【10話】冒険者としての日常 ※エリック視点


 懐かしいことを思い出しながら走っていたら、時刻は五時半を過ぎていた。

 

「もうこんな時間! ギルドに行かなきゃ!」


 依頼は早い者勝ち。

 少しでも条件の良い依頼を受けるには、依頼書が発行されるより前にギルドに行き、受付カウンターに並んでいる必要があった。

 

 

 ギルドに入り、依頼受付カウンターの列に並ぶ。

 幸い、エリックの前に並んでいる人はまだ少ない。

 これなら、好条件の依頼はまだ残っているはずだ。

 

 早朝にギルドに並んで依頼を受けるのは、エリックの仕事になっていた。

 初めのうちはマリアも一緒に来ていたのだが、二週間を過ぎた頃に『明日からはエリック君に任せるわ』と言ってきた。

 なんでも、早起きがしんどいらしい。

 

 そんな背景があるのだが、エリックはまったく気にしていなかった。

 むしろ憧れているマリアに信頼されているようで、ちょっと嬉しかったりもする。

 

「お次でお待ちの方、どうぞ」

 

 前の人が終わり、エリックの番になった。

 

「あら、おはようエリック君。今日も早いのね」

「ミーナさん、おはようございます」


 三か月近く顔合わせしていることもあり、受付嬢のミーナとはもうすっかり顔見知り。

 フレンドリーな関係を築けている。

 

「良い感じの討伐依頼はありますか?」

「うーん、Eランク冒険者が受けられるのは……」


 ミーナが依頼発注書をペラペラめくる。

 

 三か月の間に色々な依頼をこなしたことで、エリックとマリアはEランク冒険者に昇格した。

 

 とはいえ、受けられる依頼の難度はFランクの頃と大して変わらない。

 昇格したとはいえ、まだ下から二番目。難度の高い依頼は受けることができない。

 

「これなんてどうかしら」


 ミーナが選んだ依頼書は、ビッグボア一体の討伐依頼だった。

 場所はガルボ山だ。

 

 この内容なら、マリアは喜んでくれるだろう。

 喜んで受けようとしたエリックだったが、待ったをかける。

 

「この依頼の受注条件、Cランク以上になっているんですけど……」

「ふふっ、これは特別よ。あなた達なら大丈夫と思ってね」


 周りをざっと見渡したミーナは、小声で囁いた。

 

「いつも頑張っているエリック君へのご褒美よ。他の人には内緒ね」


 パチッとウィンクをするミーナに、エリックは小声でお礼を言った。

 

 

 依頼を受けたエリックは、ギルドを出て宿泊している安宿に戻った。

 

 朝食を作るため、共用のキッチンへ向かう。

 慣れた手つきでパンを切り、手際よくスープを作る。

 

 実家でずっと使用人の仕事をやらされてきたエリックの家事スキルは、相当なものになっていた。

 このことだけは、ビファレスト家に感謝しなければならない。

 

「よし、できた」


 完成した二人分の朝食をトレイに乗せ、マリアの部屋へ向かう。

 

「マリアさん、朝食の時間ですよ」


 声をかけるが、返事は返ってこない。

 

「入りますね」


 部屋に入ったエリックは小さなテーブルに座り、一人で朝食を食べ始める。

 これはいつもやっていることだ。

 

 しばらくして、マリアが目を覚ました。

 

「ふわぁ~」

 

 あくびをしながら、ぐいっと伸びをするマリア。

 モソモソとベッドから起きて、朝食に手を付け始める。

 

 ちなみに、これもいつものことだ。

 

「おはようエリック君」

「おはようございます、マリアさん!」


 眠そうに挨拶するマリアに、エリックは元気いっぱいに返す。

 

「今日は良い感じの依頼はあった?」

「はい。ビッグボアの討伐依頼を受注してきました。これも、ミーナさんが融通してくれたおかげです」

「ビッグボア……いいわね!」


 マリアの瞳がピカッと輝く。

 寝起きでスローだった動きが急加速。あっという間に朝食を平らげてしまう。

 依頼内容を聞いたことで、急にスイッチが入ったようだ。

 

「こうしちゃいられないわ! エリック君、早くガルボ山に行くわよ!」

「はい!」


 急いで朝食をかき込み、エリックは立ち上がった。

 

 

 ボルガ山に着いたエリックとマリアは、山頂を目指し登っていく。

 

 依頼書によれば、近頃、山頂付近に居着いたビッグボアが暴れているらしい。

 おかげで、ガルボ山を通りたい人が困っているのだとか。

 

「そろそろ山頂に着きますね」

「えぇ。もういつ出てきてもおかしく――って、言った側から出てくるとはね」


 ノシノシと近づいてくる大きな足音。

 それは間違いなくビッグボアのものだった。

 

