第25話 200年
「ここが…ヴラム達の家…」
エーデルは呆然とした様子で目の前にある建物を見る。それヴラムとシュリの家である。
あれから一行はヴラムの後をついて行きヴラム達の家を目指していた。するとヴラムはどんどん人里離れた森へと入る。その森は"アングレカムの森"。
その森はクロユリの森と違い木漏れ日が入り明るい森である。暖かく過ごしやすい気候である為、様々な魔物が潜んでいる。
実際一行が歩いてる時も木の陰でクマ型の魔物であるベアーやゴリラ型の魔物であるコングコングもおり、木に登ったり餌を獲ったりしてる。中にはヴラム達が過去にも討伐した事のあるボアの大群が寝てるキングボアの周りに集まって守ってる様子や、ウルフが追いかけっこしてる様子も見られた。
しかしヴラムはそんな事は気にせずにズンズン進む。けもの道の場所や魔物が少ない場所等も把握しているようで、時折変なとこで曲がったりして進んでいく。
本当にこんなとこに住んでるのか?エーデルは疑問に思いながらもマギリカやシュリ、ハチも何も言わないので黙ってついていく。そして辿り着いた先。それがいまいる場所。
高い木が沢山ある森の中に開けた場所があった。見るとそこには洋館が立っていた。黒の壁にくすんだ緑の屋根。なかなかクールな見た目である。しかし屋敷がクールな見た目なのに対して、周りには薔薇の植えられた花壇があり、彩りをプラスしている。
そこまでならまぁありそうな見た目。しかし問題が更にそれらの周り。屋敷は花壇事大きな分厚い氷のドームの中に入ってる。まるでスノードームのようだ。
まるで何者も入れないとばかりにその氷が道を阻む。だからエーデルはこの魔法が誰の仕業かすぐにわかった。
「…これ…ヴラムの魔法?」
「ああ…少し離れてろ。」
ヴラムが肯定した後に指示を出した。いう通りに離れるとヴラムが前に出て氷に手を翳した。
すると氷がパーンと音を立てて細かく砕けた。それはキラキラとダイヤモンドのように光を反射して輝きながら宙を舞い、地面にパラパラと降り注ぐ。砕けた氷はそのまま溶けていく。その光景をエーデルは呆然と眺める。すると
「何をしている。早く来んか。」
ヴラムがキツい目つきでそう促してくる。見ると既に他の3人も先へ進みエーデルを待っていた。エーデルは焦りながら駆け足でヴラムのそばにくる。
するとヴラムが手のひらを上に向けて魔法を発動した。
「"絶対氷壁"」
ヴラムの掌から魔法陣が出現した。そこから青白い雪のような光が空へ舞う。途中でピタッと動きを止めるとそこからパキパキと音を立てながら空中に氷が張っていく。
「もしかしてだけど…常に発動してるの?この魔法。」
「……中に入れ。」
エーデルの質問を無視してさっさと洋館の中に入るヴラム。
「な…何よ!さっきからあいつの態度!幾ら何でもおかしくない!?私アイツになんかした?!」
流石にヴラムの冷たい態度にイライラし始めてきた。
するとハチが
「まぁまぁエーデルちゃん?イライラするのは分かるにゃんよ?というか吾輩もサラッと入ってたけどあの子の家に入ったことにゃいし…」
まさかのカミングアウト。エーデルはハチの慣れた様子に目を点にしている。
「え?なんかナチュラルに入ったくない?」
「いやぁ…吾輩あの子の性格は結構知ってるし…後あの子の魔法持続力なら有り得なくはない話にゃん。あの子は…性格はアレとしても天才にゃん。
…何よりどうしてこの家を此処まで守るのか大体の検討はついてるにゃん。」
ハチの言葉にエーデルは首を傾げている。
「大体の検討?この家に何かあるの?」
