な臓器。


(銃弾の被弾などで、頭の一部が吹っ飛んだ人間の部分的脳移植手術成功例は世界でも数える程度。『珊瑚』の菌糸を取り除くとなれば、一部ではなく全域になる。脳を削る範囲が比ではない。その分を果たして補えるのか否か。元の人格に再生出来るのか否か。でいられるのか否か)


 何もわからない。所詮、机上の空論。

 だがそれがどうしたと、モーズは頭を切り替えた。


(私は、医者だ。今はクスシだとしても。患者の、人の可能性を信じるのが仕事だ。それを失念していたとは、情けない)


 何が出来るのか、逆に何が出来ないのか。

 そんなもの、やってみるまで誰にもわからない。今はただ愚直に、あらゆる可能性を探る他ない。

 今も可能性を信じて走り回っている人間がいるのだ、自分だけ休んでなどいられない。


(まずはステージ5感染者の保護を目指す。話はその後だ)


 例え回り道だろうとも。


(そうだろう? フランチェスコ)


 モーズは座席から立ち上がり、再び車外へと出た。


「ニコチン、タバコ休憩は終わりでよいだろうか?」

「ええ? 立ち直り早すぎねぇ?」


 喋り終えたと殆ど同時に車から出てきたモーズに、ニコチンは明らかに戸惑っていた。

 尤も呼び掛けたのは自分なのだし、と彼は渋々ガンホルダーから拳銃を取り出す。


「……ま、アセトへの土産話分は働いてやるよ」

「助かる。有難う。ええと、お礼はプレミアム・ブラックを1ダース、だったか?」

「おい。特別何か頼まれてねぇのに貰っちまったら、俺がカツアゲしたみたいになるじゃねぇか。醜聞が悪い、ってアセトに小言言われるからやめろ」

「そ、そうか?」


 そんな、いつもと同じような会話を交わしながら、二人は村の中心部へ足を進めた。



 ***


「ふーん。水銀が気にしているだけあって、面白い子だなぁ」


 カチカチとルービックキューブを弄りながら、運転席で聞き耳を立てていた車番がモーズを横目にぽつりと呟く。


「あと何かフランチェスコって言ってたっけ? どっかで聞いた事あるよーな……。ま、いっか」

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