第18話 4日目ー3


 エド爺の家を出て、昨日出した石造りの小屋まで歩く。

 その間に炊き出しの構想を説明する。


 一応このスラム街にも小さいながらも教会が在って、定期的に炊き出しはしているらしい。

 とはいえ、住民同様、王都側の神殿からの援助は少なく、規模はかなり小さいらしい。

 それでも救われている命は有る訳で、俺からなんらかの加護なり援助なりを与えても良いかもしれないな。


 エド爺には炊き出しの人材に当てが有る様で、今日中に手配しておくと言われた。

 さすがエド爺だ。

 これからもどんどん頼りにさせて貰おう。


 病魔が消え、半ば諦めていたリックとベスが戻って来たんだ。

 モチベーションは過去最高の筈だ。



 エド爺は当然として、リックとベスの兄妹に朝の挨拶で声を掛けて来る住民が多い。

 まあ、かなり顔が売れたので俺も挨拶されるんだが、どちらかと言えばお母さんたちからが多い。

 小麦粉効果か? よし、今日も期待に応えるとしよう。



「ジョージオジサン、きょうもベッキーねえといっしょに、くさかりにいってくるの。いい?」

「ああ、構わないよ。頑張ってな。それとリック、近くの草は刈られていると思った方が良い。遠くまで行く事になるから、常に周りの様子を気にするんだ」

「そうですね。昨日も入れ違いで沢山の人が草刈りに来てましたね」

「あと、人攫いが来るかもしれないから気を付けるんだ」

「確かに。1度狙われてますしね。ベスも居るんで気を付けます」


 

 石造りの小屋の前の道にはもう人だかりが出来ていた。


 うーん、新顔も多いな。

 これは元ドムスラルド領民だけでは無いな。

 下らない騒動にならなければ良いのだが。



「おい、いつまで待たせるんだ! ずっと待ってんだぞ! 責任者を早く呼んで来い!」


 ほらな、やはり居たよ。大声を出せば自分の思い通りになると勘違いしているヤツが。

 エド爺の事だから、ちゃんと説明役を手配していた筈だ。

 まあ、治安を担保する公権力も無いスラム街だから、あくまでも有志がボランティアとして説明していたんだろう。


「エド爺、アイツは俺が対応する。エド爺は予定を変更して子供たちを退避させてくれ。下らない事で子供たちに悪影響を与えたくない」

「はい、その通りに」


 問題の男は、面白いくらいに想像通りの風体をしていた。

 30台後半で、見るからに暴力や脅しで生活をしている者独特の顔立ちだ。

 日本で言うと、服装や人種は違うが、反社会勢力の一員そのものだ。

 大声を出しているヤツの周りにも4人ほど同じ様な風体の男たちが居た。

 何が面白いのか、ニヤニヤとしている。


 とばっちりを恐れているのだろう。その周り5㍍は1人の中年男性を除き空白地帯だった。

 粘り強く説得している説明役のボランティアには特に殴られた様子は無いので、暴力を振るわれての被害は無かった様だ。


 本当に下らない。


 自分が人間だったという事を忘れて客観的な評価をすれば、人類は知的生命体の中でも底辺な評価を与えても良いと思う。


 ああ、俺の進路上の人たちが、自然と割れて行く。

 もちろん、俺が目に見えて何かをしている訳では無い。

 薄く神気を周囲に滲ませているだけだ。

 なんせ、群衆は下らない一団に目を向けているんだから、俺の姿を目にして道を開けている訳では無い。

 生物としての本能に従っただけだ。



「何を喚いているんだ? お前は魔獣か? いや、魔獣の方がもう少し真摯に生きてるし、それに賢そうだ」


 そう呼び掛けた俺の声は、はっきりと言ってさほど大きくない。真正面で会話する時の声くらいの大きさだ。

 だが、その声は半径50㍍の同心円を描く範囲内の全員に聞こえた筈だ。

 我ながら不気味だったと思うよ。

 魔法の発動も無く、聞こえる筈の無い、ごく普通に会話しているかの様な声がはっきりと聞こえて来たんだから。


 一瞬で直径100㍍の円形の無言のサークルが出現した。

 ほとんどの人間は、本能的に自分は関係ないから喋るタイミングではないと思ってしまった筈だ。


 それでも、喚いていた男は頑張った。

 先程迄の威勢の良い声では無いとはいえ、いや、はっきりと言って裏返った声とはいえ、何とかセリフをひねり出した。


「舐めてるのかよ?」


 そのセリフを吐き出した事で気力を使い果たしたかの様に、男の顔色が急速に悪くなっていく。

 下手に粋がったせいで、神気混じりの俺の命力に、自身の命力を削られているだ。心臓の鼓動まで弱くなっているのだから当然だ。

 これって、ゲームで言うデバフとかドレインとかいうヤツなんだろうか? 


 突如始まった、死が間近に迫る恐怖に襲われている5人の顔を順番に見て行く。



「顔は覚えた。二度と近寄るな」


 我ながら底冷えする様な冷たい声が出た。

 これで退散するだろう。


 だが、俺が期待する結果にはならなかった。


 

 言った直後に5人が失神したからな。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る