第34話 浄化作業
「タリウムは俺達よりも毒素が弱ぇから、うっかり当てられるとダメージいくんだよ。軟弱者だが許してやってくれ」
「『第一課』と言う名の少数派にとやかく言われたくないス……。『第二課』の方が人数多いんスから……」
「第一課? 第二課?」
聞き慣れない単語にモーズが首を傾げる。
「ボク達は幾つかのグループに入れられているのよ。第一課、第二課、第三課のグループに入れられた子は毒素の強さによって振り分けられている。このグループに入っていない子は基本的に毒素が弱いわ。尤も人間が扱いやすい毒素の中で、の話だから例外は幾らでもあるけれど」
「課に入ってなくとも、アセトみてぇに違う意味で人間にとって危ねぇ奴もいるかんな」
「あぁ、特殊引火物……」
人工島アバトンの港で顔を合わせた橙色の髪をした青年、アセトことアセトアルデヒド。彼の毒素は弱く課には入っていないが、燃えやすい物を振り分ける等級の中では最も上に位置する危険物。
もし彼の毒素に火を付けられたら、ワインルームどころか洋館が一瞬で丸焼きになっていた事だろう。
「そもそも第一課が三人もいる現場に自分を投入するのがおかしいッスよ! 幾ら再教育の一環だからって!」
三人。
タリウムを除いたウミヘビは今回、ニコチンと水銀、そして今、フリッツと共に現場の後処理をしているセレンだ。
「セレンも、第一課という訳か」
「セレンは人体必須元素なのに毒性も強いって、面白い子よねぇ」
「確かにセレンは必要量と過剰量の差が僅差という面倒な……、いや特殊な元素だな」
「言い直しやがったなお前ぇ」
聞き逃さなかったニコチンに指摘され、さっと顔をそらすモーズ。
「モーズさんはセレンさん達と入所前から交流あったから実感薄いでしょうけど、第一課ってレアキャラッスからね本当は! 全員で二十人ちょいしか居ないんスよ!?」
「そ、そうなのか」
「そんな中頑張って渡り合っている自分を褒めて欲しいッス!!」
ガスを吸ってダメージが入ってしまった事に苛立っているのか、タリウムはその場で地団駄を踏んでいる。
しかし彼はおかしな事を言うな、とモーズは不思議に思った。
「私が指摘するまでもなく、君は素晴らしい活躍をしているじゃないか」
モーズがタリウムの戦闘姿を見たのは廃棄場と今回の洋館突入時の二回だけだが、それだけで彼を評価するに十分な姿を見ていたのだから。
「その身を投じ最短最速で『珊瑚』を処分する手際の良さ、胆力、洞察力、どれを取っても自分を卑下する要素がないだろう?」
嘘偽りなく、モーズは言った。
タリウムはまさか自分が処分をしようとした、何なら危うく殺しかけたウミヘビに向かって、そんな事を微塵も気にせずにただただ素直に称賛してきたモーズに唖然とし、開いた口をはくはくと動かす。
しかし動かすだけで何も言い返せず、加えて直視する事も出来なくなってしまい、タリウムはサッと自分より背の低いニコチンの後ろに隠れてしまった。
「褒め殺したぁえげつねぇな……」
「ははーん。これがセレンを惑わしたウミヘビたらしの実力ねぇ」
「えっ?」
◇
「フリッツさん、大丈夫ですか?」
「……すまない、少し肩を貸してくれ」
洋館の地下から二階層まで全て見て回って、エントランスに戻る途中に歩く事が覚束なくなってしまったフリッツは、セレンに肩を貸して貰いながら廊下を進む。
火事が発生していた地下には消火剤を散布しまずは火を消し、次に水銀ガスへ向け中和剤を散布し無毒化。水銀が回収しそびれていた液体金属も見逃さず、アイギスの触手が回収。
それから感染者が残っていないかの確認。水銀ガスが撒かれた結果、洋館を巣食っていた『珊瑚』は虫や小動物も含め、残らず死滅してしまった。
もうここが感染源になる事はない。
経緯も結果も感染者数も虫や鼠の死骸の数も、一目で種を見分け数を数え覚え記憶が出来るセレンに記録して貰い、報告データを書き上げる事も出来た。必要な事は全てこなしたと考えていいだろう。
「消火は完了。浄化も大方済んだ。菌床の死滅も確認。報告用の記録も問題なし。……依頼達成、だ」
ただ気掛かりなのは、ニコチン達が見付けた教団の男の遺体がわからなかった点。
(洋館の地下には感染者複数の焼死体、恐らくここで働いていただろう使用人が見付かったけれど、果たしてあの中に居たのかどうか。
燃えてしまっているだけあって、全く区別が付かなかったな。そもそも僕は例の教団の人の背格好とか知らないし)
ニコチンらに直接確認して貰おうかと迷って、焼死体の判別はとても難しいし、仮にわかった所で出来る事はないし、とここは深追いしない事とした。
(後は自国の政府……今回はスペインか。に丸投げしよ)
そして無事にエントランスに辿り着き、洋館から出る前にアイギスを体内に収納し、小休憩を挟み、幾らか動けるようになってからフリッツはセレンと共にモーズらと合流をする。
***
「初仕事お疲れ様、モーズくん。このまま帰宅してもいいけれど、折角の遠征なんだ。美味しいご飯食べてから帰ろう」
疲れを感じさせないよう明るく努めて、フリッツはモーズを食事に誘った。
「僕らが食事をしている間、ウミヘビ達は車内待機をして貰って……」
「フリッツ、非常に嬉しい誘いなのだが私は出来れば会食したくない。万が一にも移したくないんだ」
「ええ? でも君は薬で抑えているんだから」
「それでも、私は感染しやすい状況を作りたくないんだ」
申し訳なさそうに誘いを断るモーズに、フリッツも強くは言えない。
「そう、わかったよ」
フリッツはちょっと残念に思いながらも、真面目なのは悪い事ではないと切り替え、モーズにとある提案をした。
「それじゃウミヘビ達とご飯食べなよ」
「ウミヘビ達と?」
「彼らが感染しないのは今日のアクアリウムで実感しただろう? だから彼らと一緒にご飯を食べるといい。あと店内じゃなくて店外でご飯を食べれば、一般人の感染を気にしなくていいし」
その提案に真っ先に反応したのはモーズではなく、セレンであった。
「ご飯っ! 私も先生とご飯食べたいですっ!」
「奢り? ならボクも頂くわ」
次に水銀もちゃっかり要望を上乗せして便乗してくる。
しかしニコチンは乗り気ではないようで、タバコを吹かしながら眉間にシワを寄せている。
「俺はさっさと帰ってアセトと飲みてぇんだが?」
「どうせ直ぐには帰れないんスから、先輩もここで食べちゃいましょうよ。モーズさん俺、キャロライナリーパー(※世界一辛い唐辛子)入りパエリア食べたいッス!」
「お前ぇはまたそんな舌が馬鹿になるもんを……」
「スペイン料理なら私はトルティージャを食べたいですねぇ」
「ボクはアヒージョ一択。あとワイン」
ウミヘビ達にバラバラの要望を出され、たじたじと戸惑うモーズ。
「ええと……」
「モーズくん、ここのお店テイクアウトできるみたいだから、そこでまとめて買ってしまおう」
そのウミヘビらの要望をまるっと無視して、フリッツは端末の検索から出てきた店を選んでいた。
彼らを統制するには振り回されない精神力が必要。彼の姿を見てモーズは一つ学習した。
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