乙女ゲームの攻略対象イケメンキャラに転生したけど逆ハーレムエンドは絶対に嫌なんです
ささくれ厨
プロローグ
仕事が終わって家に帰るとおふくろが料理を作って待ってくれている。
「ただいまー」
築三十八年になる我が家は俺の物心が付く前に亡くなった父がおふくろと俺に遺してくれた財産。
家に入ると料理を準備したおふくろがリビングのソファーに背凭れて携帯型ゲーム機でゲームをしていた。
十年以上もよく続けられるよな。
おふくろがプレイしているのは[呪われた
推奨プレイ年齢が十二歳以上とされているこのコマンド選択型ロールプレイングゲームは割と性的表現がキツく、俺の性的嗜好にハマらない。
だと言うのに、おふくろは事あるごとに俺にゲームの攻略を手伝わせた。
「朔哉、おかえり」
「まだ、やってたの?」
「やることないしねー。これしかなくてさー」
「ごはんは?」
「テーブルの上ー。まだ温かいはず」
「りょー」
簡単に言葉を交わして二階の子ども部屋──俺の部屋で部屋着に着替えてくる。
こう見えて俺は一応、エンジニア。
システム開発をしているのだ。
職場はラフな格好でもいいが見栄えを気にしてノーネクタイのカジュアルな装いで仕事に通っている。
なので、家に帰ったらラフな部屋着に着替える──と言っても、高校時代のジャージに着替えるだけだけど──。
もう春になるとはいえ、少し肌寒い桜の季節。
上着まで着て俺はリビングに戻った。
俺はリビングですやすやとゲームをしながら眠りこけているおふくろを横目にダイニングテーブルに座って「いただきます」と声にしてから食事を摂る。
いつもはおふくろと会話をしながらの晩ご飯だが、今日は珍しくおふくろはおとなしく眠っている。
ゲーム機の画面はまだついたまま。
いつぞやの時代の黙食みたいで味気ない。
喋らないから食べ終わるのもすぐだった。
帰ってくる時間を見越して作ってくれたおふくろの飯。
食べ終わったら「ごちそうさま」と食器をキッチンに運ぶ。
いつもなら「洗うから置いておいてー」と声が返ってくるのに、余程疲れていたのか声がする気配が一向にない。
だから俺は使った食器を洗ってリビングに戻る。
「おふくろ。そんなところで寝てたら風邪引くぞ」
部屋はまだ少し寒い。
うちはおふくろが働いていないからそれほど裕福というわけではないので、おふくろはいつもストーブなどつけずに過ごしていた。
声をかけても返事がない。
「おふくろ……」
間近で見るともう還暦をゆうに超えているというのに若々しく見える美魔女である。
下着で支えているからか体型もかなりのものなのだが──。
「おふくろ?」
おふくろの顔から血の気が引いていて………。
息をしていなかった────。
携帯型ゲーム機の画面はプロローグ。
もう何周もしてただろうに、また、始めから遊ぼうとしていたのか……。
最初からヤる度に俺に聞いてきて難しいところは俺に手伝わせる。
そんな日常がずっと続くのかとばかり……。
まだ、そんなに経っていないはずだ──そう思って俺は直ぐに救急車を呼んだ。
あれから忙しい日々が続いて、俺はすっかりやる気が失せていた。
数ヶ月前に仕事を退職して、おふくろが遊んでいたゲーム機で呪われた
この歳になってガチのボッチ。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな容姿のおふくろの遺影を目にする俺もそれなりの容姿でそれなりにモテていた。
おかげさまで幼少期には心無いおっさんやおばちゃんから性的なイタズラをされて過ごして軽くPTSDとやらになっている。
何人かの女の子とも付き合ったけど──
「朔ちゃんってモテるじゃん? ウチじゃなくても全然だいじょうぶ!」
なんて言われて別れを告げられることがしばしば。
遊ばれそうとか言われて避けられたり、近寄ってくるのは男遊びしたい性に飢えた人妻だったり──。
そうして俺の身近な女性はおふくろだけになったわけだけど、そのおふくろも今はいない。
おふくろの葬式にはたくさんの女性が来てくれたけど男性は少なかった。
祖父母は既に他界していておふくろも俺も兄弟がいない。
俺もおふくろも孤独だったのだ。
四十歳の誕生日。
冷蔵庫に何もないので肉の●●というスーパーマーケットに買い物に行った。
「今日はせっかくだし、おふくろが好きだったエビフライでも作って食べるか」
そう思って一番でっかいエビを買って帰るその途中。
目の前の女の子が青信号になったことを確認して道路を横断しようとする。
交差点から大型トラックが信号を無視して猛スピードで突っ込んできたが女の子は気が付かない。
「危ないッ!」
女の子を引っ張って歩道に投げたがその反動で車道に出てしまった俺はトラックに跳ねられた。
「きゃーーーーーーッ!!」
ぶつかった瞬間、女の子の悲鳴が聞こえたがそれからは何も聞こえない。
目が見えないし、周りがどうなっているのかわからない。
でも、これだけは分かった。
(嗚呼、俺、これで死ぬんだな……)
結婚して子どもを作って自分の家族を持ってみたい──そんな人生だった。
眠るように意識が闇に呑まれた──
──のはずだった。
闇が反転して、まばゆい世界に俺は降り立った。
物心が着いた俺はサクヤ・ピオニアと言う名の第一王子。
聞き覚えのある名前──。
俺のもう一つの名前に良く似た呼び名である。
そう。俺は生まれ変わった。
ピオニア王国の国王、ナサニエル・ピオニアと正妃のニルダ・ピオニアの間に生まれた第一子。
偶然にもおふくろが好んで遊んでた[呪われた
本当にそうなのか?
