ラクティフローラ地下水道①

 翌朝。

 母上は目を覚まさなかった。

 死んではいない──ということだけは聞いたけど、母上の病状が悪化して父上は怒ってた。

 俺を迎えに来たお師匠様に父上は激昂。


「どうしてくれるんだ!? お前の言葉を信じてやったんだぞ! なのになぜニルダは目を覚まさない!?」


 お師匠様が何を言っても父上は耳を貸さない。

 お師匠様は冷静に、


「ニルダ様はある種の状態異常で付け焼き刃の延命処置をしているだけに過ぎません。この状態異常を治療するには特殊な薬が必要になりますが、薬や材料の所在が不明で入手が難しく、現時点でも手がかりがつかめない状況です。お役に立てず大変申し訳ございませんが……」


 そう返しているけど、父上は怒鳴り散らしているだけだった。


「このままニルダが治らなかったら講師の件もそこまでだ。わかったな」


 父上は捨て台詞を吐いて俺の部屋から出ていった。


「お師匠様……」

「済まない。役に立てなくて。今日は休みにしよう」


 白の魔女は言葉少なく引き返していった。

 取り残された俺とマイラ、そして、ネレア。


「ボク、お師匠様を追いかけます」


 俺は部屋を飛び出して階段をかけおりた。


「殿下! どちらに行かれるんですか?」


 衛兵に聞かれたので俺は聞き返す。


「背の高い女性が通りませんでしたか?」

「城から出ていかれました」

「ありがとう。急用で追いかけてるんです」


 そう言って俺は走って城を抜け出し、城門で再び衛兵に止められた。

 同じく聞いて同じく答えられて同じく返す。


「急いで追いかけてるんです」


 俺一人で普通に出ていけた。

 この城、チョロくない?

 セキュリティ、やばたん。

 お師匠様は特殊な薬が必要でその在処がわからないと言っていた。

 なら、俺が行くしかない。

 俺は知っている。


──アムリタの輝水。


 中級ダンジョン、ラクティフローラ地下水道の全十層の最下層。

 ダンジョンボスを倒した先にあるセーフティーエリアの貴重な湧き水。

 ゲームではパーティーで一つしか所持できないレアアイテム。それを使うとパーティー全員のHP/MP/状態異常を完全回復する万能治療薬だった。

 何故、そんなところにそんなアイテムがあるのかというと、このセーフティーエリアの先にゲームクリア後に挑戦可能な隠しダンジョンが存在する。

 隠しダンジョンは難易度が高いため、セーフティーエリアと回復アイテムが用意されていたのだろう。

 要するに難しいコンテンツに挑戦する勇者のための手向けだよね。

 で、この地下水道はストーリーの攻略には関係ないんだけど、武器や防具などの装備品やポーションの類がゲットできて、中でも装備品は終盤まで使えるものがあったりと、なかなか重宝するダンジョンだった。

 推奨レベルは32。

 俺(サクヤ)は初級ダンジョンにしか潜ったことがないから、現状はレベル10程度じゃないかな。

 魔物と対峙するのが不可能とも思えるレベル差だ。

 一撃を喰らえば間違いなく即死とかそういう力量の差。

 本来ならそんなレベルで挑むなんてとんでもない──でも、ここに潜らなければ母上は助からず、俺はお師匠様から引き剥がされてしまう。

 地下水道の入り口は貴族街の教会の裏に地下水道に繋がる井戸がある。教会は師匠の家とは反対側になるけれど、俺は師匠を追いかけるのを止めて教会を──リリウム教キャンディダム教院の教会を目指した。

 水道が行き渡っている王都なので井戸はもう使用されていない。

 けれど、この井戸は埋められずに蓋だけされた状態で残っていた。

 井戸の蓋を開けて俺はそこに入る。

 落ちないように手足で井戸の壁を押さえながらゆっくり下りた。

 井戸の底には数人の大人が立てる程度の広さがあり、こじんまりとした扉が見える。

 この扉を開けると地下水道。

 俺はラクティフローラ地下水道に足を踏み入れた。

 地下水道には数々の魔物が生存する。

 スライム、ネズミ、さまざまな虫、爬虫類、両生類──それらの見た目に近い魔物が棲息。

 この地下水道の特筆するべき点は階層ごとの広さ。

 一フロアが王都並みに広い。ゲームだったら一階層の探索に数十分かけていたが、今回は時間をかけられないので最低限、装備を拾ってレベルを上げて宝箱からポーション類を入手して攻略を進める。

