〜半人前勇者が捻くれ魔族と愉快な仲間と旅してみた話〜
猫山 鈴
第一章 始まりの物語。
プロローグ
昔々、一人の勇者と一人の魔族がいました。
一人は少女で、活発で明るく周りを照らす太陽のような少女でした。
もう一人は少年でした。少年はまるで氷のように冷たい空気を纏い人を寄せ付けない雰囲気を持っていました。
少女の方は落ちこぼれと言われて他の人々にバカにされていました。逆に少年は天才的な魔法の才能、戦闘力から一目置かれていました。
しかし少年の纏う冷たい空気に人々は近寄れずにいました。
そんな少年に物怖じせずに近寄ったのが落ちこぼれと呼ばれた少女でした。
少年は少女の明るさに徐々に冷たい氷のような空気を溶かしていき、少年の見えてきた不器用な優しさに少女は恋心を抱くようになりました。
そしてお互いが大切な存在へと変わっていきました。
「エーデルワイスの花言葉は"勇気"。」
此処は"ブロッサム"という小さな町の小さなアパート。
その一室で一人の少女が自室のベッドに寝転びながら左腕を天井に向け上げる。そして自身の手の甲を見つめた。
その手の甲には真っ白なエーデルワイスの形をした紋章が浮かんでいた。
少女の容姿はまるで人形のように整っていた。長い金色の髪に、健康的な肌。まるで大空を閉じ込めたような大きな瞳。体つきもスマートで華奢な体型だ。
「花言葉は勇者っぽいのになぁ…」
ハァとため息を吐く。
彼女の名はエーデル・ホワイト。17歳の人間の少女だ。しかし人間の中でも特別な存在である"勇者"と呼ばれる存在である。
しかし特に魔王を倒す使命を帯びてるとか、聖剣を抜けるとかそんな特別なものではない。
簡単に言えば魔力を扱える人間だ。魔力とはこの世界"クローバー"に存在する超自然物質だ。魔力は目に見えず、空気と共に漂っている。しかしそのエネルギーは酸素や二酸化炭素などといった物よりも膨大である。
エネルギーの持続力もあるため、熱や風力よりも活用されやすく、世界のインフラを支えている。 "魔力発電システム"という発電システムも普及している。
そんな魔力は実はインフラだけではなく人々の体にも影響を及ぼす。
それは人々が呼吸し、体に吸収された魔力がその人の力になるという事だ。
魔力は"魔法"という自然現象を起こす事ができる。物を凍らせたり、風を作り出したり、炎として物を燃やしたり、
「ハァ…」
エーデルは人差し指を立てる。するとそこに小さい魔法陣ができ、そこから白い小さな光が出てきた。
「私はこの魔法結構好きなんだけどなぁ…」
エーデルも例外なく魔法が使える。
この世界には9つの種族が存在する。
鬼人族、獣人族、魔族、妖精族、天使族、
エルフ族、竜人族、魔女族、そして人間族。
種族毎に魔力の扱える種族と扱えない種族が存在する。
魔力が扱えるのが、魔族や妖精族に天使族、エルフ族、魔女族だ。
逆に扱えないのが鬼人族、獣人族、竜人族、そして人間族。
しかし人間族が魔力が扱えないという常識は少しずつ改められいる。
勇者という存在が現れたからである。
それは遥か昔に世界で初めて魔法が使える人間の少年が現れ始めた事がきっかけである。
少年はその力で魔法の使えない同族達を様々な脅威から救ったのだ。
そして少年の出現以降、少しずつ魔法の使える人間が出現。彼らは少年同様にその魔法の力で同族を助けて、いつしか憧れの存在となった。
そんな彼らを人間族は物語の英雄になぞらえて勇者と呼ぶようになり、それが定着した。
