【4話】冒険者としての道


 モンスターフォレストに来てから三日。

 先ほど打ち倒し、既に事切れているオーガの隣で、マリアはため息を吐いた。

 

「拍子抜けもいいところだわ」


 筋肉隆々の巨大な体躯をしているオーガ。

 危険度はかなり高く、ホブゴブリンとは比べ物にならない。

 鬼のような顔に赤い体をしていることから、『赤鬼』とか『紅蓮の悪魔』とか言われ、人々から恐れられている。

 

 そんなオーガとは、きっと熾烈しれつを極めるような楽しい戦いができるはず。

 そう思って、マリアは大きく期待していた。

 

 だが、結果はマリアの圧勝。

 八回ほど殴ったところで、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

(まさか、あのオーガがこんなに弱いなんて思わなかったわ)

 

 今まで戦った魔物の中では一番タフではあった。

 ホブゴブリンくらいの魔物なら一撃で屠ってしまう拳を、八回も耐えた。

 

 でも、思っていたよりもずっと弱かった。

 まともな反撃一つすらせず、そのまま息絶えてしまったのだ。

 

 大きく期待していただけに、その分ショックが大きい。

 

「力の程度は大体分かったし、これ以上ここにいても時間の無駄かもしれないわね」


 三日間歩き続けてきたが、オーガ以上の危険度を持つ魔物とは一度も遭遇しなかった。

 より強い相手と戦うには、モンスターフォレストを出て行く必要があるだろう。

 

 それに、ここを出て行きたい理由はもう一つある。

 三日の間、マリアはまともな食事にありつけていなかった。

 

 場所が悪いのではない。

 むしろ、モンスターフォレストは食材を入手するには困らない場所だ。

 肉が食べたければその辺に魔物がうじゃうじゃいるし、川に行けば多くの魚が泳いでいる。キノコや野草も、たくさん生えている。


 問題は調理方法だ。

 低級の火属性魔法を使って料理しているのだが、加減が非常に難しい。

 丸焦げか、はたまた生焼けになってしまう。

 

 元々家事全般が苦手なマリアは、まともな食事が作れないでいた。

 与えられた力をもってしても、家事の下手さは改善されなかったみたいだ。

 

(どうせならそこも改善してくれたら良かったのに)

 

 力を与えてくれた正体不明の声に、軽く悪態をつく。

 

「まぁ、そこはグチグチ言っても仕方ないわね。よし、クルダールに戻る訳にはいかないし、リグダード王国に向かいましょう」


(歩かないといけないのが、非常に面倒だわ。【ワープ】が使えたら、楽だったのに……)


 リグダード王国に【ワープ】の魔法でひょいっと転移できれば良かったのだが、残念ながらそれはできない。

 【ワープ】の転移先に指定できるのは、訪れたことのある場所のみだ。

 

 生まれてからずっとクルダール王国で暮らしてきたマリアは、リグダード王国には一度も行ったことがない。

 転移先には指定できないのだ。

 

 仕方ないので、マリアは徒歩でリグダード王国へと向うことを決めた。

 

 

 しばらく歩き続け、もうすぐ森を抜けようか、という地点まで来た。

 

 森の端であるこの辺りにいるのは、弱小な魔物ばかり。

 中心部に比べて比較的安全という話は本当のようだ。

 

(あれ、こんなところに煙が立っているわね)

 

 もくもくした煙が空に立ち上っている。

 誰かがこの近くで火を起こしているのだろうか。

 

「美味しそうな匂いがするわ!」

 

 その煙には、香ばしい匂いがセットになって付いてきた。

 木々の間を通り抜けるように、美味しい匂いが香ってくる。

 

 マリアはクンクンと鼻をヒクつかせる。

 釣られるように、美味しそうな匂いの方へ足を進める。

 

 そこでは茶色の髪をした少年が、串に刺した二匹の魚を焼いていた。

 美味しそうな匂いの元は、その焼き魚だったのだ。

 

(なんて美味しそうなの!)

