【17話】ラウドの本気

 

「いいだろう。そんなに俺の本気を見たければ、見せてやるよ。せいぜい後悔するんだな!」


 両腕を突き出すラウド。

 手のひらの前方に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 

 ラウドの全身が白い雷光に包まれる。

 その光が、突き出した両腕に全て集まっていく。

 

「俺にとどめを刺さなかった自らの傲慢さを、たっぷり悔いながら死ぬといい! 【雷狼】!」


 白い雷撃が両腕から放たれる。

 

 バチチチとおぞましい音を上げる雷撃が、食い入るようにして進んで行く。

 獲物を捕えんとする獰猛な動きは、まさに狼だった。

 その威力は、先ほどの魔法【双雷】の比ではないだろう。

 

 白い雷撃はマリアに着弾。

 大口の大砲を放ったような、どでかい音が修練場内に響く。

 

 それは、ラウドの攻撃が直撃したことを意味していた。


「やった! 俺の勝ちだ!」


 両腕を高くかかげ、ラウドは大きな声で吠える。

 表情には、とてつもなく大きな喜びが浮かんでいた。

 

 しかし、その表情は一瞬でかき消える。

 

「俺の勝ち? 何言ってるんですかあなたは?」

「…………な、なぜだ。どうして生きている!?」


 勝利を確信した笑みから一転。

 隠し切れない大きな動揺が、ラウドの顔を覆っていく。

 

「【雷狼】は俺の最強魔法だぞ! 団長以外にこれを防げるやつなんて、この世にいないはず! なのに、直撃したお前はどうして無傷なんだ! ありえないだろ!」

「いえ、無傷ではありません。ダメージを受けた側から【自動治癒】が発動して、私の体を治癒したんです」

「な、なんだよそれ! そんな魔法知らないぞ!」

「そうですか」


 マリアはバッサリと吐き捨てる。

 

 【自動治癒】知っていようがいまいが、どうでも良かった。

 そのことで、この決闘の行方は変わらいのだから。


「さて、あなたの本気も見たことですし、そろそろこの決闘を終わらせましょうか」

「え、ちょっと待って――」


 ラウドの言葉を待たずに、腹部を軽く殴りつける。

 くぐもった声を上げ、ラウドはその場に倒れた。

 

 

「決着は着いたようだね」


 ハーメルとエリックが近づいてくる。

 

 エリックはボロボロと涙を流していた。

 涙で顔面がぐちゃぐちゃだ。

 

「何てお礼を言っていいか……。マリアさん、本当にありがとうございます!」

「私がやりたくてやったんだから、お礼なんていらないわ」


 小さく微笑んだマリアは、エリックの頭を優しく撫でる。

 彼は泣きながら、嬉しそうに笑っていた。

 

「素晴らしい戦いだった。おめでとう、マリアさん」


 微笑んだハーメルが、マリアに小さな拍手を送る。

 

「さて、決闘に敗けたラウドには、マリアさんが掲示した条件をちゃんと守ってもらわなきゃね。エリック君への謝罪、それから君達二人に今後いっさい近づかないこと。この二つで良いんだよね?」

「はい、その通りです」

「うん、分かった。後者の約束は、僕の名にかけて絶対に守らせるよ。ただ、前者の約束は……」


 困った顔になったハーメルが、倒れているラウドをチラッと見る。

 息はしているが、完全に気を失っている。

 

「今は無理そうだね。後日改めて謝罪に伺せよう。それでいいかな?」

「はい、お願いします」

「うん、任された」


 続けてハーメルは、「いやぁ、本当に良かったよ」と口にした。

 

「ラウドは非凡な実力を持っているだけに、少し傲慢なところがあったからね。今回の敗北が、良い薬になったと思うんだ。これで魔術師団は、より強力な組織になっただろう。団長として感謝するよ、マリアさん」

「はぁ……どうも」


 不満たっぷりな返事をする。

 ラウドの成長に繋がったなんて言い方が、どうも気に入らなかった。


「何かお礼をさせてくれないかな?」

「それでしたら、一つお願いがあります」

「何だい?」

「ハーメルさん。私と勝負して下さい」


 人格面こそ最低だったが、ラウドの実力は本物だった。

 それより強い力を持っているであろう、魔術師団の団長。そんな人物と、マリアは戦ってみたかった。

 

 勝負を申し込まれたハーメルは面食らった後、困ったように苦笑いをした。

 

「申し訳ないけど、それはできないかな」

「どうしてですか?」

「僕と君が本気で戦えば、周囲の建築物やそこに住まう国民が被害に合ってしまうだろう。国に仕えている以上、その勝負を受ける訳にはいかないんだよね」


 もっともらしい理由を並べられては、何も言えなくなる。

 

(残念……せっかく楽しい勝負ができると思っていたのに)


 マリアはガックリと肩を落とす。


 その時だった。

 目の覚めるようなゾクゾクとした空気が、ハーメルから放たれる。

 

「魔術師団団長ではなく僕個人としてだったら、君と本気の殺し合いをしてみたいけどね」


 楽し気に笑うハーメル。

 瞳に映っていたのは、混じりけのない純粋な狂気だった。

 

(この人、私と同じだわ)


 マリアは肌で感じる。

 戦うことに全身で喜びを感じる、ハーメルはそういう人間なのだ。

 

 きっと彼は強い。

 今まで戦ってきたどの相手よりも。

 

 そんな相手との勝負は、とんでもなく楽しいものになる。

 これは予感ではなくて、絶対的な確信だ。

 

(いつか絶対に勝負してやるわ)


 修練場から去って行くハーメルの背中に、マリアは強く誓った。

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