そして原因は不明だが勇者の手の甲には、花の模様が浮かぶ。その花の種類は人によって違うが、その色はその人の使える魔法属性に対応する。
エーデルの白いエーデルワイスもそうだ。白は光属性の色。かなり珍しい種類である。因みに一人一人使える魔法の属性は違い、使える属性は原則一人一種類だ。
エーデルはベッドから起き上がり、自室のテーブルに置かれた封筒を再度見る。
それはエーデルが最近受けた勇者騎士団の選考結果通知である。しかし結果は不合格だ。
「はぁ…マジで嫌になる…。」
しかしエーデルはすぐに両手で自分の頬をぱんと叩いた。
「いやいやこんなとこで落ち込むな!エーデル!また来年も受ければいいのよ!それまでに魔法の技術を磨かなきゃ!」
エーデルは今まで来てたパジャマを着替える事にした。黒いロングティーシャツに青いデニムの様なショートパンツ。上に黄色味のあるロングパーカーを羽織る。足には黒のニーハイに黒のブーツ。
髪の毛をハーフアップにして、薄く化粧する。
エーデルは気晴らしに外に出かける事にした。
エーデルには兄がいる。兄の名前は、アルスという。アルスもエーデル同様勇者であり、右手の甲に緑のアルストロメリアの花が浮かんでいた。緑は風属性である。
アルスは優秀であり、その風の魔法は鋼鉄さえも切り裂いてしまえる。
エーデルはそんな兄に憧れている。兄は勇者騎士団に所属しているのだ。
勇者騎士団は団員全員が勇者であり、いまエーデルがいる大陸、"シロツメ大陸"の中心地に位置する王国"ホワイトクロー"に本部を置いている。シロツメ大陸の各地にも支部があり、それぞれの町や村の警備をしている。
入団するには厳しい試験をクリアする必要があり、勇者のエリート集団とされていて勇者達にとってはこの騎士団に入る事がステータスと考えられている。
そして人間族にとっても憧れのヒーローだ。
エーデルにとってのヒーローはあくまで兄だし、騎士団に入って自分の価値を上げたいとかは特に考えてはいない。
兄のようになりたい。唯それだけなのだ。
「けど暇だなぁ…こりゃあまたパン屋のおばちゃんに頼んでバイトでもさせてもらおうかな…」
エーデルはこれからの生活に頭を悩ませていた。すると目の前に何やら女性の集団がキャーキャーと興奮して一人の男性を囲んでいる。
「貴様ら…どかんか!ちっこれだから人のいる所はいきとうないといったというに…」
囲まれてるのはエーデルと同い年か少し上くらいの少年である。
黒く長い髪をポニーテールにしていて前髪が長い。そして白メッシュが入っている。服装は真っ黒のスーツとマントを着用しており、白い手袋を嵌めている。
魔族であるらしく、魔族特有の尖った耳と赤い瞳、そして鋭い牙の様な八重歯を持ち両耳にはピアスをつけている。
特に目を引いたのがその顔立ちである。目つきは鋭く吊り目でキツい印象だが、肌は雪のように白く、鼻筋もスッと通っている。
精巧に作られた人形の様に儚い美しい顔立ちをした少年である。
「ねーねーどこから来たの?♡」
「何処かのお坊ちゃまだったりして♡」
少年の服装もクラシカルで品のある服装だ。そんな大人しい外見の青年。しかし
「ハァ」
思いっきり眉間に皺を寄せてため息を吐く。
嫌悪感丸出しだ。その途端取り巻いていた女性達はビクッと肩を揺らした。
「聞こえんかったか?どけと言ったんだが。それともその耳は単なる飾りなのか?
