第20話~魔力補充は温泉で~
「すっかり遅くなっちゃったじゃないですか」
アンジェは高台を下りて男と別れると、湯浴みに向かっていた。トカゲ姿の魔王は、アンジェの胸の谷間に身体を潜り込ませ、頭だけ胸元から出している。この位置が今の魔王のお気に入りの場所だった。
「アンジェ、明日、坑道に入るぞ」
「えっ? 何でですか?」
「あの男の話を聞いていなかったのか?」
「いや、聞いてましたけど」
男の心配事に対して、アンジェの口から「心配はいりません」と魔王は伝えていた。男には魔族と懇意にしているという罪悪感はあった。それと同時に、なんとか彼女を助けたいという思いが強く感じられた。しかし、魔王の頭の中を占めていたのは、この村にやってくる女騎士の事だった。はっきりと記憶に留めている。防壁(プロテクション)の魔法を砕くほどの剣技。そして、ほとんど裸に近い防具。穢れを知らぬと思える引き締まった白い肌。どう蹂躙してやろうかと、魔王は思いを巡らしていた。
「それで、魔族の女性を探すんですか?」
アンジェの一言で、魔王は我に返って軽く頭を振った。
「目的は別だ。できれば、蒼魔族とは遭わずにすませたい」
現在の姿で魔王だと名乗れるわけもなく(そもそも、現在の姿では《萌芽》を埋め込んでいる者としか話せない)またアンジェの口から名乗ったとしても信じられるはずもなかった。さらに、おそらくだが、魔族の中では次代の魔王にならんと蠢動している者も多いはずだ。今の魔王がこの姿だと知られれば、人間だけでなく魔族からも狙われかねない。
「そう願います。私、魔族と戦うなんて無理ですよ。戦闘魔法は使えませんから」
魔王はアンジェに知っている魔法を聞いた。メリダ法国では、魔法は神の御業とされている。中央教会に所属し、バレンシア神への信仰を誓う事で授けられる。アンジェが知っているのは、光を灯したり、火を起こしたりする日常生活で使用するものと、毒や傷を癒す治癒魔法だった。
「それだけ知っていれば大丈夫だ。魔法というものは対になっておる。光を持つものは闇を使えるし、傷を癒せるなら、その逆も可能なのだ」
「えぇ、そうなんですか?」
「私が教えてやろう」
「はい、お願いします」
「どちらにせよ。もっと魔力が必要だな」
ピエタ村の湯浴み場は三つに分かれている。男湯と女湯、それに賓客用の個室だ。アンジェは神官カリタと共に、個室を利用する許可を貰っていた。もっとも、別れているとはいっても大きな楕円形の温泉の中に、板で敷居をしているだけで、天井はないので声は丸聞こえだった。アンジェは個室に入ると、唯一着ていた法衣を脱ぎ、籠に入れた。女湯から人の気配はしなかったが、男湯のほうからは男達の声が聞こえた。
魔王トカゲはアンジェの頭の上にちょこんと乗った。
「ちょうどいい。ここで魔力の補充をしておくとするか?」
「えっ、どうやってですか?」
「この板のあちら側に、男どもがいるであろう。一人一人の力は微々たるものながら、数をこなせば何とかなるであろう」
「む、無理ですよ。何言ってるんですか!」
アンジェが顔を真っ赤にして、両手を振った。
「村の人達に顔も知られてるのに、そんな痴女みたいな真似ができるわけないじゃないですか」
魔王が《萌芽》に力を送ると、アンジェの下半身にうずきが生じた。
「あっ……」
「先ほど言ったではないが、満足していないと」
魔王トカゲがニヤリと笑った気がした。
「で、でも……」
「心配するな、お前だとわからなければよいのであろう」
「どうやって?」
「魔法で男湯に闇を落とすのだ」
魔王はアンジェに説明した。アンジェの使える魔法の一つに、光る球を作り出す《光球(ライト)》の魔法がある。その対となる闇を作り出す魔法が《常闇(ダークネス)》だ。アンジェの飲み込みは早かった。その口から魔法の言葉が唱えられると、湯場に灯されていた炎が消え、周囲に暗闇が舞い降りた。闇の中で、竹筒からお湯が注ぎ込む音だけが聞こえる。
「なんだ、急に?」
「灯りどころか、月明りも消えちまった」
暗闇に包まれた男湯にアンジェは足を踏み入れた。術者は《常闇(ダークネス)》の効果を受けない。アンジェには3人の裸の男達が見えていた。二人は村の鍛冶職人で、一人はアンジェと共に派遣されたメリダの兵士だ。兵士はもちろんだが鍛冶職人も仕事柄その身体は引き締まり、無駄な脂肪は無かった。それはアンジェにとって好みの体型だった。
「こ、これ本当に私の姿は見えてないんですよね」
右手で胸を左手で下腹部を隠したまま、アンジェは男湯の入り口に立っていた。
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