いもうと②
夕食は家族が揃う貴重な時間。
正面には国王で子どもたちの父親ナサニエル・ピオニア。
ナサニエルに左側にスタンリー、シミオンの順に座り、右側には第二王妃のニルダ、第一王女のネレア、第二王女のノエルと席に着く。
ネレアとノエルの講師のブランはサクヤが不在のため城に留まる理由がないことから既に自宅に戻っている。
左側には正妃のヌリアが普段はいるのだが、サクヤと外遊に出ているためこの場にはいなかった。
「今日はサクヤが十二歳になって初めての外遊ということでヌリア共々この席にはおらぬ。しかし、目出度い日であることにはかわりない。少しばかり豪華な食事を用意してくれたようだ」
ナサニエルの言葉のあとに従者たちが食事の皿を席に配る。
彼の後ろには小柄ながら胸の大きな女性が左右に立って控えていた。
食事が一通り配り終わると、
「では、いただくとしよう」
と、食事が始まる。
ネレアは好物の食べ物から先に食べようとナイフとフォークを手に取った。
「お姉さま、お母さま、この食事はダメです。お姉さま、見てください」
ノエルがネレアが更に手を伸ばす動作を遮って注意をうながす。
「え………なにこれ………どうして?」
ネレアが鑑定すると、皿に毒が塗られていることが分かった。
「どうした。食事をとらないのか。美味しいぞ」
皿に毒が塗られているとはつゆ知らず、食事を始めないニルダとノエル、ネレアに声をかけるうナサニエル。
ニルダとネレアの正面に座るスタンリーとシミオンも美味しそうに食事を頬張っていた。
「食べないのか?」
ナサニエルは三人の様子を気にするが、
「今日は食欲がございません。ニルダお母様、ノエル、行きましょう」
ネレアはそう言ってニルダの手を取り、ニルダを席から立たせてから、ニルダの私室に向かった。
急いで彼女たちのあとを追う王族の使用人たち。
その使用人にネレアはこう言った。
「私たちの食事を毒味された方はいらっしゃったのかしら? どなたがなさったのかわかりませんがお気をつけくださいませ。それから、これから三人でお話をしたいので邪魔をしないでもらいたいわ」
ニルダはわけがわからないとばかりにネレアの言葉に目を丸くした。
「ネレア、どういうこと? ちゃんと説明してもらえる?」
ニルダの私室で三人になると、ニルダはすぐさまにネレアに訊く。
なぜ食事中に席を立ったのかと。
「私はまだ死にたくありません。好物に目を取られてノエルに言われるまで気がつけなかったことを恥ずかしく思います」
「それではわからないわ。一体、どういうこと?」
「お皿に毒が塗られておりました。ノエルと私、それとニルダお母様のお皿にも」
「毒ですって? じゃあ──」
「今頃どなたかお亡くなりになっているかもしれません。どちらにしても私が毒だと言っても、私が毒を口にしたあとでも、どなたかが食べられたはずですから、騒々しくしたくなかったので、食事の席を立たせていただきました」
「確かにそうだけど、それで大丈夫……とは思えないわ」
「私も大丈夫だと思えません。ですが、また毒を盛られるかも知れませんから安全なところに逃げたいと存じます」
「安全な場所なんてあるのかしら?」
ネレアとニルダの会話を聞いていたノエルは躊躇なくファストトラベルの境界を開く。
行く先は冬真っただ中の魔女の森の奥。
ネレアは「ノエル、ありがとう」と伝えてから、
「ニルダお母様。この先は安全な場所です」
「よくわからないけれど、わかったということにするわ。でも、黙って行くわけには行かないから書き置きくらいさせてちょうだい」
ニルダは急いで書き置きを残す。
──安全だと思えるまでは戻りません。
ニルダは初めて、ファストトラベルを跨いだ。
「ブラン様。ネレアです」
魔女の森は雪景色。
辺り一面が真っ白。
王城では夕食時だったため、ここも日が陰り薄暗くなりつつある。
日差しが弱い冬の魔女の森は冷え込みが厳しい。
三人が三人、寒さで身体が凍えた。
ブランはすぐに玄関の扉を開く。
「どうした──。ニルダ様までいらっしゃって……何かあったのかい?」
ブランはすぐに部屋に三人を迎え入れて事情を聞いた。
「そうか──そうなら今頃大騒ぎだろうね。わたくしが様子を見に行くのはやぶさかでない。明日の朝、ネレア殿下とノエル殿下をお迎えに上がる時間に城内の様子を伺うことにするよ。それよりも、食事を済ませられなかったようだから、これから食事を用意するよ」
ブランはすぐに調理に取り掛かる。
しばらくして──。
「お魚料理がこんなに美味しいだなんて……」
ニルダがブランの料理に舌鼓を打つ。
ピオニア王国では食べることのない海水魚。
今日の料理はヒラメのソテーだった。
焼くだけなので簡単に素早くできる。
それからヒラメを酢漬けにしたマリネ。
生に近い状態で口に入れることが憚られたが口にしてみたら臭みがまったくなくあっさりとした風味で、これが同じ魚料理なのかと驚いたほど。
「お母様、ブラン様の料理、とても美味しいですよ」
ノエルも言う。
食に目がないネレアは黙々と食事を口に運んでいた。
そういうところなのだ──と、ノエルは幼いながらネレアをジト目して見ている。
あたしが居なかったら絶対死んでたね──ノエルは思った。
「ブラン様、ありがとうございます。落ち着きました」
