夢の中の強姦殺人者!!!

立花 優

第1話 准教授の痴漢


【さて、ここは、ある一人暮らしの女性の、マンションの中のようだ。



 彼女一人、高給ブランデーをゆっくり飲みながら、不思議な言葉を呟ていた。



「私は、まだ、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでい無い。

 この『罪と罰』が世界文学史上評価が高いのは、主人公のラスコーリニコフが高利貸しの老婆を殺害する場面の、心理描写がもの凄く素晴らしいらしいのだが、もしかしたら、ドストエフスキーは、若い時、実際に人を殺した事実があったからこそ、あんな迫真の描写を書けたのでは無いか?との説もあると言う。

 ……この説に関しては、私も、うんうん同感だなあ……】




 これは、植田教授が今日の朝、見た夢の話であった。だが、妙に心に引っかかる夢でもあったのだ。




 朝、6時過ぎ、いつものように目が覚めた植田茂樹は、二十数年近く書き続けている『夢日記帳』を取り出して、今し方見たばかりであろう夢の話を簡単に記載しようとペンを取り出した。




 それにしても、今朝の夢の中に出て来た女性を、植田教授は嫌と言う程知っていた。彼女には、実に、苦い苦い思い出があったからだ。




 植田茂樹は、現在40歳で、北陸地方の某私立大学の教授の地位にある。




 数年前までは、全国でも知らない人はい無い程の、東京の超一流大学の刑法(更に刑事訴訟法及び犯罪心理学)の准教授であった。著書も十冊以上もあったため、凶悪事件の犯人像の解説者コメンテーターとして、テレビにも出演した事が何度もあった程だ。



 将来を嘱望された学者であったが、植田教授には前科があった。



 いや、正確にはそれは犯罪記録としては何処の警察や検察、裁判所の記録にも載ってい無い「事件」であったのだ。つまり前科としての記録の全く残ってい無い、前科なのだ。



 その「事件」の内容を敢えてここで詳細に再現するのも、植田教授の全人格を知る上での参考になるであろう。それ故、なるべくその時の事を正確に再現してみたい。



 その「事件」とは、その東京の超一流大学を辞める事となった程の事件で、9月の下旬に起きた。起きた場所は、植田准教授が勤務する、その超一流大学の自分の研究室の中であった。



 その日、植田准教授は、自身の「刑法総論A」のゼミの受講生の中でも、際だって美しい女子学生一人から質問を受けた。この女子学生は、昨年の大学2年生の時に、「神田川梓」のペンネームで某推理小説の新人賞に応募し、見事一位入賞。

 その直後、二冊目の推理小説を出版したばかりの現在の日本でも有名な売り出し中の美人大学生推理作家でもあった。第二の「湊かなえ」や「宮部みゆき」と呼ばれていた。



 その彼女が、今度執筆する小説の参考にしたいので、連続殺人犯の犯罪心理を詳細に書いた論文は無いか?と、植田准教授を尋ねて来たのである。それは、昼からのゼミが終了した後の午後2時半過ぎの事で、植田准教授は、彼女の質問に答えられる良い論文がある事を思い出し、彼女を研究室へ誘ったのだ。



 彼女は、その時、超ミニのスカートを着ており、真っ白い下着の奥まで、まる見えそうな感じであった。



「事件」はその直後、その研修室内で起こった。



 彼女が、植田准教授に痴漢行為をされた、警察に訴えると急に大声で叫び出したのだ。



 必死で彼女を説得するも、血相を変えて暴れるように叫ぶ彼女を黙らせる事は出来無い。困った植田准教授は、副学長に電話。副学長は事の重大さを認識し、即、学長に電話。



 そこで、急遽、当日の午後3時半、学長室で、当該女子学生、植田准教授、学長、副学長の4人での極秘の会合が持たれた。



 しかし、聞き役の学長も副学長も、共に、どちらの言い分が正しいのか判断に迷う程、二人の意見には、お互いに最もらしい理屈があって、どうにも判断のしようが無かったのだ。



「ええ、確かに、連続殺人犯の心理分析を書いた論文が無いか訪ねて行って、その日、植田准教授の後を付いて行ったのは確かです。



 それから、それで確かに、植田准教授の研究室に入りました。



 でも、この変態准教授は、棚からその論文の書いてある本を取り出して机の上に置き、右手でその本の論文部分を示しながら、左手で、私のミニスカートを撒(ま)くって、あのう、私の下着の中にまで素早く手を入れようとして来たんですよ。