「いや想像にゃんよ?確信はしてにゃいにゃん。勝手に教えるとヴラムに怒られるにゃん。」
ハチはうーんと肉球を口元に当てて悩んでいる様子である。
「大丈夫だよ?それにあの様子だと触れてほしくはないだろうしね…。」
エーデルは閉じられた扉の向こうに行ってしまった少年に思いを馳せる。
「ねぇねぇ?シュリ。」
「は…ひゃい!」ビクッ
「いや少しは慣れてよぉ…ハチちゃんってヴラムと知り合いだったの?しかも親しそうだし」
「え…えっと…マギリカ様はき…気づいてらっしゃらないのですか?!」
「何に?」
どうやらまだハチの正体に気付いてないマギリカ。だとするとあのバトル時の姿が真の姿なのだろう。シュリは緊張しすぎて語尾のトーンが不自然に上がる。
「ま…いっか!シュリお家に入りましょ!ほらほらそこのキュートコンビも入りなさいな!」
「わ…吾輩キュート!」
「いやというかマギリカさん…まるで自分の家みたいに…」
「ヴラムの家は私の家みたいな物よ!」
謎の理論を展開するマギリカにエーデルとシュリは呆れ顔である。ハチはキュートと言われて何故が嬉しそうだ。
取り敢えず四人は既に家に入って行ったヴラムの後を追うために家の中に入る事にした。
「うわぁ…すっごい本の数。図書館みたいだわ。」
家に入るとシュリの案内の元客室へ案内された。壁一面には本棚がズラリと並び本がびっしり並んでいる。
「この家はどの部屋も本が沢山あるのだ。俺も此処にある本を読みながらヴラム様に文字を教えて頂いたし、絵本の読み聞かせもしてもらった。」
シュリは懐かしそうに語る。しかし当の家主であるヴラムの姿が見当たらない。
「ねぇ…ヴラムは?」
「…ヴラム様は恐らく、裏庭か例の俺も入れてもらえない部屋にいるかだな。裏庭は一応俺も許可を頂いているが…まだエーデルやハチは来ない方がいいと思う。」
シュリは少し申し訳なさそうな顔である。
「裏庭も小さい時に俺が偶々迷い込んだ事がキッカケで開放されたんだ。もし迷い込んでなければ、裏庭も禁止されていただろうな。
くっ‥昔の俺!何故例の部屋に迷い込まなかったのだ!畜生!」
シュリは悔しさで血涙を流している。床に膝をついて床を思いっきり叩いている。
するとマギリカが動き出した。
「私なら多分どっちも入れると思うわ。というか私には文句なんて言える訳ないもの。」
「へ?どうしてですか?」
「うーんヴラムにバレるとめんどいからごめんね?内緒なの。」
マギリカは手を振ってヴラムを探しに行ってしまった。
マギリカが去り客室に残された3人。
「ねぇシュリ?裏庭はどんな感じ?入らないからせめてどんなとこなのかだけ教えてよぅ…
気になるよぉ…」
エーデルは座りながらテーブルに頬をくっつけて項垂れている。
「吾輩も気になるにゃん。多分それを聞けばある程度確信は持てるのにゃん。」
ハチも聞きたいようだ。するとシュリが頭に手を置いてふーっと息を吐く。
「詳しくは分からん。あの方は教えてくださらない。だが見た目だけなら説明できる。」
シュリは二人に自分が見た裏庭の見た目のみを説明した。
一方ヴラム
ヴラムは現在裏庭のバラ園で座り込んでいた。具合が悪い訳でもないし、花に囲まれてメルヘンな気分を味わってる訳でもない。
ヴラムはバラ園の真ん中にある薔薇のアーチの下にいる。アーチの薔薇は青い薔薇のアーチ。その下には四角い形のつるりとした石がある。それは墓石だ。
掘られてる名前は"Roselia"-ロゼリアと彫られている。墓石の置かれた台には沢山の薔薇とそれに混じった氷の薔薇が飾られている。
「此処にいたんだ。」
