第22話 巫女

 泰雅の名字の『緋堂』は、寺の名字としては珍しいような気がする。勿論、他に寺生まれの友人がいるわけではないから、比較対象はいないのだが。俺はこの日も、泰雅と二人で酒を飲んでいた。泰雅は生臭坊主だ。髪もある。本人曰く、まだ見習いに等しいから良いのだと言う。


「それにしても左鳥は、さらに色っぽくなったよな」


 不意に泰雅がそんな事を言った。


「何言ってるんだよ」

「――昔から思ってたぞ。お前の所は、弟もそうだし、親御さんもそうだし、みんな色気があるよな」

「男に色気があるって何だよ。嬉しくない。一切嬉しくない」


 そう言えば昔、紫野にもそんな事を言われたなと思い出した。懐かしい記憶だ。


「神様が憑いてるのが原因かもな」

「は?」

「巫女さんていうの? いや、男だから神主か。だけど――巫女さんの方が近い」


 俺は泰雅に、母親の家系について話した事があっただろうか? 首を傾げながら考える。無いような気がする。祖父母の話なんて、特にした記憶は無い。まぁ同じ県内なのだから、知っていてもおかしくはないか。それほど疑問には思わなかった。


「左鳥、あのな、嫌な事を言うかもしれないけど、巫女って言うのはさ、神聖な人だけど――古来は娼婦だったんだ。巫女と体を繋ぐと神の力を得られる、っていう考え」

「へぇ」

「それで巫女さんが交わって産んだ子供は神から授かった子として、子供が出来ない夫婦が育てたりな。ほら、桃太郎とか、そう言う所から来てるのかもしれないって言う説もある。多いだろ? お伽噺で親が分からない子供」

「確かにな」

「だから――お前に惹き付けられる奴は多い気がする」


 そう言うと泰雅は缶麦酒を飲み干した。俺はと言えば、まさかと思いつつも、どこかで事実かもしれないと考えていた。そうだとすれば、時島の事や紫野の事も納得がいく気がした。


「だから正直、俺も惹かれてる。男同士なのに不思議。ま、衆道文化は坊主にゃあるか、って感じだけどな」


 笑いながら泰雅は言ったが、俺はその瞳に獣のような光を見た気がした。俺はそう言う眼光を、もう見慣れている自覚がある。


「俺、お前の事が好きかも」

「泰雅。それは気のせいだ」

「一回で良いから、抱かせてくれないか。これは冗談で言ってるわけじゃねぇから。そうしたら、少なくとも体を繋げている間は、守ってやれると思う」

「何から?」

「鐘から」


 泰雅は何かに気がついているのだろう。そうでなくとも、寺にはひっきりなしに葬儀の依頼が来るから、噂が入る事も多いはずで、誰かに何かを聞いたのかもしれない。俺は指を組んで、肘を卓についた。何も迷う必要など無いのだ。拒絶すれば良い。けれど――俺は、体が熱くなったような気がした。


「優しくしてくれる? なんて」

「その余裕が、あればな」


 泰雅は正直だなと思う。結局その日、俺は泰雅に抱かれる事にした。




「キツいか?」

「平気だから」

「確かに平気そうだな……嫉妬する」


 思わず目を伏せ首を振る。顔を背けて、大きく吐息した。俺は、何をしているのだろう。


 ――あるいは浮気に当たるのだろうか。いいや、そうでもないのかもしれない。今となっては自分達の関係が、恋人と呼んで良かったのかすら分からないのだから。俺はただ捕食されただけだったのかもしれない。


 気持ちが良い。久しぶりに他者と体を重ねたからなのかもしれない。


 なのに悲しくて――何が悲しいのかは分からなかったが、俺は泣きながら喘いだ。

 その時、誰かの顔が過ぎった気がしたが、俺は頭を振ってそれを掻き消す。

 そうして体を重ねた。


 俺は睡魔に襲われながら、考えた。恐らく泰雅は、男と寝るのが初めてでは無い。手馴れていた。そして俺について、泰雅もまた、男と寝るのが初めてではないと、確信している気がした。


 だが、別に構わない。誘ってきたのは、泰雅だ。

 俺はそのまま、寝入った。


 ――その日も鐘の音は響いてこなかったのだった。





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