食事が一段落すると、口から運び込まれた幸福感も相まって落ち着きを取り戻したニルダは、ブランに恭しく頭を下げて感謝を伝える。
「どういたしまして──では、落ち着いたということで寝られる場所に移動することにしよう。ここでは皆さんをお泊めするものがないし、十分な暖房設備がないのでね。詳しいお話もそこで聞こう」
ブランはそう言ってファストトラベルを開く。
行く先はマトリカライア王国の王都レクティータ。
王城の正門に近い大きな屋敷の前である。
真っ白な建物と、降り積もる雪が幻想的に見えた。
移動し終えると屋敷の門をブランが開く。
「ここはわたくしのもともとの家でね。サクヤ殿下も一度、来たことがあるんだ。我が家と思って自由に使っていただければと思う」
室内は魔道具で一定の温度が保たれている。
「あったかーい」
ノエルは胸をなでおろす。
魔女の森で過ごすには薄着だった。
ニルダもネレアも屋敷内の暖かさに胸の内が緩む。
「こんなに暖かくなるものなのですね」
「暖房機能を有する魔道具が働いているんだ。ここなら夜ももっと明るい。もし本を読まれるのであれば、私の家から持ってくると良いだろう」
ブランはそう言うものの、ブランの家にある本はマトリカライア王国時代の大陸語。
ニルダは当然読むことができない。
しかし、ネレアとノエルには読める。
サクヤが残したメモのおかげで二人のいもうとは古い大陸語を覚えられた。
「部屋にはベッドが置いてあるから、わたくしの部屋以外ならどの部屋でも自由に使って良い」
サクヤをレクティータにつれてきてから以降、少しずつ手を加え、清掃などの手入れをしている。
自身が育った部屋を開けても良いのだが千年を生きる魔女であっても、幼い頃に積み重ねた歴史もあり、他人を招くのは気恥ずかしい。
それに、ブランの部屋に入れば、彼女の本当の名を知ることになるだろう。
サクヤには知られてしまったが、他の誰にも自分の名を明かす気はない。
とはいえ、今回、家に招いた彼女たちはサクヤと違い、魔法で施錠した鍵を勝手に開けるということは出来ないはず。
サクヤとは違うのだと思うと、ブランは七年ほど前の記憶が蘇り、口端に微かな笑みを浮かべた。
室内の全てが純白──。
それが彼女たちには極めて神聖で美しいと感じさせた。
千年前、マトリカライア王国の王都レクティータが悪魔に襲われた日。
ブランの権能と、ブランへの呪いが暴威と化し、悪魔は暴虐の限りを尽くし、天使はあらゆるものを浄化した。
その中心がブランが連れてきたジャスマイン公爵家邸宅の前に聳える王城の中、そこに呪われた心臓が今も脈打ち、その心臓に刻まれた聖女の権能によって魔界の門を封じている。
聖女の権能は神聖な魔力を生み続ける。
天使は聖女の魔力を糧に、悪魔たちと争い、過度な浄化を施したため、この辺り一帯は全ての色が失われた。
それはジャスマイン邸宅内も同様。
天使の浄化による神聖な魔力の残滓が人間には神々しく感じられる。
「ありがとうございます。ブラン様のお言葉に甘えさせていただきます」
ここなら安全だ──ニルダは確信した。
「ブラン様、ここには本はございませんの?」
ネレアはブランの足元に近寄って訊く。
ブランの家では本をよく読んでいた。ネレアが最近好んで読むのはサクヤの愛読書であるアステレイシア先史魔法書。
サクヤが読んでいるからという理由で読み始めた数々の魔導書の中でも最も特異なこの魔法書はネレアの嗜好にドハマリしていた。
記載されている魔法の多くはネレアが使うには魔力が足りないが、それでも、魔法の面白さを掘り下げる内容で、魔法で〝遊ぶ〟には最高の手引書である。
そうやって古代魔法を覚えていくネレアをブランは傍で見てるが、やはりサクヤ殿下は馬鹿げていると実感していた。
無尽蔵な魔力を持つサクヤ。彼が使う魔法は古代魔法に限られるものの、ブランが知る魔法とは大きくかけ離れた破壊力を持つに至っている。
サクヤ本人に自覚がないのだが──。
ともあれ、この邸宅には本がそれほど残されていない。
ブランはネレアにそれを伝えることにした。
「ここにあった本は森の家に運んだんだ。だから、読みたい本があればノエル殿下と一緒に取りに行けば良い。城の方にも本があるから、明日、明るくなってから案内しよう」
ブランの言葉を聞いてネレアは喜んだ。
「あの大きなお城に入れるのですね?」
「ああ、そうだよ。明日はレクティータ城を案内しよう。城にはゲブラ大図書館が併設されている。そこでお好きな書物を探すと良いだろう」
以前サクヤに紹介した禁書庫とは違う書庫をブランは提案する。
これはブランの明確な線引のひとつでもあった。
サクヤは聖女の魂を救済しうる存在に成長する──そんな確信があったからサクヤを禁書庫に入れた。
禁書庫で得られる知識や魔法はネレアやノエルでは手に余る。
だから、マトリカライア王国が広く民に公開していた書物を保管するゲブラ大図書館に彼女たちを連れていくことにした。
「私もご一緒しても構いませんか?」
ニルダも城の様子を気にしていた。
ブランは「もちろん、ニルダ様もご案内いたしましょう」と応じる。
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