ep4.「デート? 君が? 僕と?」
六月十日、金曜日。午後四時三十八分――。
“石橋君へ
いきなりのお手紙すみません。実は折り入って話したいことがあります。
こういう手紙で呼び出しの内容……多分、何を話したいかわかってるかと思います。
もし話を聞いてくれるなら、放課後、化学準備室に来てください。そこで待ってます。”
靴箱から見つかった白地の封筒の中に入っていたのは、丸みを帯びた文字でそう記された花柄のメモ帳の一枚だった。
重い腰を上げ、まずは教室から一番近い化学準備室へ行くことにした石橋を、囁くような声が呼び止めた。
「石橋君、こっちです」
化学準備室の中から控えめに顔を出し、手招きする姿を見て石橋は予想を裏切られたことにたじろいだ。
「安斎さん……?」
騙されにでも行くつもりでついていくと、石橋を中に入れた安斎が後ろ手に鍵を閉めた。
「読んでくれたんですね、手紙。来てくれて嬉しいです」
「まさかあの手紙、安斎さんが……?」
「ええ。お察しの通り、ラブレターというやつです。わたしが相手で驚きました?」
ふふ、と笑う安斎。本当に予想外で驚いた。石橋の中の安斎のイメージと、手紙に書かれたふにゃふにゃの筆跡が、いまいちかみ合わなかったからだ。
「さてでは、パパっとお伝えしちゃいましょう。――わたしと付き合ってくれませんか? 石橋君。わたしのパートナーになってください」
「……ええと、あの、理由を聞いても? どうして僕? だって安斎さんとはそんなに接点あるわけじゃないし、正直に言って我ながら魅力的な人間とは思えない。地味で根暗でぼっちな偏屈男だ。安斎さんに告白される理由が思い当たらないんだけどな」
「理由、ですか。こんなことを言うと真面目にやれと怒られそうですけれど……実はわたし、恋愛ってよく分からないんです。人を好きになるというのがどういうことか、いまいち分かりかねていて」
「わからないのに告白しちゃったの?」
「わからないから石橋君に教えてほしいんです。多分あと一歩、ってところなんだと思うんです。石橋君は高校生らしくないというか、落ち着いていて人と距離を置いて、一歩離れたところから物事を俯瞰している感じがします。こんな客観的な人、初めて出会いました。そんなあなたを見て、興味深いなって思ったんです。……あのね、わたしが人に興味を持つって、結構珍しいんですよ?」
「ええとそれは、光栄に思って良いのかな……?」
「ええ、希少だと断言しましょう。――だから、あなたとなら恋や愛について知っていけそうな気がする。重要な人生経験として、そういうことを一緒に学んでいくパートナーはあなたが良いと思ったんです。わたしと仲良くしてくれませんか?」
安斎の口から出た自分に対する評価が前向きだったことと、女子高生の愛の告白という割には落ち着き払った彼女の態度に、石橋は暫し押し黙った。
毅然とした安斎のこの態度は嫌いではなかった。相手が自分でなければ、きっと多くの男子が安斎にこう言われて断れなかっただろう。囁くようでいてハッキリと聞き取りやすいソプラノボイスも、一見地味な印象だが良く見ると甘さを感じさせるたれ目も、きっと多くの魅力が彼女にはあった。“小さな蓮”と書いて小蓮(こはす)と読ませるその名前も、控えめな愛らしさを持つ彼女に相応しいと思う。
だが石橋は首を振った。
「うーん、悪いけど僕は適任じゃない気がする。少なくとも僕は恋愛に興味はないから、安斎さんの要望に応えられないよ。ごめんね」
「まあ、そうでしょうね。いきなりですもの。……まだしばらくはお待ちしてるので、石橋君がその気になってくれたら、声をかけてください」
「今諦めてはくれない? 何だかこれ、宙ぶらりんにさせてるみたいで嫌なんだけど」
「大丈夫ですよ。わたしの方が飽きたらそのときはそう言いますから」
「きっとすぐに飽きると思うよ」
「ふふ、どうでしょうね。……さて、宣戦布告は以上です。お時間取らせてごめんなさい」
案外あっさりと話が切り上げられた。鍵を明け、扉の前を明け渡すように安斎は室内を奥へ移動する。まるでビジネス取引のような告白だと石橋は思った。
「安斎さんは帰らないの?」
「わたしはちょっとここで用事があるんです。園芸部で使う肥料がこの部屋にあるから」
「ああ、そういえば園芸部だったね」
「はい。良かったら今度、自慢の花壇を見に来てくださいね。それじゃあ」
「うん。それじゃ」
安斎は人をペースに巻き込むのが上手いようだ。石橋が最も遠ざけたいと願うのは、こういう人物から派生する対人トラブルなのだ。
***
“石橋磐眞様
まずはこれを読んでくれてありがとうございます。
私にとって大切なお話をしたいので、放課後、図書館の辞典コーナー前に来てくれませんか?