 だが、聞こえてくる足音の数が多い。

 どう考えても、一体だけのものとは思えなかった。

 

 周囲を見てみる。

 二人の前に現れたビッグボアは、全部で五体いた。

 

(まさか、こんなにいるなんて……)

 

「一匹討伐すればそれで依頼完了ですけど、どうします?」

「決まっているじゃない。五体とも私が倒すわ」

「……ですよね。マリアさんならそう言うと思っていました」


 予想通りの答えが返ってきたことがなんだか嬉しくて、エリックは小さく微笑んだ。

 

「あの、一つお願いがあるんです」

「エリック君の方からお願いしてくるなんて珍しいわね。どうしたの?」

「一体、僕に譲ってくれませんか?」


 エリックは、今の実力を試したい気分になっていた。

 今朝昔のことを思い出したことが、彼をやる気にさせていた。

 

「エリック君にはお世話になっているし、仕方ないわね。……でも、今回だけだからね。分かった?」

「ありがとうございます!」


 明らかに嫌そうな顔をしているマリアに、エリックは苦笑いで頭を下げる。

 

 マリアから距離を取ったエリックは、群れている五体のうち一体だけを強く睨みつけて挑発。

 そのままゆっくり、誘うようにして横に歩いていく。

 

(群れから引き離す)

 

 うまいこと挑発に乗ってくれた一体が、エリックを追って群れから離れる。

 まずは、一匹だけを誘い出すことに成功した。

 

(あとは、僕の実力が通用するかだ)

 

 エリックが剣を引き抜く。

 

 それと同時。

 ビッグボアがいきなり突進をかけてきた。

 

 エリックは横方向に頭からダイブ。

 奇襲ともいえる攻撃を、辛うじて回避した。

 

 軽い打ち身を作ってしまったが、突進を食らって串刺しになることを考えれば上々だろう。

 

(あの巨大でなんて速さをしているんだ。あの突進をまともに喰らったらいけない。そうしたら多分、僕は死ぬ)


 立ち上がり、剣を構えるエリック。

 ひやりとした冷たい汗が背筋を伝う。

 

 ひしひしと感じるのは死の恐怖。

 この場から逃げ出したくなる。

 

 だが、そうしたら弱い自分に逆戻りしてしまう。

 無価値のまま人生を終えてしまう。

 

(そんなのは絶対に嫌だ! 先生、僕の戦いを見ていて下さい!)


 足を踏ん張り、ビッグボアを睨みつける。

 

 大きな牙を突き出したビッグボアが、再び突進してくる。

 

 その突進を、横方向に体をねじることで回避。

 併せて、ビッグボアの巨体を剣で斬りつける。

 

「ブ……ブモォ」


 小さなうめき声を上げて、ビッグボアはその場に倒れた。

 

 戦いを制したエリックは、安堵の息を吐く。

 

「ふぅ、なんとか勝てた」

「全部見てたわよ! エリック君も、案外やるじゃない!」

 

 笑顔のマリアは、勝利のVサインを送ってくれた。

 背後には、ビッグボア四体の屍が地に伏せている。

 

(僕の戦いを見ながら、ビッグボア四体を倒してしまうなんて……流石マリアさんだ!)


 マリアの凄さというものを、エリックは再確認した。

 

 

 無事に依頼を終えた二人は、ギルドで完了報告を済ませた。

 その頃にはもう、すっかり陽が沈んでいた。

 

 宿に戻ったエリックは、夕食作りを始める。

 

 今晩のメニューはシチューだ。

 高級食材であるビッグボアの肉を入れたので、いつもより豪勢になっている。

 本日ガルボ山で狩ってきたばかりの採れたて新鮮なお肉なので、なお美味しく仕上がっているはずだ。

 

「マリアさん、夕食が出来ましたよ」

「ありがとう。入って」


 マリアの部屋で、二人は夕食を食べる。

 

「う~ん、とっても美味しいわ!」


 シチューをパクっと口に入れたマリアは、とろけるような顔になった。

 

「お口に合うようで良かったです」

「やっぱりエリック君の料理は最高ね。掃除も洗濯も全部やってくれるし、パーティーを組んで本当に良かったわ!」


 笑顔のマリアがエリックの頭をわしわし撫でる。

 

 撫でられているエリックの顔は真っ赤になっていた。

 憧れであり、そして、した女性にこんなことされたらしょうがない。

 

 モンスターフォレストで出会ったあの日、あの瞬間から、エリックは恋に落ちていたのだ。

 

 マリアとパーティーを申し込んだ理由は、自分が強くなるために必要だと思ったからだ。

 でも、それだけじゃない。

 マリアの――好きな人の近くにいたいと思ったからだ。

 

 いつかはこの気持ちを打ち明けたい。

 でも、今はまだダメだ。

 

 マリアの横に並べるくらいに強くなるまで秘めておこう、そうエリックは決めていた。

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