ep96.「一体何を抱えてんだ。不気味にもほどがある」
こういうときには一体、何から切り出したものか――迷ったのはごくわずかだった。
玖珠はいつもスリルを目の前にしたとき、すぐに行動するのがポリシーだった。
「コンバラトキシン……ああ、確かそんな名前だったね、鈴蘭の有毒物質。…………あたしは石橋君みたいにお利口なわけじゃないから、単刀直入に聞くね。安斎さんさ、そいつを使ってウサギを殺した?」
聞かれたことを咀嚼するようにしばらく黙っていた安斎が、いきなりぷっと噴き出して笑い出した。
「あはははは、ふふ、あはは……はあ、ごめんなさい。人を笑うなんて良くありませんね。だけど、ふふ、おかしくって。――単刀直入に言うなら答えはノー。殺したのは河合君です。彼が蹴り殺したのを見たんです」
「河合君……。ねえ、河合君の首のほくろのこと、どうしてあたしに教えてくれたのかな? あたしに何を――いや、そこから繋がって最終的には、石橋君に何をさせたかったの?」
「なんだか何かを疑われてます? まあ、そっか。わたしって何を考えているのか分からないってよく言われますものね。不気味なんですって……」
「良いから答えて!」
「まあこわい。――別に、大したことじゃありませんよ。石橋君にはお友だちになってほしかったんです。でも石橋君は警戒心が強そうだから、告白をしてドアインザフェイスを狙いました。恋人にはなれなくても、お友だちになら――って効果を狙ったんですよ。それにお友だちっていうのは、共通の敵を持ったり、秘密を共有したりしてなるものなんでしょう? だから河合君が彼の本来の敵だと気づいてほしくって、彼にどんな復讐をしようとわたしはその秘密を守ると知ってほしくって、あなた越しにヒントを受け取ってもらっただけ。もちろん可能なら、わたしは玖珠さんともお友だちになれたらいいなと思ってるんですよ? もちろん、喜屋武さんともね」
顔をずい、と近づけられる。長いまつ毛が微動だにしない。まるで人形に見つめられているようで心底居心地が悪かった。
「……じゃあ、そのお友だちになりたい喜屋武さんに、随分と物騒なアドバイスをしたのはなぜ?」
「物騒? はて、何のことやら……」
「女なら男に対して有利に振舞える――つまり正当防衛に見せかけて、石橋君を殺せと言ったことだよ」
「ああ、それ。別に殺せだなんて言っていませんよ。ただこう言っただけ。“敵が男性なら、あなたは女性だから多少有利に事を運べる”と。……物騒なのは喜屋武さんです。まさか殺しに悪用しようだなんて。でもわたしも軽はずみな発言は控えた方が良さそうですね。反省、反省」
「……己斐西さんと仲が良いよね? 彼女が石橋君と一触即発だったのも知ってるんじゃないの?」
「あの二人、仲が悪かったんですか? 初耳ですね」
「ああ、そう。……じゃ、どうして河合君のことを知ってたの? 彼があた――」
「阿多丘という名前でかつて中学時代を過ごしたこと? 石橋君にも言いましたけれど、わたし、中学時代はF市に住んでいたんです。阿多丘君――今の河合君が今の石橋君と通った中学の、すぐ隣の中学に通っていました。地元では随分と話題になったニュースです。河合君は当時も目立っていたし、近所の中学校と合同でやったイベントで何度か見たことがあったんですよ」
何一つほころびを見せず、安斎は穏やかに言ってのけた。玖珠はそれを追撃できなかった。
この女にどう何を言っても、こうやって上手くはぐらかされるだけだろう。それに実際、安斎を問い詰めるだけの材料はそろっていなかった。
安斎小蓮の真意が全く読み取れなくて、スリルとは全く違う、不気味以外の何物も感じられない。
「……じゃあ安斎さんは、最近の石橋君を取り巻くいろんなハプニングに、本当に何も関係がなかったってことで良いのかな? うがった見方をすれば、まるで安斎さんが裏で糸を引いているようにも思えるけど」
結局のところ、こういうときは正直な言葉をぶつけるしか、玖珠はやり方を知らないのだ。
言われた安斎はぼんやりと少し目線を上げてから、笑いも困りもせず、全くの無表情で答えた。
「多分玖珠さんはそうであってほしかったんでしょうね。わたしが酷い悪人であれば、この失礼な尋問を正義が許してくれるから……」
思わずその肩を掴み、何かを叫びかけて玖珠は息を詰まらせた。自分が何を叫ぼうとしたのかすら分からなかった。もしかしたら悲鳴を上げそうになって、こらえただけかもしれない。
「ッ…………、はあ……クソ……何なんだよあんた……スリルどころじゃない。マジにヤバいやつだ。一体何を抱えてんだ。不気味にもほどがある」
「……玖珠さんは、わたしとお友だちにはなってくれないみたいですね」
「お友だち? ああ……はは、冗談じゃない。良い、安斎さん? あたしはスリルが大好きだ。だけど悪いことは嫌いだ。とりわけ人の心をもてあそんだり、意図的に困らせて謝りもしないなんてのはゲスの骨頂だ。今はまだあんたが何を考えてこんな不気味な暗躍をしてるのかわかんないがね――必ず暴いてやるよ。あたしはあたしの正義を、安斎小蓮という手に負えないスリルを味わいながら果たしてやる」
半ば睨みつけるように宣言すると、やはり表情一つ崩しもせず、安斎はうっすらと口元だけで微笑むだけだった。
「よくわかりませんが、楽しみにしていますね」
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