ep14.「……なんかそれって、あんたに似てない?」

 安斎が目の前で律儀に悩んでいる。

 人の気持ちにも自分の気持ちにも疎くて、悪い意味での天然ボケ――去年の秋からの付き合いで、そんな彼女の性格を己斐西は痛いほど熟知していた。そんな安斎小蓮が人に興味を持つなんて、かなりすごいことではなかろうか。その相手がたとえ誰であったとしても、だ。

 親友の心の成長に目くじらを立てている自分を俯瞰して、己斐西はすでに気づいていた。これはただの嫉妬だ。自分の夢を邪魔する石橋に、自分の大好きな安斎を取られたという嫉妬。


「あ、そうだ。それなら唯恋さんだって、今日の昼休みは来てくれなかったじゃないですか。せっかく鈴蘭がこんなに綺麗に咲いてるのに」


 少しむっとして安斎が言うので、己斐西はつい嬉しくなった。同じように彼女も嫉妬してくれたのだろうか。少し溜飲が下がった。


「それはだって、あんたが石橋君と話してたから……」

「気を利かせてくれたんですか? 別に三人で仲良くお話ししても良かったのに」

「だってせっかくあんたが人に興味を抱いてるってのに、邪魔しちゃ良くないでしょ。――でもなんで石橋君なわけ?」

「なんで……ですか。そうですね、自分でもあまりよくわかっていないんですけど……強いて言えば希少性というものに惹かれているのかもしれません」

「希少性?」

「レアってことですよ。高校生活を一人で過ごそうとする人ってあまりいないでしょう? でも人から弾かれてそうなったわけではなくて、彼の場合、必要なときには相応に人と接するんです。でも特定のお友だちはつくらない。浮足立った感じもないし、野心めいたギラギラした感じもない……。そういう人ってわたし、初めて見たんです。それで興味を惹かれてしまって」


 淡々と語る安斎の言葉を聞いて、己斐西は思い当たる節があった。


「……なんかそれって、あんたに似てない?」

「え?」

「あんただってそうでしょ? その場限りのグループに溶け込みはするけど、プライベートでまで仲良くするわけじゃないじゃん。嫌われ者じゃないくせに一人でいようとするし、落ち着いててどこまでも客観的な感じ。……自分と似てるから惹かれたんじゃないの?」

「なるほど……そういわれれば納得かも」


 言いながら己斐西は少し迷った。もし石橋が安斎と同類なら、安斎のように事情を話せば他言無用を約束してくれるのかもしれない。

 だが――己斐西はもう用意を済ませてしまっていた。喜屋武をそそのかし、真柴を焚きつけ、石橋とデートの約束もした。他の方法があったとしても、すでに遅いのだ。


「ああ、でも」


 己斐西の心とは真逆の嬉しそうな顔をして、安斎が笑った。


「石橋君とわたしには決定的な違いがありますね」

「性別とか言うなよ」

「バレちゃった。……じゃなく、て」


 ずい、と顔を近づけられてつい目を剥く。


「安心して秘密を共有できるお友だちがいるところ。――ね、唯恋さん?」


 屈託のない笑顔で語りかけられ、顔が熱くなった。いつの間にか安斎はすぐ近く、一歩分の距離もないほどの場所に立って己斐西を覗き込んでいた。その距離に耐えられなくなって、一歩あとずさり、顔を背けてため息を吐く。


「っ……ほんとあんた、そーゆーとこがさあ……」

「あらら、わたしったらもしかして恥ずかしかったですか?」

「恥ずかしーわ。んで、それをまんざらでもなく思ってるウチが一番恥ずいわ……」


 恥ずかしいが、嬉しいことに変わりはなかった。おかげで覚悟が決まった。

 安斎は自分と秘密を共有してくれた。だが石橋はそうではない。彼は一方的に己斐西の秘密を握って、その事実さえ秘密にして隠し通したつもりでいる。明らかにフェアではなく、自分だけが優位に立とうとするところが、心底信用ならない。

 石橋磐眞は敵だ。己斐西の夢を邪魔する障壁だから、排除しなければならない。


「じゃ、ウチもう行くわ」

「もう? 部室でお茶飲んでいきません?」

「それは次の機会に取っとくよ。勝利の美酒――いや美茶ってやつ。今日で目途が付きそうなんだ。ウチのヤバいお仕事に」


 それに、親友の初恋相手を見極めることも大切だ。

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