第14話 マスクの下の本心

 廃棄場を発ってから一時間程走った車は、町の郊外に建てられた大きなドラッグストア。そこに併設されている仮面屋に自動運転フルオートで辿り着く。

 珊瑚症感染予防対策としてフェイスマスクの量産、流通が盛んになった結果、ドラッグストアや薬局、時には病院に専門店が併設されるようになった。眼科病院の側に眼鏡屋が建ちやすいのと同じように。

 この仮面屋もその流れで出店した店舗だろう。郊外にある大型店舗なだけあり、ショーウィンドウ越しに多くのマスクが飾られているのが外からもわかる。


「俺たちは外で待ってるから、モーズはじっくり選んでくれな」


 車から出たフリーデンはモーズに金銭を幾らか渡すとそう伝えた。


「外で待つのは退屈ではないだろうか?」

「ヘビースモーカーなニコチンを連れて入店は出来ないし、だからって目を離せないからなぁ。ドアをロックした車に置いて出回るのもアリなんだけど、今度は車内がヤニ臭くなっちまう」

「そ、そうか」


 衛生用品が売られている場所だろうとタバコを手放さないニコチンは、流石というか筋金入りというか。今も悪びれた様子もなく車体に寄りかかってタバコを吸っている。

 セレンとタリウムもフリーデンの側に待機するつもりらしく、大人しく車外で立っている。


「フリーデン、セレンを連れて入ってもいいだろうか?」

「おー。いいぜ」

「ありがとう」


 他にする事がないのならば、とセレンの同行をお願いしてみたらフリーデンはあっさりと許可をしてくれて、モーズはセレンと共に仮面屋へ入店した。


「ご指名嬉しいですっ! もしかして一人でお店を回るのは寂しかったんですか?」

「いや、昨晩私のマスクのデザインはあまりよくない、と言っていただろう? だからアドバイスを頂戴しようかと……」

「あははは、先生は相変わらず真面目ですねぇ。そういう所、好きですよ?」


 黒目がちの目を輝かせて付いて回ってくるセレンはまるで、尻尾を元気に振っている子犬のようで微笑ましくもある。

 しかしそう感じる程に、白蛇と面接した時の対話が思い浮かび、モーズは後ろめたさを覚え彼から視線をそらしてしまう。


「……。セレンは随分と私の事を買ってくれているようだが、私は君が思うほど出来た人間ではない。いつか幻滅させてしまうだろう」

「そうですか? 確かに一緒に過ごした時間は短いですし、それで先生の全てを見たとはとても言えませんが、全てが偽りだとも思いません。患者と向き合う際に見せてくださった貴方の生真面目な一面が、私は好きなのです」

「患者、か」


 モーズは商品棚に陳列されたマスクの一つを手に取って、左右異なる色をした目を細める。


「私は医者として、患者と向き合う時は真剣に真摯にを心掛けている。信頼関係を築けなければ治療に繋がらないからな。患者を治療したい、それは本心だ。本心なのだが……最優先ではない」

「最優先ではない?」


 その言葉にセレンは不思議そうに小首を傾げた。


「私が本当に崇高な医者ならば、ラボの入所など断り、警官も教団も振り払い、感染病棟に残された患者の元に駆け付けていた事だろう。私の担当はトーマスさんだけではないのだから。しかしそうはしなかった。私には患者の治療以上に優先している事があるからだ」


 モーズは淡々と喋りながら他のマスクも眺め、手元のマスクとデザインを見比べる。


「そも私の研究テーマも珊瑚症の直接的な治療法ではなく『患者の意識レベル』で、世間が求めている成果とズレている事だろう」

「そういえば先生は珊瑚根絶を目指しながらも研究は違う事をしていましたね。私は患者とその身内のコミュニケーションを大事にした末に取り掛かった研究テーマかと思っていましたが、違うのでしょうか?」

「違う、な。私はなセレン。ただただ、処分されたくないんだ。ステージ5だろうと患者は自我を失っていない、と学会に認めさせれば、全ての人間がコールドスリープに回される筈。治療法を見付けるのはその後でもいい。だから結局は全て、自分の為なんだ」


 モーズの珊瑚症の進行ステージは現在3。

 例えステージ4になりコールドスリープに回されたとしても、眠っている間の進行が止まらずステージ5になってしまえば、問答無用で処分されてしまう。


「献身的な者とは程遠い、自己中心的な……」

「その処分されたくない、という対象は自分の事ですか?」


 不意に投げかけられたセレンの問いかけに、マスクを持つ指に力がこもるモーズ。


「どうして、そう思う?」

「何だか遠くを見ているといいますか、誰かに、思いを馳せているように見えたので」


 その指摘にモーズは思わず瞠目してしまう。

 そして動揺してしまった以上、もう誤魔化せないと判断し、彼は少し気恥ずかしげに目元を左手で覆い隠した。


「参ったな。目元だけの露出だというのに、そこまで読み取れるか。長らく表情を見せていなかったから油断していた」

「モーズ先生は直ぐに顔に出るタイプなんですね。新しい発見です」


 セレンは上機嫌に笑っている。

 微笑むばかりで何も考えていないように見えて洞察力が鋭いとは、油断も隙もない子である。


「その“誰か”について、訊いてもよろしいでしょうか?」

「……私から振った話だ、答えよう」


 モーズは観念してセレンに打ち明ける事とした。


「5年程前に姿を消してしまった、探している友人がいてな。私が感染するよりも前に珊瑚症になっていた友人なんだ。どれだけ手を尽くしたとしても、私より症状が重い筈」


 あらゆる手を尽くした結果が今のモーズの進行ステージなのだから、友人は少なくともステージ3にはなっている事だろう。


「だから様々な病院に転勤しその友人を探した。短い間だが、かつて軍医を勤めていた頃も遠征先で探し回った。しかしそれでも見付けられていない。すっかり雲隠れしてしまった。故に感染病棟勤務となった辺りから方針を変え、友人がどこでどう過ごしていても生きていられるような環境を作る事とした」


 全てはたった一人の友人を処分させない為。

 それだけの為に、モーズは尽力している。


「とても仲のいいご友人なんですね」

「仲が良いというか、腐れ縁だ。幼馴染の男でな。学業では常に競い合い、学説や論文にケチを付け合い、最後に会った日なぞ徹夜で論争し挙句に負けた。正直言うとこのまま負け越したくない。勝ち逃げされては悔しいからな、とても」

「そう言う事にしておきましょう」


 セレンは満足げに頷いているが、モーズはどことなく腑に落ちない。

 モーズからすると仲が良い感覚は薄く、目標を目指す際の障害物というか好敵手ライバル的な存在だからだ。


「それで先生。お面は決まりましたか?」

「これとこれで迷っているのだが、どうだろうか?」

「うーん、これはどちらも微妙なデザインですねぇ。端的に言うとダサいです」

「えっ」

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