 今、魔物に襲われると俺には対抗手段が魔法しかない。

 お師匠様から教わった魔法。ここはダンジョンだから火属性魔法は止めておいたほうが良さそうだ。

 あと、浅い階層では水を凍らせたりすると水道が止まってしまうのでそれもNG。

 風属性か土属性の魔法ということになる。

 地下水道に入ってしばらく──。

 俺は武器を探した。

 六歳の小さな身体の俺が持って負担にならない武器。

 このフロアにはミスリルショートソードが入った宝箱がある。

 序盤から中盤に差し掛かるところで攻略ルートに入るシミオンの装備品で中盤を通して使える逸品。

 身体の小さなシミオンは探索と魔法に優れたサブアタッカー枠で探索向きとされていた。

 そのシミオンの装備品を俺(サクヤ)六歳が先んじてもらうことにする。

 ゲームのルートに入らなくなるし良いよね? 大丈夫だよね?

 心に言い聞かせながら地下水道を歩いた。

 地下水道は暗い。

 明かりが差し込まないので、魔法で光を出して周囲を照らしながらの探索。

 ん。記憶の中と何一つ変わらない。

 ただ、思っていたよりエンカウント率が低い。

 レベルも上げておきたいが、武器やアイテムも欲しい。

 きょろきょろして歩いていたら物陰で動く影を見つけた。

 立ち止まって警戒。

 様子を見ることにした。

 土属性魔法で石弾を待機させて物陰を覗く。

 すると、ネズミ型の魔物が飛び出してきた。


「ギィギィ──ッ!」


 俺の前に現れたオオネズミの群れ。

 俺は弱い。だから、先制攻撃を仕掛けた。

 待機させていた石弾では足りないがとにかくその石弾でオオネズミを撃つ。

 直ぐに魔法を発動させて追撃。

 それでも間に合わず、俺に向かってくるオオネズミ。

 高い鳴き声がけたたましい。

 ところどころ噛まれてめちゃくちゃ痛い。

 きっとどこかの肉が削がれて失ってるんじゃないか。

 痛みに耐えきれず俺は風属性でオオネズミを払った。

 俺の両腕は血だらけで左手は力を入れても動かない。

 足の肉も喰われてる。

 残ったオオネズミは三匹。倒したオオネズミは八匹。

 階位素子とか言う経験値を得てはいる。

 回復魔法をかけても良いけど回復を待つ余裕は無い。

 痛みを堪えて倒すしかない。

 ゲームでも回復魔法をかけると回復魔法をかけられたメンバーの行動順がひとつかふたつほど下がってた。

 それを考えたらソロで挑んでいる今、ここで回復魔法をかけるのは愚策。

 先に倒してしまおうと再び石弾を放った。

 石弾は二匹のオオネズミを砕いて絶命させたが、残った一匹が俺に食らいついた。

 俺の左腕に噛みつき離れない。

 痛い……痛いッ!

