【18話】深い絶望の中で見つけた希望 ※ヴィルテ視点


 王宮にあるヴィルテの私室。

 部屋の主であるヴィルテは、机に座りながら頭を抱えていた。

 

 魔物による被害が、さらに深刻になってきている。

 先日壊滅状態となった南方軍に続き、今日新たに東方軍までもが壊滅に追いやられてしまった。

 

 このままでは、王都が襲撃されるのも時間の問題かもしれない。

 

「クソッ! どうしてこんなことに!」


 将来はクルダール王国の国王として、栄華を極める。

 そんな素晴らしい人生設計を、ヴィルテは思い描いていた。

 

 しかし国は今、存亡の危機にある。

 

 治める国が滅びれば、当然ながら王の道も閉ざされてしまう。

 ヴィルテの心は、荒れに荒れていた。

 

「ヴィルテ様、報告したきことがございます」


 側近のルドルフが、部屋に入ってきた。

 

 最近は毎日のように、こうして報告に来る。

 内容は毎回同じで、魔物による被害の話だ。

 

「また魔物による被害が出たんでしょ。今度はどこ?」


 話を聞くことすら、もう嫌になっていた。

 顔を上げたヴィルテは、めんどくさそうに声を上げる。

 

「いえ、今回は被害報告に訪れたのではございません」


 予想とは違う答えが返ってきた。

 ヴィルテの眉がピクリと上がる。

 

「賢者から気になる報告が上がったのです」


 賢者というのは、王国に仕える知識人たちのことを指す。

 豊富な知識を使って意見を出し、国をより良い方向に導くのが彼らの仕事となっている。

 

 しかし、実態はまったく違う。

 賢者がまともに仕事をしている場面など、生まれてこの方見たことがない。

 賢者とは名ばかりの、何もしないのに金だけ受け取っている役立たずの寄生虫どもだ。

 

「ただ飯食らいの老いぼれ達が仕事するなんて、珍しいこともあるもんだね。それで、どんなことを言っていたの?」

「『魔物による襲撃が急増したのは、聖女の加護が弱まったことに原因がある』、そう申しておりました」

「……聖女の加護ってなに? そんなの聞いたことないけど」

「貴重な治癒魔法を使える者――聖女だけが持つと言われている、災いを防ぐ特別な力です。マリア様が国からいなくなったことで、その加護の力が弱まっているらしいのです」


 ヴィルテの額から冷や汗が流れる。

 

 急増した魔物襲撃と、マリアの追放。

 以前頭に浮かんだ嫌な想像が、当たっていたのかもしれない。

 

(いや、まだだ。まだ僕のせいと決まった訳じゃない)

 

 焦りをごまかすように、平静を装ってヴィルテは話を続ける。

 

「ふーん、賢者の加護か。にわかには信じられないけどね。でも仮にその話が本当だとしたら、どうして加護の力が弱くなったの? 治癒魔法を使えるのは、マリアだけじゃないでしょ?」


 治癒魔法を使える者は、何もマリアだけではない。

 能力は低いが、新しい聖女も治癒魔法は使える。

 

 聖女の加護とやらがもし実在するならば、それは今も機能していなければおかしい。

 

「聖女の加護の強さは、聖女であれば皆同じという訳ではありません。個人差があるのです。それを決めるのは、慈しみの心の強さだと言われています」

「先代聖女のマリアに比べ、今の聖女は慈しみの心が弱い。だから、聖女の加護の力が弱まってしまった……そういうこと?」

「はい。あくまで賢者の意見を真に受けるのであれば、ですが」


 ヴィルテの顔が、苦く険しいものになる。


 賢者の言っていることは、恐らく真実だろう。

 そう考えれば、マリアがいなくなってから頻発したこの異常事態との辻褄が全て合う。

 

 しかし、それが分かったところで今更どうしようもない。

 モンスターフォレストで襲われたであろうマリアはもう、この世にいないのだから。

 

(こんなことになるなら、殺すべきじゃなかった)

 

 生きていれば、どうにかして国に連れ戻す方法すことは可能だっただろう。

 

 マリアは、困っている人を放っておけない性格をしていた。

 王国に住まう多くの人の命が危機に晒されていると伝えれば、必ずや戻ってきてくれただろう。


 それが例え、国外追放に追いやり殺害まで企てたヴィルテの言葉だとしてもだ。

 彼女はそういう人間だ。

 

 怒りの感情に任せて殺害してしまったことを、今更ながらに後悔する。

 

「マリアが戻ってくれば国は助かるかもしれないね。でも、それは無理だ。マリアはもう、この世にいないからね」

「それはどういうことですか?」


 国外追放にかこつけてマリアを殺害しようとしたこと、その全てをヴィルテは話す。


 ルドルフは何も言わず、黙ってその話を聞いていた。

 そして話を聞き終わった後に、「それはもしかしたら、ヴィルテ様の思い違いかもしれません」と口にした。

 

「俺の思い違いだと。どういうことだ」

「先日、気になる噂を耳にしたのです」

「噂? マリアに関することか?」

「はい。隣国リグダード王国で、マリア様とそっくりな女性が冒険者をやっている。そのような噂が流れているのです」

「それは本当か!」


 執務机から勢いよく立ち上がったヴィルテ。

 

(マリアが戻ってくれば、国は元通りの平和になる。そうすれば、僕がこの国を治められる!)


 マリアが生きているかもしれない。

 そのことが、ヴィルテの心に大きな希望を抱かせた。

 

「ルドルフ、今すぐリグダードに行って噂を確認してきてくれ。もし噂が本当なら、なんとしてもマリアをここに連れて帰ってくるんだ」

「承知いたしました。マリア様はとても慈悲深いお方です。民が危険に晒されていると知れば、見捨てることはできないでしょう。勝算は十分にありますな」


 口元がニヤリと笑う。

 お人好しなマリアの性格を、ルドルフは熟知していた。本当に優秀な側近だ。

 

 

 その夜、ヴィルテは久しぶりに心地のよい眠りにつくことができた。

 稀代の敏腕として歴史に名を刻む国王、夢に現れたのはそんな未来の自分だった。

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