ラクティフローラ地下水道④

 一階層の広さは王都の広さと全く同じ──というか、十階層まで全く同じ広さのこのダンジョン。

 低階層は上水道と下水道が通っていて臭いが酷い。

 それでもゴブリンの臭いよりずっとマシだから俺は耐えられる。


「魔物はそれなりにいるみたいだね」

「わかるんです?」

「ああ、魔物は魔力を持っているからね」


 お師匠様はおそらく魔女の権能とやらで魔物の魔力を感知することで索敵として機能させることができるんだろう。

 なるほど。そういうことなら俺も真似をしてみよう。

 すると、確かに魔力の塊をうっすらと感じ取れる。

 動いているのがわかるからこれが魔物の魔力か。


「本当だ……魔力でわかるんですね」

「くっくっく。それだけの説明だけですぐに出来てしまうサクヤ殿下の理解力にはいつも驚かされるよ」


 お師匠様は嬉しげな声で笑って俺を褒めてくれた。

 こうしてすぐにわかるのは前世の記憶が有利に働いてる。

 前世で遊んだゲームや読み漁ったライトノベルの記憶を頼りに想像力を働かせると上手くできることが多かった。

 けど、前世の記憶を持たない本来の俺──ゲーム内のサクヤは数多のユニークな魔法を使っていたけど索敵なんかは出来てなかったから、こういう機会があればできたのかもしれない。