あぁ…唯ここが弱いだけか」
少年は嘲笑を浮かべながらトントンと自分の頭を指で軽く叩く。その途端周りはシーンと静まる。そしてヒソヒソと女性達は少年を睨みつけながら冷めた様子で散らばっていく。
少年はしめしめとそのまま歩いていく。
「何あれ…」
エーデルは少年の後ろ姿をなんとも言えない顔で見つめる。確かに進行を邪魔した女性達も通行の邪魔だった。実際そのせいで後ろで荷物を持ったお年寄りや、子供達は通りにくそうにしていた。
エーデルも見兼ねて注意しようとしたがそこで出たのがあの少年のセリフ。
「口悪…」
女性達を退散させてくれたのは良いとしても言い方が悪すぎる。エーデルは少年の事が少し気にはなったが、あまり近寄らんとこと考えてそのまま少年と逆方向を歩く。
目指すは行きつけのパン屋さんだ。そのパン屋さんは以前エーデルがバイトしていた場所だ。そこの店主のおばさんはエーデルを可愛がってくれる優しいおばさん。
勇者騎士団への就職も応援してくれた。
「自信あったんだけどなぁ…」
エーデルはため息を吐き、後ろ頭をボリボリと掻く。そして暫く歩くとパン屋に到着したが
「あらぁ♡このパンもオススメよ?ほらたんとお上がりよ♡」
「い…いやぁそんなに貰う訳には参りませんよ!」
おばさんが何やら一人の青年にパンをサービスしていた。
青年は額に角が2本生えている。それは鬼人族の特徴である。他にも鬼人族愛用の着物を着ている。暗い赤の着物の上には黒い羽織を羽織っていて、足には白い足袋と草履を履いている。
青年は赤みのある黒い短髪。背は180を超えているように見える。体型は所謂細マッチョである。目元は垂れ目であり掘りの深い顔立ちの美青年である。
「えー何?今日イケメン祭り?」
先程の少年とある意味正反対の見た目の青年。しかし両者共に整った顔立ちだ。
「店主さん!」
エーデルは取り敢えずおばさんに話しかけてみる事にした。プライベートではおばちゃん呼びだが、流石に失礼なため店主さんと呼んでいる。
「あらやだ!エーデルちゃん!どう?勇者騎士団の方は?」
「…ダメ…でした」
「そうかぁ…よし!ならまた来年だね!大丈夫!それまでうちで働いて貰うから!」
「あ…ありがとうございます!」
エーデルはおばさんに感謝の意を伝える。
するとその隙にそろりそろりと先程の鬼人族の青年が去ろうとする。するとそれに気付いたおばさんが
「やだ!待って待って!このパンもサービスしたげるから!」
「いや本当!大丈夫です!」
鬼人の青年は焦った顔をしている。
「何言ってんの!若いんだからもっと食べなさい!それにあんた良い男だもんねぇ♡」
「まぁまぁ店主さん。そうだ!私この人と約束してたんですよ!」
エーデルは流石に青年を哀れに思い助け舟を出した。エーデルの言葉にキョトンとする青年とおばさん。
しかしすぐにおばさんは黄色い歓声を上げる。
「やだあ!エーデルちゃんにも春が来たのね!美男美女でお似合いよ!なら話は早いわね!ほら行った行った!」
おばさんは何か誤解したらしくエールを送る。
「いやあの…俺は…」
「ほら!行くよ!」
「え!?」
エーデルは青年の片腕を掴み走って連れて行った。
「ふう…ごめんね?おばさん結構ミーハーで面食いの気があるから…」
エーデルは汗を拭いながら鬼人の青年に話しかける。しかし青年は真っ赤で石の様に固まっている。
「え?あのぉ?」
「は!すまない…先程は…」
「良いの良いの!でもそのパン美味しいしおばちゃん根は悪くないし世話好きな良い人だからさ?悪く思わないであげてね?」
「ああ…」
青年は何やらドギマギしている。会話が上手く続かない。エーデルは自分から話しかける事にした。
「私はエーデル!貴方の名前は?」
「シュリ…」
「シュリさんだね!よくこの町くるの?」
「いや…」
シーンとまた静まる空気。しかしすぐにシュリは何やら思い出した様子で焦り始めた。
「そうだ!俺はこんな事してる場合ではないのだ!」
「え?どうしたの?」
「実は人とはぐれたのだ!その方は俺の尊敬するお方なのだ!ああ!俺とした事が!
あの方を命を賭けても守ると誓ったというのに!」
何やらオーバーリアクションのシュリ。先程までの冷めたテンションとは真逆である。
「なら私も手伝うよ?」
「いいのか!ありがとう!!」
「うっわ!ちっか!鼓膜破れる!」
エーデルの申し出に興奮した様子のシュリは大声で感謝の言葉を伝える。しかもかなり距離を詰めてだ。エーデルは耳がキーンとして顔を顰めた。本当に同一人物なのか疑問に思うレベルである。
因みに一方で先程の口が悪い魔族の少年。
「ああ…涼しい…」
少年は木陰のベンチで涼んでいた。周りは静かで人もいない。その空間は少年にとってお気に入りの空間となった。少年は目を閉じて風を感じていた。
しかし数分後、少年の憩いの時間は勇者と鬼人によって潰されるのである。
そしてその出会いがこの少年とエーデル、そして他の人々の運命を変える事になるとは誰もまだ知らない話である。
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