 ホント、その動きは、まるで毒蛇が獲物に飛びつくぐらいのスピードで、私も、あっけに取られて、その時は声が出なかったのです」

 


「いやいや、そんな事は絶対にありません。私は、この左手を、先週、転びそうになって無理に支えようとして手首を捻挫しています。見てのとおり包帯も巻いてあります。



 そんな、不自由な左手で、そんな猥褻な行為を行える筈がありません。



 それに、これは嘘発見器にかけて知らべてもらっても結構なんですが、私自身、彼女の下半身に触ろうとか、触ったとか、その感触がどうだったとかの記憶が全く無いのです。



 そもそも痴漢などの猥褻罪は、その感触等を楽しんで自分の性的欲求を満たすために行うのが主な動機であるべき筈なのに、その記憶が全く無い私の場合、では……一体、何の理由や目的があって彼女の言うべき、痴漢行為を行う必要があったのでしょうか?



 本当に、天地神明に誓って、私は痴漢行為などしてい無い筈ですし、その記憶も全くございません。私の話が信じられ無いなら、再度言いますが、嘘発見器に掛けて調べてみてくださって結構です」



「それこそ嘘です。さっきは毒蛇のように素早いスピードで手が動いたと言いましたが、それは私があまりの変態さにあっけにとられている時間がいくらかあったためで、この変態准教授の左手は、下着の中にまで入れようと、手を、もぞもぞ、動かしたのです。



 で、やっと、我に返った私が、大声を上げた。その間、数秒か数十秒かの時間があった筈ですから、例え多少、左手を怪我をしていても、十分に痴漢行為を行えた筈です」



「だから、今も言ったように、私には、そんな行為自体を行った記憶が全く無いのです。 

 百歩譲って、間違って貴方の下半身に左手が触れていたとしても、それは偶然の出来事であった筈であって、貴方がたまたま超ミニのスカートを履いていたために、尚更それが痴漢行為に思えた、と言うのはミニスカートを履いている女性の心理としては、良くある事じゃ無いのでしょうか?」



「じゃ、先生は、私の思い込みだと言うのですね。



 でも、仮に偶然左手がお尻にふれたとしても、下着の中にまで手を入れようとしてきたのは偶然では有り得無いでしょう……。これは、明らかに故意です。痴漢以外の何物でもありません。



 ああ、もう、これ以上、話していてもラチがあきません。警察に訴えます!」



 先程から、その女子学生の超ミニスカートの奥の下着が見えそうで、目のやり場に困っていた学長が、恐る恐る聞いた。



「一つだけ聞いていいかね?貴方は、何故、今日に限ってそんな短いスカートをはいて来たのだね。

 まるでこれだと、誰かを誘惑するような魂胆があるというか、そんな風にも思えるのだが……」



「私が、今日、こんな超ミニスカートを履いて来たのは、今日の午後6時から、合コンがあるからです。我が大学の医学部の中でも最高のトップクラスの男子学生達6人とね。



 それで、勝負服のつもりで、超ミニにして大学に来ただけで、別に、こんな変態准教授を誘惑する気持ちなど全くありません」



 二人とも、自分の意見を堂々と陳述する。



 困った学長は、たった一回の事で、前途ある准教授の将来や、我が超名門大学の名を棒に振ってほしく無いから、是非これで手を打って下さいと、丁度その日、当大学のOBが個人的に大学に寄付してくれたお金が、学長室の金庫に、五百万円あったので、これを即金で払うからと土下座までして頼んだのだ。



 さすがに、カンカンに怒っていた彼女も、天下の超一流大学の学長が土下座までして頼み込むのである。渋々、今回だけは水に流すと誓約書を書いてくれた。

 学長は、その誓約書を大事そうに胸ポケットにしまって安堵の色を浮かべた。



 その五百万円は、その後、植田准教授がその全額を支払った。



 結局、その「事件」の責任を取る形で、植田准教授は、その大学を翌年の3月に辞職した。そして、同じ年の4月から、自分の生まれ故郷にある北陸地方の某私立大学の法学部の教授となったのである。


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