 そう思えるほど、このサクヤという人間のスペックは高いのではないだろうか。

 とはいえ、勉強ができるのは前世の俺、朔哉のおかげだというのは間違いないと思えるほど痛烈に自覚していたりする。

 俺に前世の記憶を与えてくれてありがとうと毎日のように感謝してる。

 今、お師匠様と並び立つとちょうど大きな胸のあたりが俺の視線。

 お師匠様の傍は俺にとっては特別な場所であり、今は特別な時間を過ごしていると実感する。

 ゲームでのスペック通りに成長したらこの長身のお師匠様を俺は抜いてしまうからね。

 視界に映るこの迫力のあるものは今しか堪能できないのだ。

 お師匠様の胸に目線を向けていたら、その向こうにエウフェミアの顔が見えた。

 おっぱいを見ていたのがバレて怪訝な顔をしている……。

 エウフェミアは俺をジト目で流し見てから、お師匠様に向かって──


「何がわかるんでしょうか?」


──と、聞いた。

 俺とお師匠様の話を気にしたらしいエウフェミアに、魔物の索敵に魔力の感知能力が使えることを説明する。


「このように魔力を視ると、魔物の所在がわかるということね」

「そういうことだ。エウフェミア様はわたくしと同じだね」


 エウフェミアはお師匠様と同じ権能を持っているから同じ見え方らしい。

 俺には、そこに魔力のうねりを感じるだけで決してお師匠様やエウフェミアのように視えるわけではない。

 で、俺はその魔力のうねりがどんな質をもって編まれているのかで、魔物の属性を識ることができた。

 お師匠様は鑑定を持っているから鑑定で分析したら魔物の個体までわかるんじゃないかな。

 エウフェミアは鑑定がないから俺と似た感じで視た魔物の魔力の質で分析ができるはず。

 権能と特技スキルが補助するから俺よりずっと詳しく把握できるだろう。

 何とも羨ましい話だ。

 権能やスキルがあれば上達は早い。

 エウフェミアは俺なんかあっという間に超えるに違いない。

 俺みたいな無能者のゴミと結婚したくないとゴネて婚約が破棄されるのも悪くないが、彼女の性格上、それはない。

 俺が王位継承権を放棄する予定である十五歳の誕生日の日になるまでエウフェミアは俺の婚約者として、未来の王妃となるために惜しむことなく努力をし続けるだろう。

 生真面目で厳しいのがエウフェミア。それも他人に対してではなく自分に対してもだ。

 とはいえ──


「ということは私もブラン様のようになれるということでしょうか?」


 と、目をキラキラさせるあたり、彼女も十歳になったばかりの少女なのだ。


「わたくしのように──か……」


 お師匠様は小さく言葉を放ち「エウフェミア様なら、きっと……」とエウフェミアの頭を撫でた。


「さあ、そうなるために、魔物を倒していこうか」


 そうして俺たちは魔物の群れの方向に歩みを進める。

 最初の魔物はスライムだった。

 ゲーム内での名称はラクティ・スライム。

 魔核と呼ばれる核の色で属性を推測してその正反する属性魔法で仕留めていくのがセオリーだった。

 ラクティフローラ地下水道の一階層はスライムやネズミ型の魔物が主体。レベルが26〜28くらいとエウフェミアから見れば即死もありうる強敵だけど威圧などの攻撃がないので無力化すればエウフェミアでも倒せる。


「サクヤ殿下、核だけ残して吹き飛ばしてくれ」

「わかりました」


 お師匠様の言葉に従い、俺は魔力を練って半粘性のスライムの身体を風魔法で弾き飛ばす。

 久しぶりに魔物と戦ったけど、慌てたりすることなく冷静に対処が出来た。

 スライムの核を防護しつつ、風魔法を放った。

 それくらいの魔力制御はできるようになったらしい。実戦で試したことがなかったから、どれほどの効果を発揮できるのか予測できない。

 それでも加減が良かったのかスライムの核が露わに。

 お師匠様はそれを見て──


「よくやった。サクヤ殿下! さあ、エウフェミア様! トドメを!」


──と、褒めてくれて、それからエウフェミアにトドメを刺させる。


「はい!」


 エウフェミアは意気込んでステッキで核を殴るが核が割れない。

 ああ、あのステッキってもしかして……。

 ゲーム中ではシナリオ開始直後──レベル5のソフロニオが持つ『きぞくのステッキ』という初級のステッキだった。


「エウフェミア様、これを使ってください!」


 エウフェミアに駆け寄って、腰からミスリルショートソードを外して手渡した。

 装備できるかどうかはわからないけど、白の魔女が剣を持ったイラストがあったし、魔道士じゃなくて魔女なら装備できるんじゃないか。

 エウフェミアが俺から短剣を受け取ると、切っ先をスライムの核に突き立てた。


──カーーンッ!