俺は疑って記憶を振り返る。
サクヤにはヒロインの攻略対象となる弟のシミオンがいるが、シミオンは生まれたばかりの弟だ。
物心がついた俺は母上に会いに行こうとしていたところだった。
侍女が俺の傍にいて俺のお願いを待っている。
俺が移動するには彼女の付き添いが必要だった。
「マイラ様、母上のところに行きたいんだけど良いかな?」
純白の前掛けにパニエで膨らんだスカートのワンピース。
胸を強調するシャツで彼女の乳房の大きさがよく分かる。露出は少ないのに女性の胸が目立っていてとてもエッチな服装だ。
「宜しいですよ。ニルダ様にはいつでも連れてらっしゃいと仰せつかっておりますから、お付き添いいたします」
ということで部屋を出た。
ゲームではHD−2Dという美麗な2D風の3Dグラフィックのマップだったが、今歩いてる城内はゲームと同じで見覚えがあるものしかない。
これだけで確信できるものがあった。
「ニルダ様。サクヤ殿下をお連れいたしました」
部屋の扉のまででマイラが中に向かって声を発する。
すると、中から女声が返ってきた。
「どうぞ」
母上の返事が扉越しに届くと、マイラが扉を開いて俺の入室を促す。
部屋に入ると中には純白のベッドがまず最初に目に入った。そしてそこに身体を起こして足を伸ばし、シミオンを抱きかかえる母上──ニルダ・ピオニアの姿が。
ほう、これはべっぴんさん。
まだ二十歳そこそこの年齢じゃなかろうか。化粧をしていないというのにこの美貌。
旦那さん、隅に置けないね。
母上が抱く俺の弟はとても可愛い。
シミオンは成長してもそれほど大きくならない。
シミオン攻略ルートのトゥルーエンドでは大人の姿らしいシミオンを見られるのだが、まるで少年のような出で立ちでお姉様の性的嗜好を刺激するそうだ。
要するにショタってやつだ。
とはいえ、弟ということで俺もシミオンに対する愛着がとても強い。
手を伸ばすとキャッキャいって俺の指を掴んでくるんだ。
「シミオンはサクヤが大好きなのね」
母上はそう言ってニコニコする。
幸せそうに俺の頬を撫でておでこにキスをしてくれるんだけどこれがまたいい匂いがして心が奮う。
「ボク、母上もシミオンも大好きです」
そう応えると母上は俺の頭を撫でてくれた。
シミオンを確認した俺は──
「遊びに行ってきます」
と、母上の私室を侍女のマイラと出る。
次に向かうのは中庭。
俺の記憶ではここで一歳年下で腹違いの弟のスタンリーとよく遊ぶ。
「お兄様!」
俺を見つけたスタンリーが手を降って呼ぶ。
「スタンリー! 何してたの?」
「ここの土を掘って、人形を作ってたんだ」
泥遊びである。
「こんにちわ。ヌリア母様」
どろんこになって服を汚すスタンリーを見守る彼の母親の姿も見えたので挨拶をする。
「サクヤ、こんにちわ。シミオンには会ってきたの?」
ヌリア母様は大きくなったお腹を撫でながら俺に笑顔を見せてくれた。
彼女も母上とそう変わらない年齢で、二人目の子をお腹に宿している。
こんなに可愛いのに!