 左手のオオネズミの頭を右手で叩く。

 くそっ! なかなか離れない。

 師匠が許可をしたとき以外に禁じられている身体強化を使って再びオオネズミを叩く。

 今度は叩いた手が痛い。

 でもオオネズミの頭を砕いた感触があった。

 何とか倒せたけど、満身創痍。

 戦闘が終わって階位素子が俺の身体に取り込まれた。

 身体を激しく駆け巡る充足感。

 久し振りのレベルアップだった。たぶん。

 このオオネズミはたぶんレベル26とかそのくらいだろう。

 とにかく戦闘が終わってホッとした俺は回復魔法をかけた。

 回復し切るまで時間がかかる。その間、少しここで休むことにした。


 回復するまでどれだけかかっただろう。

 お師匠様から魔法を教わったお陰で回復魔法を使えるようになった。

 曰く、俺の魔力はとても多いらしいが、身体は子ども。

 扱いきれない魔力が俺の身体を蝕むことがあるのだと教えてくれた。

 それで魔力量の調整方法を教えてくれた──というか最初はそれを徹底的に練習させられた。

 お師匠様がいなかったらこうしてダンジョンにソロで挑めていないし、今みたいな状態で回復魔法で何とか持ちこたえるということも出来なかったはず。

 嗚呼、美しいだけじゃなく、俺に希望を与えてくれたお師匠様。

 こうして痛みを堪えて回復を待っていると頭の中にはお師匠様がはにかんで怒る姿が目に浮かぶ。

 早く大人になりたいなぁ──。

 でも、ここで頑張らないと、俺はお師匠様と引き離されてしまう。

 まだ少し痛む身体にムチを打って立ち上がる。

 ん。身体の調子が少し上がった。

 本当に久し振りのレベルアップ。

 最後にレベルが上がったのは一年と半年以上前だ。ロニーとダンジョンに行った最後も上がらなかったからね。

 とはいえ、レベルが上がったと喜ぶのは時期尚早。

 喜ぶのはアムリタの輝水を持ち帰ってからで良い。とにかく今は武器だ。武器を取りに行こう。

 と、そうは言っても問屋がおろさないのがダンジョンというもの。

 移動を開始した途端にスライムが現れた。

 [呪われた永遠のエレジー]のスライムは強い。

 物理攻撃が全く通用しないから魔法で──となるが、スライムにはそれぞれ属性を持っていてその属性に反する魔法でないとダメージを与えられない。

 で、スライムはどれも同じ色。核の色だけが異なるため、核の色を見て判断しなければならない。

 ゲームなら核が光っていて直ぐに分かるのに、目の前にいるスライムの核は淀んでいて薄暗いから色がよくわからない。


「マジかよ……」


 思わず声が漏れる。

 目の前のスライムは二体。

 これも苦戦しそうだ。

 構えていたら、足元がジリジリを熱くなった。

 スライムが既に襲ってきていた。


「ヤバッ!」


 後ろに後ずさろうとしたら足が取られて後ろ向きに転倒。

 するとすかさずスライムが迫ってくる。

 マズいッ!

 風属性魔法で追い払おうとしたが微々たる効果しか無く押し止めることすらできず。

 更に迫りくるスライムの粘液。

 既に足が焼かれてひりついて痛い。

 咄嗟に闇属性魔法を使って何とか離れることが出来た。

 靴やズボンが溶けて足の皮膚が爛れて血が滲み出てる。

 もう少し遅かったら完全にヤラれてた。

 まず明かり!!

 光属性魔法で光を放つ。

 俺の魔法は魔力制御がまだ雑なので地下水道が一気に明るくなった。

 どっちも核が赤い!

 弱点が分かればレベル差をひっくり返せる。

 水属性魔法──水砲を思いっきり打ち付けてやった。

 反属性魔法を当てられたスライムは核が変色してヒビが入り、ボロボロと崩れる。

 粘性の液体は個体として維持できなくなりドロドロと広がってただの水たまりと化した。ちょっとネバネバしているのは元がスライムだったということだろうけど。

 戦闘が終わり、階位素子が俺の身体に流れ込んだ。

 オオネズミ戦に続いて再びレベルアップした感覚。

 とは言え、この戦闘も身体がボロボロ……。

 俺はその場に座り込んで回復魔法を使った。

 また、回復が進むまで休んでよう。

 そんなことより、靴を失い長いズボンが半ズボンになった。

 防具の回収もしなければならないな。

 防具ってこの小さな身体で装備できるのか。

 そう思ったけど、ゲームでは身体の大きなロニーや小柄なシミオンで防具の受け渡しをして装備できていたからここでもできるのかも知れないな。

 裸足で歩き続けるのはキツい。

 武器と防具を先に回収しよう。

 魔力はやっぱり余裕がある。お師匠様の言うとおりなのかも知れない。

 余裕がないのは体力だけ。身体強化をすると体力を使うから消耗が激しいんだろう。

 それで痛むなら回復魔法で戻すことはできるみたいだけど。

 とにかく、浅い階層ならギリギリで勝てる──下手したら死ぬかも知れないけど、ギリギリで勝てた。

 なら、ここで少し魔物を倒してから階層を越えていくべきか。

 やっぱり武器だな。あと防具。ポーションは道すがら取れそうなものだけ回収しよう。

 ゲームと違ってインベントリという便利なものがないし持てるものには限りがある。

 ということで、ある程度回復してきたので俺は再び歩みを進めることにした。

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