 乾いた音が響いて核が割れる。


「あと2体ッ!」


 一匹倒したがまだスライムはいる。

 お師匠様が一体の身体を吹き飛ばして「核を割れ」と指示を送る。


「はい!」


 さらに一体、エウフェミアはスライムの核を割る。

 最後の一体の身体を俺が魔法で吹き飛ばして、最後の核をエウフェミアに割らせた。

 戦闘が終わり、お師匠様がエウフェミアを鑑定。


「レベル7まで上がったか。上々だな。この調子で次に行こう」


 本来なら六人パーティで挑むが三人での討伐のため階位素子と呼ばれる経験値は二倍。フィニッシュボーナスで1.5倍となるので効率は三倍。

 それでレベル1から7まで一気に上がったのだからお師匠様の言葉通り、結果としては上々。

 エウフェミアは初めてのレベルアップに戸惑いを見せていたが、休む間もなく、お師匠様の先導で次の魔物の群れに向かう。

 次の魔物はネズミ──ラクティ・ラットというラクティフローラ地下水道に出現するネズミ型の魔物だった。

 以前の俺なら倒すのに苦労したけれど、今ならもっと楽に対応できる。

 お師匠様が俺に視線を向ける中、俺はラクティ・ラットの群れの足元を凍らせて素早いネズミの足を封じた。

 身動きができなければ素早さと攻撃力があるネズミでも狙い澄まして剣先で打てば即死級のダメージを受ける。


「やるじゃないか。サクヤ殿下」


 周囲のラクティ・ラットは足元が凍り付いて身動きが取れないバインドという状態に陥っていた。

 確認している八体のラクティ・ラット。

 このゲームのラットは仲間を呼ぶ。

 残しておけば次々と仲間を呼んで経験値の糧になる。


「お師匠様、エウフェミア様。ネズミは一匹だけ残しておいてください。それ以外はエウフェミア様が刈り取って良いですから」


 お師匠様は何か気になったのか納得しきれない様子を見せたけど「わかった」と答えてくれた。

 エウフェミアは魔物との戦闘になれていないからか聞こえてくる声に従うので精一杯。

 俺はラクティ・ラットが動き出さないようにバインド状態を維持。

 エウフェミアが何匹かのネズミを仕留め、残り三匹ほどに減ったラクティ・ラットの一匹が仲間を呼んだ。

 すると、また、仲間を呼ぶラクティ・ラット。

 あっという間に八匹の群れに戻った。

 新しく現れたネズミに水属性魔法の派生魔法で足元を凍らせて身動きを封じる。

 エウフェミアがまた何匹かトドメをさしているうちにラクティ・ラットは仲間を呼ぶ。

 仲間を助けにやってきたラクティ・ラットに俺は再び動きを封じる。

 そうしてキリのない戦いを繰り返して二時間ほど経過するとエウフェミアの疲労が限界を迎えそうだったのでラクティ・ラットの群れを倒して戦闘を終えた。


「もう、腕が上がりません……」


 エウフェミアはもう立っているのも厳しいのかその場でへたり込んで腕を下ろした。


「もうしわけありません。効率を重視しすぎてエウフェミア様の体力まで考慮しませんでした」


 俺が謝ると、エウフェミアは申し訳無さそうな顔をして


「いいえ。けれどおかげでかなりレベルが上がった感触がありました」


 と、そう言い、お師匠様がエウフェミアを鑑定する。


「レベル27……休まず戦ったとは言え、かなりのものだ。ここの魔物がレベル26前後が多いことを考えるとこれで十分だろう」

「では、これで……」


 思った以上にレベルが上がり、当初のレベル20に到達という目標は果たされた。


「これで良いだろう。予定より早いが家に戻ろうか。エウフェミア様、ファストトラベルを使ってみましょうか。場所はわたくしの家にしよう」


 お師匠様はエウフェミアにファストトラベルの使用を促す。

 ファストトラベルはスキルだからある程度理屈が分かればスキルが補助してくれるらしい。


「わかりました。やってみます」


 エウフェミアは立ち上がり、何もない空間に手をかざす。

 手をかざした先の空間に境界が生じてもともと見えていた景色にファストトラベルの行き先の景色が重なる。

 やがて境界の中にファストトラベルの目的地の景色が鮮明に映り、それから境界を跨いで移動が可能となる。


「上出来だね。では行こうか。サクヤ殿下も行くよ」


 お師匠様の言葉で俺からファストトラベルの境界を越える。

 俺が最初にファストトラベルを跨ぐのは俺が使えないから。

 エウフェミアが初めて使ったファストトラベルを俺が一番最初に潜ったのは何だか特別感がある。

 けれど、羨ましくもある。

 結局、俺は無能者として扱われ始めていて、ピオニア王国では他人に評価されるものを何一つ持っていない。

 [呪われた永遠のエレジー]のサクヤ・ピオニアもおそらく無能者として育ったはずだ。でも、学園では王太子だったし、エウフェミアとも婚約をしていた。

 ストーリー中ではソフロニオに無用に絡まれるシーンは多かったが孤立している雰囲気は確かにあったし、ここぞというときにしか登場しない。

 孤高の王子──と、言えば聞こえは良いけど、単なるボッチなんだよな。

 ソフロニオやヒロインと同じクラスで教師は攻略対象。

 エウフェミアが所属した優秀な人間が集うクラスではなく、やや落ちこぼれてるクラスだった。

 王太子なのに何故?

 と、俺(朔哉)は攻略を始めるたびに思ったものだ。

 こうして前世の記憶を持って生まれ変わり、ゲームの世界を追体験している現状。

 しかもまだゲームの舞台は当分先で、逆ハーレムエンドだけは是が非でも避けたいと思って今を生きてる。

 だと言うのに〝無能者〟と扱われることが存外に心が痛い。

 ファストトラベルを跨いで振り返ると、境界の向こうにはエウフェミアとお師匠様の姿が見える。

 持つものと持たざるものの隔たりのように俺には感じられた。

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