 

 三日間まともな食事をしてこなかったマリアは、何の変哲もない目の前の焼き魚が豪華なごちそうに見える。

 視線は焼き魚に釘付け。ぎゅるるる、とお腹の音が鳴る。

 

「あの、もし良かったら食べますか?」

「え、いいの!?」

「はい、二本ありますし」


 微笑む少年の両手を、マリアはギュッと掴む。

 

 近くで見た彼の顔立ちは、とても可愛らしい。

 歳はマリアの少し下くらいだろうか。


「ありがとう! あなた、とっても良い人ね!」


 少年に顔をグッと近づけたマリアは、にこやかな笑顔。

 掴んだ手をぶんぶん振りながらお礼を伝える。

 

 少年の顔がなぜか赤くなった。

 真っ赤な瞳を大きく見開いている。

 

「どうしたの?」

「いえ! なんでもありません!」


 裏返った声で大きな声を出した少年は、慌てながら首を横に振る。

 

「そ、それよりも、魚を食べましょう! ちょうどいい焼き加減ですし!」

「そうね。そうするわ!」


 少年の反応が少しだけ気になるところではあるが、そんなことよりも今は少しでも早く焼き魚を食べたかった。

 

「どうぞ」

「ありがとうね」


 焼き魚を受け取ったマリアは、適当な岩場に腰を下ろす。

 

「いただきます!」


 ガブリと噛り付くと、ジューシーな旨味が口いっぱいに広がった。

 ほのかな塩加減が、これまた絶妙だ。

 

(う~ん、最高!)

 

 頬がだらんと緩む。

 三日間ろくな食事をとっていないマリアは、人生で食べてきた食事の中で一番美味しく感じられた。

 

 少年は嬉しそうに笑ってから、マリアから少し離れた場所に腰を下ろした。

 

「喜んでいただけたようで何よりです。えっと……」

「まだ名前を言ってなかったわね。私はマリア・リト――」


 ファミリネームを言おうとしたところで、マリアは言い留まる。

 

 それは聖女であった時の名だ。

 王国から追放され晴れて聖女でなくなった今、その名を使うのは違う気がした。

 

「私はマリア。ただのマリアよ」

「僕はエリックと言います。ところで、どうしてマリアさんはモンスターフォレストにいるんですか?」

「私の力がどれほどのものか試していたの」


 包み隠さず本当のことを言うと、エリックはポカンと口を開けた。

 困惑しているのは明らかだ。


 白いローブに身を包んだ、一見非力そうな少女。

 

 そんな外見をしているマリアが、『力を試したい』と言ってもピンとこないだろう。

 エリックが困惑するのも当然といえる。

 

「エリック君はどうしてここにいるの?」


 今度はマリアから聞いてみると、エリックはハッとした顔になる。

 小さく咳払いをしてから、口を開いた。

 

「冒険者ギルドのゴブリン討伐依頼を受けて来たんです」


 腰に携えた剣を、エリックはチラッと見せた。


「冒険者ギルド……か」


 不思議そうに、その言葉を口にしたマリア。

 魔物討伐の仕事を主にしている組織というのは知っているが、詳しい部分まではよく分からない。

 

 というのも、クルダール王国には冒険者ギルドがなかったのだ。

 他国に比べ、クルダール王国はなぜか魔物による被害が極端に少ない。

 わざわざ冒険者に依頼せずとも、王宮兵士だけで事足りていた。

 

(そういえば、リグダード王国には冒険者ギルドがあるって聞いたことがあるわね)

 

「もしかしてエリック君は、リグダード王国で冒険者をしているの?」

「はい。といっても、まだ駆け出しですけどね」

「良かったら冒険者と冒険者ギルドについて聞かせてくれない?」


 興味本位で聞いてみると、エリックは快く引き受けてくれた。


「まず、冒険者とギルドの関係はこうなっています」


 初めに、依頼者がギルドに依頼金を払って仕事の依頼をする。

 それを受け付けたギルドが、今度は冒険者に依頼を発注する。

 冒険者が依頼を終えたら、成功報酬としてギルドから報酬金を受け取る。

 この報酬金は、依頼金からギルドの仲介手数料を差し引いた額になっている。


 エリックの話は、だいたいこんな風だった。

 簡単に言えば、依頼達成の報酬金で生計を立てるのが冒険者。

 ギルドは依頼主と冒険者を仲介する役目を持っている。

 

「依頼の種類はどんなものがあるの?」

「素材採取、運搬、護衛、他にも色々あります。けれど一番多いのは、やっぱり魔物の討伐依頼ですかね」


 そこまで聞いて、マリアの目はらんらんと輝いた。


(冒険者になれば、私の夢を存分に叶えられるかもしれないわ)


 自由度の高い冒険者になれば、何にも縛られずに色々な魔物と戦えるかもしれない。

 やりたいことを叶えるには、ピッタリの職業に思える。

 

 マリアは勢いよく立ち上がる。


「私も冒険者ギルドに登録したいわ! もし良ければ、登録方法を教えてくれないかしら!」

「それなら一緒にギルドへ行きましょう。僕も依頼完了報告をしにギルドへ行かなければならないので、そこで説明しますよ」

「ありがとう!」


 こうして二人は、リグダード王国の冒険者ギルドへ向かった。

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