ep25.「荒っぽいことは全部私がやる」

「……喜屋武さんにはってどういう意味?」

「え? あーいや……んー……多分ウチの思いすぎだろーけどちょっと悩みの種がね……」

「こうなったらもうとことん話聞くよ。私で良ければだけど……何か困ってるの?」


 己斐西は少し悩む素振りを見せ、一度長いまつ毛をゆっくりと伏せて、次に上目遣いに目を開いて喜屋武に訊ねた。


「……喜屋武さんは、女の子の味方、だよね……?」


 くるんと巻かれた上向きのまつ毛が、しっとりと湿っているのを喜屋武は見た。形の良いアーモンド形の両目が、不安げに揺れて喜屋武を見つめる。

 ハッキリ言ってやはりかなりドキドキした。玖珠に恋をするのとは違う、また別のときめきを感じた。目の前の己斐西が途端に儚げな存在に思えて、何故か玖珠に申し訳なく思ってしまうほど、喜屋武は己斐西の役に立ちたいと心底思った。


「も、もちろん! 当然じゃない。野郎は敵だよ。バカで無神経で下品で……」


 彼女への謎の愛おしさを振り払うようにまくしたてる喜屋武を見て、己斐西は安心したように微笑み、俯いて話しだした。語るその顔がちょうど喜屋武からは見えなくなる。


「実はさ、パパから届いたメッセージの通知画面、ある人に見られちゃったんだよね。もちろんメッセージだけでバレるわけないし、そもそも直接的な言葉は使われてなかったわけだし、ウチが一方的に不安になってるだけなんだけどさ。その人に口止めすんのも変だしどうしようかなって。いや、無害そうな人ではあるんだけどさ……」


 その言葉を聞いて、つい、変な笑い方をしてしまった。

 もしも己斐西の言う“その人”が自分の思う相手なら、とても都合が良いことだったからだ。


「もしかして、石橋磐眞だったりする?」

「!」


 己斐西が俯いたまま肩を跳ねさせた。明らかな反応に喜屋武は確信を得る。

「はは、当たっちゃった」


 喜屋武は暗い喜びに笑みを隠そうともしなかった。同時にやはりそうか、と思う。

 石橋、なんて卑しいやつ――。

 自分の石橋に対する評価の正しかったことと、そして玖珠の認識の間違いを確信できて嬉しかった。


 ――やはり玖珠のような人が、あんな男に熱を上げるなど、あってはならないことだ!


「わかるよ、私には分かる。ああいう大人しくて目立ちそうにないようなやつが、陰でコソコソ人のこと盗み見てニヤニヤしてること。きっと己斐西さんや私、ううん玖珠さんとか、とにかくいろんな女子のことをストーカーして、自分の下劣な妄想に登場させて一人で楽しんでるんだ。ああ、最悪! 薄気味悪いったらない……」


 やはり男は嫌いだ。まるで虫も殺さないような顔をして教室に溶け込んで起きながら、己斐西のような可愛い女子のスマホをわざと覗いて興奮を覚えたに違いない。

 喜屋武はこのとき、石橋をこの世で最も気持ち悪い男だと思った。


 己斐西は何も言わずにこちらを見つめていた。か弱くいじらしい、守るべき者の瞳だ。喜屋武は緊張か興奮かに震える手でその華奢な肩を掴んだ。

 彼女を守るつもりでいたが、同時に、彼女を利用して憎き石橋を下すチャンスを得たことに、必死になっていた自覚はある。


「ねえ己斐西さん、あなたの秘密を黙ってるっていう約束のついでに、私と共闘してくれないかな? 二人で油断を誘って石橋磐眞を黙らせるんだよ」

「は? 何言って……」

「実は私も石橋磐眞には個人的な恨みがあってね。だから約束させるんだよ、多少荒っぽいことをしてでも、二度と女の子の邪魔をしないって、今後私たちの一切人生に関わらないって奴に誓わせるんだ」

「ええ? 荒っぽいって何。あははウケる、喜屋武さん案外野蛮なの……」

「茶化さないで、私は本気なんだ。荒っぽいことは全部私がやる。己斐西さんには、石橋の油断を誘う手伝いをしてほしいだけ。悪い話じゃないと思うんだけどな」


 間近で見つめると、少し考えるように目を伏せてから、間を置いて己斐西は答えた。その声は先ほどとは打って変わって冷え切っていた。


「…………あんたの作戦内容によるかな。確かに石橋君はなんか鋭そうだから、できるなら口封じをしたいよ。だけど喜屋武さんの作戦が確実っていう保証もない。ウチの負うリスクもわかんない。だから教えて、何をしようとしてんの?」


 喜屋武は自分の人生における大きな失敗を思い返していた。頭の悪いラブレターを愚直な衝動で渡したあの日のことを。その失敗から救い出してくれた偉大なる一人の少女を。

 そして再び強く自覚する。愛しくて素晴らしい玖珠璃瑠葉の視線を、卑劣な騙しで独り占めする度し難い石橋磐眞への義憤を。


 ――だから敢えてこの手段で払拭する。自分の失敗の象徴である忌々しいラブレターを使って、石橋を陥れて雪辱を晴らすのだ。


「私と己斐西さんの二人で、同時にラブレターを出すんだよ。どうせ他人の盗み見や妄想みたいな歪んだ趣味しかない、モテない僻んだぼっち野郎のこと。クラスの女子二人に同時に告られでもすれば、取り乱して正常な判断もできなくなるに違いない。油断したところを、私が痛めつけて説教して分からせる。それだけ」

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