赤い蝋燭。

わたしのともだちに

蝋燭に絵を描くひとがおりまして


あなたはもうすぐ還暦だからと

赤でかためられた蝋の筒に

白い渦巻のような模様がほどこされた

とても綺麗な蝋燭をひとつ、もらいました


還暦だからというだけでなぜ

赤い色が選ばれるのだろうと

せめて履きもしない赤い下着をもらうよりも

蝋燭ならば実用的でよい気はすると

渦をくるくるまわしながら

じいっとながめておりました


還暦の日が来るまで

とっておこうとおもいましたけれど

わたしはがまんできずに

もうその日の夜のうちに

暗くなった部屋の中で

その赤い蝋燭に火を灯してみたのです


ほんのりと赤くあやしいその灯は

あの残酷なものがたりを

映し出すのにちょうどよい


わたしの本棚でほこりかぶっていた

あの残酷なものがたりの古い文庫本を

さがしてみますと、ありました


小川未明童話集

赤いろうそくと人魚


ひさしぶりにページをひらくと

その文字のちいささに

まずは驚いたのです


こんなに文字をちいさく感じるなんて

還暦というもののうらめしさを

おもいしるところとなりました


このものがたりは実のところ

わたしの母がとても好んでいたものがたりで

わたしがおさない頃かぜをひいて寝込んだときに

かならず読んでもらえるものがたりでした


わたしの母はとくに言葉がすべらかであるとか

生々しい台詞まわしができるとか

そのような芸当はひとつも

持ちあわせてはおりませんでしたが


人魚の娘が香具師に売られるシーンがちかづくと

高い母の声のトーンがだんだん低くおもくなり

やがて読み聞かせの声はしなくなり

かわりに嗚咽がどうにも

とまらなくなる母がいるのでした


そのくらい感情移入ができる母は

真にやさしき人であったのでしょう


わたしはその頃まだおさなかったので

ものがたりの残酷さよりも

母がさめざめと泣いている姿をみて

わたしもつられて涙があふれるように出てきまして

そもそもかぜひきの身上であるというのに

かえって鼻水をつまらせておりました


赤いろうそくと人魚のものがたりは

人魚の母と娘の

人間の母とわたしの

大切なものがたり


ほの赤くともる蝋燭の灯りの下

だんだんと解けていく白い渦をながめながら


今日もむかしのことを

ゆらゆらたどってみたりしております



そういえばもうすぐ

母の日なのですね











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