第38話 天才と凡人

「――ふっ、はっ、せいっ!!」



ナイトが王都に到着してから、誰もいない裏庭にて自主練を行う。魔王領から離れてもナイトは一日も欠かさずに鍛錬を行い、両手に硬魔を発動させた状態で拳を繰り出す。



「尖硬!!」



地面に落ちていた石を拾い上げて空に投げると、落ちて来た石に目掛けて一本拳の状態で固めた魔力を繰り出す。魔力を鋭利に研ぎ澄ませて槍の刃先のように変化させて石を打ち抜いた。だが、石は残念ながら砕けずに弾き飛ばすのが精いっぱいだった。



「また失敗だ……くそっ!!ライラさんならこれぐらいの石なんて簡単に割れるのに!!」

「随分と苛立ってますね。何かあったんですか?」

「わっ!?ま、魔王様!?」



後ろから声を掛けられたナイトは驚いて振り返ると、そこには水筒とおにぎりを持って来たマオの姿があった。鍛錬を頑張っているナイトのために夜食を持って来たようだが、彼女はナイトが弾いた石を拾い上げると罅が入っていた。



「もう少しで石を割る事ができたましたね。ライラさんに少しは追いついたんじゃないですか?」

「いや、全然です……ライラさんなら石を砕くどころか真っ二つに割る事もできるのに」



過去にナイトはライラが同様の修業をした時、彼女は指先に魔力を込めた状態で空中から落ちて来た石に突きつけると、まるで鋭い刃物に切り裂かれた様に石は真っ二つに綺麗に割れた。彼女はナイト以上に魔操術(魔力操作の技術の通称)が長けており、そんな彼女の弟子でありながらナイトは石を一撃で割れた事はない。



「恥ずかしがることはないですよ。魔術師でもないナイトさんが硬魔を扱えるだけでも大したものなんですから落ち込む必要はありまsねn」

「……魔王様、聞きたいことがあります。俺の力は加護を受けた人間に通じますか?」



マオの誉め言葉を聞いてもナイトの気は晴れず、率直に今の自分がどれほどの強さなのかナイトは暗に尋ねると、マオは下手な誤魔化しは彼を傷つけるだけだと判断して素直に伝えた。



「ナイトさんの実力は残念ながら加護持ちの人間には決して通じません。先日に剛力の加護を持つモウカと戦いましたね?」

「はい……手も足も出ませんでした。正直、相手が手加減してくれなかったら死んでたと思います」

「それは仕方のない事です。加護を与えられた人間は常識を超えた存在、即ち「超人」と化します。ただの人間であるナイトさんが勝てる相手ではありません」

「ほ、本当にはっきりと言うんですね……でも、ありがとうございます」



自分のために嘘を吐かずに答えてくれたマオにナイトは頭を下げ、今のままではいくら身体を鍛えた所で加護持ちの人間には敵わないと悟った。剛力の加護を受けたモウカの実力は魔族にも匹敵し、今のナイトでは何度挑んだとしても勝てる気がしない。


加護を得た人間は「英雄」に成り得る素質を持ち、勇者以外にも魔族に取って警戒するべき人間は大勢居る。モウカはその内の一人でしかなく、他の加護持ちの人間の中にはモウカの力を越える者もいるだろう。そんな人間達が魔王マオの命を狙った時、ナイトは守り切れる自信はなかった。



「魔王様!!俺が加護を授かればモウカさんに勝てると思いますか?」

「そればかりは正直に言って分かりませんね。そもそも加護は必ずしも本人の望む能力を得るとは限りません。加護はあくまでも元々持っていた才能を極限に高めるだけの儀式です。ナイトさんがどんな才能を持っているのかは魔王である私にも分かりません」

「そ、そうですか……」



魔王と言えども人間の秘められた才能を見抜く力は持ち合わせておらず、ナイトがどんな「加護」を与えられるのかは誰にも分からない。そもそもナイトが加護を得るためには様々な問題があった。



「ナイトさんが加護を得るためには学園側から高く評価されなければなりません。そのためには他の勇者候補生に負けないように強くなる必要があります」

「強くなる……でも、俺はハルカやヤミン君とは違います。あの二人は本当に天才なんです」



ナイトは一緒に入学する予定のハルカとヤミンの事を思い出し、今日の昼間の出来事を思い出す――






――昨日にハルカに魔導書を渡した後からナイトは彼女と顔を合わせておらず、昼時を迎えても彼女は部屋から出てこなかった。心配したナイトはハルカの部屋を尋ねると、彼女は目にクマができた状態で迎え入れた。