ヴラムの背後から声がした。ヴラムは険しい顔で後ろを見るとそこにはマギリカが立っていた。その姿を見てヴラムは少し力が抜けたらしい。
「何だ…マギリカではないか…」
「何だって何よぉ!」
マギリカはぷくぅと頬を膨らませているがヴラムは無視する。するとマギリカはスタスタと歩いてヴラムの隣に座り込んだ。
「私だってお参りしてもいいでしょ?勿論。」
「…好きにしろ…」
家主の許可を貰いマギリカは早速手を組み膝をついて目を閉じる。そして祈りを捧げた。
暫くの沈黙。マギリカはスッと目を開けた。
「ねえ?アンタがこの場所…いや"あの子"を大切にしてるのは分かるわ。でもそれってアンタが孤独になっても大切にすべき物なの?」
「何が言いたいのだ。」
「だってさ?折角出来たお友達。アンタはこの場所に関わらなければお人よしを発揮しちゃうからいいけど、いや良くはないけども…一度この家に関わるとまるで今まで仲良かった人を敵を見る目で見るじゃん。それって正しい事?」
「…」
恐らくさっきまでのエーデル。下手するとハチも対象にしてたあの態度の事だろう。
「ハチちゃんはよく分からないけど、少なくともエーデルちゃんは気にしてたわよ?
一回切り離してみたら?この庭と"あの子"の部屋に入れなければいい話でしょ?鍵でもつけときゃいいじゃない。
そんな200年も前のよく知らない事情でいきなり友達だと思ってた人に全く関係ないのに冷たくされる方が傷つくでしょ?
あんまり私の弟子をいじめないで!」
マギリカはじっとりした目でヴラムを見つめる。流石にヴラムも思う所はあったらしくたじろぐ。
確かにエーデルには全く関係ないし全く知らない事情。ハチは恐らく事情は勘づいているが、200年前に世話になった恩まであるのである。そんな二人に対して確かに酷い態度を取ってしまった。
少し落ち込んでるヴラムにマギリカはフゥと息を吐き、
「ほーら!そういう時はどうするの?」
マギリカの優しい声にヴラムはむむと顔を顰めながらも立ち上がりさっさと戻ろうとする。
「どこ行くの?」
「…泣き虫勇者とついでに狸もどき。」
「わーお口わっるいわねぇ♡」
ヴラムはフンとそっぽを向いてさっさと戻っていく。そして泣き虫勇者とついでに狸もどきの元へ歩いて行った。
そんなヴラムの背中をクスクスと笑いながら見送るマギリカはまた墓石の方に向き直る。
「あれから200年かぁ…ふふ。此処に"外道丸"もいてくれたら全員集まっての同窓会が開けたのにね?
ほんとうちの男共は碌なのいないわねぇ…貴女なら分かってくれるでしょ?」
マギリカは墓に向かって微笑みながらそう呟く。そして思い出す。
200年前という人間などの短命種にとっての大昔に体験した密度の濃い充実した旅路。
その旅はマギリカを入れて四人で旅をしていた。重大な使命とかそういうのではないたった一人の少女の我儘による世界ツアー。
世界を巡るためだけに旅をしていた。でもその旅の思い出はマギリカにとっては宝物だった。
知っている1000年以上生きてるから尚更。種族間の寿命の差には抗えない事を、周りの大切な人が死んでいく現実。そんなの知っている。
だからこそマギリカにとってヴラムのように半永久に生きる存在の友人は貴重。大切な存在。
勿論彼を孤独にさせる気はない。彼自身も経験してるのだ。大切な人がいなくなる現実を。
そしてこれからもきっとシュリやエーデル、ハチといった人々の死を体験して何度も絶望する。その時は自分が側にいてあげよう。
"あの子"の分まで。
マギリカは胸に誓を立てた。
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