第15話 4日目ー4


「はい、お待たせしました。ご希望の通りに小麦のままにしておきましたよ」

「ありがとうございます、ありがとうございます」



 俺は麻袋の中の小麦をマリアンヌさんに見せてから紐を縛って麻袋を手渡した。

 多分だけど、小麦にしても小麦粉にしても、ドムスラルド領に住んでいた時には嫌という程見ていた筈だ。

 だけど、今ではこれだけの質でこの量を一度に手に入れる事は難しいのだろう。


 少し涙目になっていたからね。


「いえ、苦しい中、孤児院の子供を泊めて頂いているんですから、そのお礼も兼ねています」


 そこで、周りに聞こえない様に指向性を絞って言葉を継いだ。

 もちろん、腹話術並みに口は動かさない。

 読唇術がこっちにも有るかもしれないからな。


「マイケル君とアルバート君にお土産を渡しておくので後で受け取って下さいね」



 その言葉の意味が分かった瞬間、マリアンヌさんの目の表面張力の限界を超えたのだろう。

 一筋の涙が頬を伝った。


「聖者様に祝福を」



 帰り際にも何度か頭を下げてくれたけど、日本人そっくりな仕草だと後で気付いた。

 まあ、気付くのが遅れたのは自分が聖者扱いされた驚きが原因だ。


 気を取り直して、空になった麻袋をエド爺に渡した。

 あ、エド爺がみんなに質問攻めに遭いだした。



 それを横目に順番を待っていた女性から麻袋を預かる。

 ベッキーと赤ちゃんを泊めてくれた初老のご婦人だ。

 そんなに入っていない。

 まあ、雑草を刈るのも、5㌔の重さを持って帰って来るのも、重労働だからね。

 でも安心して欲しい。

 その後ろにリックとベスとベッキーが麻袋を持って並んでいるからね。

 きっと、赤ちゃんを抱いているから雑草を刈れないベッキーの代わりに兄妹で雑草を刈ったんだろうからね。


 本当に優しい子供たちだ。

 


 衆人環視の状態で雑草を小麦モドキに交換をした影響はすぐ現れた。


 こういった所では口コミと言うのは威力が有るのだろう。

 この一角の家庭で手が空いている住人たちが草原に次から次へと向かい出した。


 しばらくすると麻袋以外の手持ちの袋に雑草を入れて持って来る人が一気に増えた。

 そうなって来ると、最初の頃の様に悠長に交換していられなくなるので、孤児院の子たちを宿泊先にお土産付きで帰して、エド爺指揮の下、男手を使ったリレー方式で交換業務をこなす羽目になった。



 結局のところ、1日で300袋分以上の小麦がスラム街に流れ込んだ事になる。

 2㌧近い小麦が人心に与える効果は大きいだろう。


 『まさに奇跡だ』


 元領主の忘れ形見が現れた途端に、食料が簡単に手に入った訳だからリックとベスの兄妹を悪く思う住人は居ないだろう。


 いや、むしろ、豊かだったドムスラルド領時代を思い出して、無意識に結び付けるだろう。


 これから暮らしが良くなると言う希望が浮かんで来るだろう。



 まあ、パニックにならず、暴動も横入りも起こらなかった事こそ、奇跡だと思うけどな。


 

 そうそう、夕食後にベスから花冠を貰ったんだが、嬉し過ぎて挙動不審になったのは内緒にして欲しい。

 挙句の果てに神力を注いで花冠に時間停止を掛けたくらいだ。



 この世界には精霊は居ても天使は居ない筈だが、ウチにはマジの天使が居ると言いたい。



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