「あ、ナイト君……おはよう」

「おはようって……もう昼だよ?それにその顔、もしかして具合が悪いの?」

「ううん、そういうのじゃないの。昨日から寝ないでこの本を読んでたから……」

「まさか徹夜したの!?」



ハルカはナイトに渡された魔導書を読みふけり、食事も休息も取らずに本を読み続けていた事が発覚した。どうしてそんな無茶な真似をしたのかとナイトは心配するが、ハルカは胸を張って魔導書を返す。



「ほら、これを見てよ。色が失ってるでしょう?だから私はもう中級回復魔法を覚えたみたいなんだ~」

「ええっ!?た、たった一日で読み終わったの!?」



中級魔法の魔導書を一日で読み解いたというハルカの言葉にナイトは度肝を抜かし、並の魔術師ならば魔導書を読み解くには一週間は掛かると聞いている。どうして本を読むだけでそれほど時間のかかるのかというと、魔導書の暗号を解くためには読み手の魔力を必要とするからである。


全ての魔導書は読み手が魔力を送り込む事で暗号が解ける仕組みになっており、読み手の魔力が多ければ多いほどに暗号の解読が捗る。勇者候補生に選ばれるだけはあってハルカの魔力量は並の魔術師とは比べ物にならず、たった一日で彼女は魔導書を読み解いた。



「えへへ、私頑張ったんだよ〜……でも、流石に眠いからもう休ませてもらうね」

「そ、そう……無理しないでね」

「うん、ありがとう……ナイト君のために頑張るよ」

「え?」



別れ際のハルカの言葉にナイトは不思議に思うが、彼女から渡された魔導書を確認する。魔導書を開いても中身は真っ白なページしか存在せず、完全に効力を失っていた。魔導書は読み手が魔法を覚えると自動的に文字が消え去る仕組みになっており、もう魔法を覚える事はできない。つまりはハルカは本当に魔導書を読み切ったという証拠である。



(たった一日で読み解くなんて……これが勇者候補生に選ばれた人間なのか)



改めてハルカの魔術師としての才能を思い知らされ、ナイトは愕然とした。そんな彼女と同程度の魔力を誇るヤミンの事を思い出し、彼の様子を伺う。



「ヤミン君、ナイトだよ。中に入ってもいい?」

『…………』



部屋の中からは返事はなく、不思議に思ったナイトはノックをしようとしたが、扉が僅かに開いている事に気が付く。どうやら鍵をかけ忘れたらしく、ナイトは悪いと思いながらも部屋の様子を伺う。


ヤミンは真っ暗な部屋の中で座禅を行い、どうやら瞑想を行っている様子だった。魔術師は集中力を高めるために瞑想を行うとは聞いたことはあるが、ナイトはヤミンを見て驚く。



「ふううっ……」

「ヤミン君、鍵が開いて……!?」



目を閉じた状態でヤミンは床に座り込み、部屋の扉を閉め忘れている事を伝えようとしたナイトだが、ヤミンから発せられる魔力を感じて驚きを隠せない。現在のヤミンは魔力を最大限に高めた状態で瞑想を行い、近寄りがたい雰囲気を発していた。


魔力を認識できない人間がこの部屋に訪れた場合、ヤミンを見ただけであまりの「存在感」に圧倒されるだろう。彼の魔力を直に感じるだけでナイトは鳥肌が立ち、部屋の中に入る事もできない。



(なんて凄い魔力のだ!?これがヤミン君の本当の力なのか?)



普段は間抜けな姿を見せる事が多い彼だが、ハルカと同様に選定の儀式を合格した人間であり、幼い頃から魔導士の祖母の元で修行を受けてきた。そんな彼の実力の片鱗を感じ取ったナイトは黙って部屋の扉を閉めた。



(これが勇者候補生……インチキで入った俺とは全然違う)



ナイトは改めて勇者候補生達の「才能」を思い知らされ、彼等が厳しい訓練を経て己の力を極限まで磨き上げた時、魔王さえも脅かす存在となる。それを意識した途端にナイトはハルカとヤミンの事が初めて怖いと思った。



(もしも二人が本当に勇者になったとしたら……俺の言う事なんて耳を貸してくれるのか?)



二人と違ってナイトはあくまでもであり、このまま勇者学園に入学しても凡人の自分が天才である他の勇者候補生達に劣らぬ成績を残せる自信はなかった――

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