第22話~坑道の中で~

「本当にいるんですか? そのアンバサダーでしたっけ?」

「アンフィスバエナだ」

「そ、そうです、それ」

「いてもらわなければ、困る」


 魔力を補充した翌日。朝早くから魔王はアンジェを連れ、坑道へと向かっていた。倒れていた男達は、あの後、無事に救助されていたが3日はまともに動けないだろう。


「でも、どうしてその蛇を見つけるんですか?」


 アンフィスバエナとは「両方に進める」という意味を持つ双頭の蛇だ。その名の通り、通常は尻尾がある部分に頭がある。


 タルスという鍛冶職人が坑道で見たという双頭の蛇、アンフィスバエナは希少種だ。あらゆる種類の生命には、突然変異として高い能力を持って生まれる個体がある。そうした希少種が生まれる条件の一つに、高濃度に凝縮された魔力が近くに存在する必要がある。ピエタ村の伝承にある、双頭の蛇の巣に希少な鉱石が埋まっているというのは理にかなっている。そして重要なのは、希少種は概ね高い魔力容量を持っているという事だ。


「双頭の蛇に転生できれば、復活の近道になる」


 多くの魔力を何度も吸収する事で、魔力容量は広げる事ができる。しかし、器の限界は越えられない。今の姿で使用できる魔力で転生でき、しかも魔力容量を広げられる希少種は、魔王が本来の姿を取り戻す為の一番の近道だった。


「復活って、バレンシア神様がって事ですよね!」


 アンジェが目を輝かせて言った。


「その通りだ。その際、神はお前に力を求められるだろう」


 神が力を求めるという行為は、アンジェに取って神に抱かれるという事だった。それこそが、アンジェが心から願う欲望であった。


「その為に、私もっと魔力を蓄えるようになります」

 うっとりした表情で、アンジェはバレンシア神の雄々しき姿を想像した。神を想像するだけで、アンジェは下腹部に熱いものを感じるのだった。

「でも、それはそれとして……私、その……なんだか満足できていないんですけど」


 アンジェの体内に宿る魔力は充分に満ちている。それは自分でもわかった。しかし、モヤモヤした身体の疼きは解消されていなかった。


「もう少し、我慢しろ」


 《眷属の萌芽》を埋められた女は、魔王でなくては絶頂を迎えられなくなる。それは、魔力の放出を防ぐのと同時に、《眷属》となった女を、魔王に従わせる為の枷となる。

 魔王自身も早く人の身体を取り戻し、心ゆくまで女を抱きたかった。その相手が、あの勇者達であれば、これまでで最大の愉悦を感じる事ができるというものだ。その為にも、一刻も早く力のある器に転生しなければならなかった。

 坑道には誰もいなかった。先の大戦の始まり、この坑道を通り道として、蒼魔族の軍勢は南の大地に侵攻した。魔族達が北に押し返された後、いくつかの坑道は岩盤を崩され、封鎖された。しかし、全てを封鎖してしまえば、ピエタ村の産業である武具製作が成り立たない。


「《光球(ライト)》」


 アンジェが魔法を唱えると、光の球が現れた。魔法の光に照らされた坑道は思ったよりも広かった。奥に進んでいくと、岩壁の一部が光に反射され輝き始めた。


「何ですかこれ?」

「魔力を含んだ鉱石だ。魔法の光に照らされ感応しているのだ」


 大地の魔力を長い年月をかけ吸収した鉱石は硬度を増す、それらは良質な武器の材料になる。そして、鉱石を食料とする蒼魔族にとっては、御馳走でもある。

 魔王は魔力を薄く周囲に張り巡らせた。強い魔力を感知できる場所があれば、そこに双頭の蛇がいるはずだ。


「よし、次を右だ」


 魔王の指示に従い、アンジェは進んでいった。数えきれないほどの分岐を通ると、開けた空間についた。鉱石自体が光を発し、岩壁が様々な色に輝いている。魔法の光が無くても十分に周囲が見えるほど明るかった。その幻想的な光景にアンジェはため息をついた。


「きれい」

「どうやらこの辺りは魔力の集積点のようだな」


 自然界に存在する生物や物質から流れ出る魔力が集中する場所が大陸にはいくつか確認されている。その最も有名な場所がメリダ法国の首都であり、始まりの地と呼ばれる聖地ザルドだ。


「あっ、あそこ!」


 アンジェが指さした場所で、細長い影が動いた。


「慎重に近づくんだ。毒を持っているから気を付けろ」


 アンジェは足音を殺して、双頭の蛇に近づいた。一際強く輝く鉱石の裂け目に、その影は滑り込んでいった。


「この中に入っていきました」

「そこが巣なのだろう。よし、居場所さえわかれば」


 新たな器に転生するべく、アンジェから魔力を吸収しようと、魔王が《萌芽》に力を送ろうとしたその時、アンジェの目の前に人影が躍り出た。蒼い肌に、引き締まった筋肉の鎧を身に着けた蒼魔族の戦士だった。

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