父上は隅に置けないね。この他にも何人かの愛妾が居るんだから王様ってやつは凄いものだ。
「さっき、会ってきました」
「そう。サクヤは良いお兄様ね。スタンリーの面倒も見てくれて本当に助かってるわ」
「面倒を見るっていってもボク、普通に遊んでるだけですよ」
俺はいつもスタンリーのどろんこ遊びに付き合ってる。
彼は将来、優れた魔道士になるんだけど、既に土属性魔法を使い始めているのだ。
スタンリーが王位を継ぐことはないけれど、彼は優れた賢者として名を残す。
スタンリー攻略ルートでは賢者とヒロインが寄り添って異国の地で生活を送るトゥルーエンドが待っている。
まさに理想の生活。
午後のティータイムまで俺はスタンリーに付き合って、その間、身重のヌリア母様は中庭をぐるぐると歩き回る。
運動不足にならないための工夫だ。
ヌリア母様が俺に「助かってる」というのはそういうところで自分のために時間を割けるから有難がっているのだろう。
でも、どろんこになりながらも創意工夫して魔法で泥人形を作り上げていくスタンリーと過ごす時間を俺は楽しんでる。
ティータイムになる直前に遊びは一区切り。するとすぐにスタンリーは侍女に抱えられて中庭から連れ去られる。身体を洗浄される時間がやってきた。
泣きながら抵抗するが子どもの力では相手が女性と言えど大人には勝てないのだ。
「マイラ様、いつもごめんね。服を汚しちゃって」
まあ、俺もスタンリーに付き合ってどろんこなので迷惑をかけるのは俺の服を洗うマイラに先に謝ることに──。
「いえいえ。これもお仕事ですから」
笑ってくれるマイラに俺はとても助けられている。
で、今度は俺、サクヤ・ピオニアだ。
俺はいずれ王太子として認められ、サクヤ攻略ルートのトゥルーエンドではこの国の王座を継ぎ、ヒロインを中心とした攻略対象たちの面々と仲睦まじく生活を送るハッピーエンドを迎えることになる。
俺が[呪われた
ともあれ今の俺はまだ四歳。
ゲームの開始は俺が十六歳になるころだ。
つまり、ゲームの舞台はまだ十二年も先。
本当にここが[呪われた
呪いがかかっているということはゲームのストーリーに沿って物事が進んでいくことだろう。
サクヤ・ピオニアのトゥルーエンドは難易度Sとされていて、しかも、逆ハーレムエンドなのだ。
だと言うのに、サクヤ攻略ルートのトゥルーエンドを迎えなければサクヤは死ぬし、ヒロインはハッピーエンドだけど完全にハッピーとは言い切れない微妙なエンディングに辿り着く。
ピオニア王国はサクヤ攻略ルートかシミオン攻略ルートのトゥルーエンドでないと残らないし、シミオン攻略ルートだった場合も国もヒロインも完全には救われないハッピーとは言い難い結末。
だから、大団円のためにはサクヤ攻略ルートのトゥルーエンドを目指さなければならない。
だけど、俺はサクヤだけどサクヤじゃないし、逆ハーレムなんて絶対に嫌だ。
だって、俺、他人の─────を見たくないし、一人の女を囲って●という●を奪い合ってなんてヤりたくない。
ならばそれを回避するためにできることを探す必要がある。
きっと別の方法があるはずだし、その鍵はラスボスの白の魔女しかいない。
彼女と相対するためには俺は強くならなければならない。
それと、俺にはもう一つ解決しなければならない問題がある。
こういうゲームだからヒロインが居ればラスボスじゃない悪役も当然いるのだ。
悪役令嬢──エウフェミア・デルフィニー。
デルフィニー公爵家の長女でサクヤ・ピオニアの婚約者となる少女。
ゲームでは誰彼構わず愛想を振りまく節操なしとヒロインを嫌い、攻略キャラとのイベントのたびに妨害を企てる悪役。
攻略キャラ全員の好感度が一定以上になるとサクヤ攻略ルートに入り、ストーリーが進行するとエウフェミアは婚約破棄されて行方不明に──そして、デルフィニー公爵家は没落。
ヒロインと攻略キャラたちへの強い怨嗟で闇に落ちたエウフェミアは黒の魔女と揶揄される外観にフォルムチェンジするとヒロインたちへの復讐を果たそうと危害を加えた。
ヒロインとの戦いに敗れたエウフェミアは白の魔女に心臓を喰われて力を取り込まれラスボス戦へと至る。
というのが彼女の物語だった。
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