お待ちしています。”
ハートの形に折って机の中に入れられていた紙には、明朝体の印刷でそう記されていた。石橋が受け取った四通の手紙の中で、最も警戒すべきだと判断した一通だ。直筆ではないあたりかなり怪しいし、この内容ではラブレターとも果たし状とも受け取れる。
とにかく用心するに越したことはない。
化学準備室から図書室までは部屋三つ分しか離れていない。安斎と別れて図書室を目指していると、己斐西の姿を発見した。波打つ茶髪と星型の髪留めを揺らして己斐西がこちらを向き、ぱっと顔をほころばせて手を挙げた。
「おっ石橋君じゃん! ちょうどいいや、こっちで話そ」
「え? 己斐西さん? どういうこと……」
「なんか扉閉まってたからさ、場所指定したのに入れんくて困ってたのよ。ごめんねー呼び出しておきながら手際悪くって」
「え、呼び出して……ってまさか」
己斐西に手招きされ、先導されるがままについていくことになった。図書室の二つ隣にある空き教室の中を突っ切り、ベランダに出る。
無機質な印刷による手紙と、目の前でこちらを振り返る己斐西の華やかな姿が今も結びつかない。
が――この流れで予想される次の展開は、一つしかない――。
「ね、石橋君。この状況ならもう分かるよね。――ウチと付き合ってください」
図書室へ呼び出すあの手紙の差出人が、ベランダの手すりに持たれて自信満々に自分を見つめる己斐西のものだったとは。
己斐西は、石橋にとってなんとも近寄りがたく眩しい存在だった。メリハリのあるボディラインに、校則ギリギリまで着崩した制服。腕時計と言い張って手首に巻き付けた得体のしれないアクセサリーについたガラス石が、春から初夏に変わる陽光を反射して、目鼻立ちのくっきりとした己斐西の顔立ちを明るく照らし出している。
ハッキリ言って、己斐西ほど異性から人気のある女子生徒はいない。見た目は抜群に華やかで、性格もこの通り明朗快活。唯恋(いこい)という下の名前からしても、恋多き可憐な乙女といった印象である。
石橋はこういう人物ほど遠ざけたがった。人脈が多く行動力がある。絶対に対人トラブルの火種になる。
「え……あの……あり得る? だってあの己斐西さんがだよ? なぜ僕に……」
「どの己斐西だよっ! うーんだって石橋君、地味だけど磨けばそこそこ可愛い顔してる気がするし、冷静っていうの? 落ち着きがあって、わりとウチの理想に近いんだよね」
「……意外だね……もっとこう、河合君みたいなキラキラはつらつなイケメンが好きなのかと思ってた……」
「あはは、それよく言われる。でもあーいうでかいのはタイプじゃないっつーか……。ね、とりあえず返事は置いといて、来週にでもデートしない? 月曜とか。返事はその後聞かせてよ」
「デート? 君が? 僕と?」
「そ。己斐西が、石橋と、デート。ま気軽に考えてよ、就職で言うとこの面接みたいなもん。自分から告っといてなんだけどさ、ウチらお互いのことあんま知んないでしょ? 今年同じクラスになったばっかだし。だから一回デートしてみて、相性を再確認してから改めて考えてほしいの」
「それはつまり、デートの結果次第では己斐西さんがこの告白を撤回することもあり得ると」
「そゆこと! いやー話が早くて助かるわー。ますます付き合ってほしい」
言いながら手すりに背をのけぞらせ、己斐西は下を見た。ここからちょうど見える武道場の軒下で、弓道着姿の喜屋武が視線に気づいてこちらを見た。にこにこ笑って己斐西が彼女に手を振り、再び石橋を見た。
「ね、どう?」
「うーん……多分がっかりさせることになると思うけど、一回遊ぶくらいなら」
「よしきた! うんうん。あんま固く考えずにさ、デートっつーか放課後に友だち同士が遊ぶ感覚で楽しもーよ。――よし決まり! そんじゃまた明日ね。喜屋武さん待ってっからさ」
「えっ、ちょっと待って。喜屋武さんが何だって――」
己斐西は言い逃げするように教室から廊下へと出ていってしまった。一人取り残された石橋は、仕方なくもう一通の手紙に記された場所へ向かうことにした。まるでスタンプラリーでもやっている気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます