第37話 恋心?
「ところでヤミンさんはゆっくりしてていいんですか?今日はお父さんの所に戻るんでしょう?」
「あ、そうだった!!荷物を載せた馬車を待たせたままだった!!ごめん、僕はもう行くよ!!」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃ~い」
「行ってらっしゃいませ」
「息ぴったりだなお前等!?」
三人に見送られたヤミンは部屋を出て行くと、マオはナイトに目配せを行い、彼女も部屋から立ち去る。
「そろそろ私も仕事に戻らないと怒られるのでこれで失礼しますね。後は御二人だけでごゆっくり楽しんでください」
マオは意味深な笑みを浮かべて部屋から立ち去ると、ナイトとハルカは二人切りとなった。これまでも二人だけで行動する事はよくあったが、マオの最後の言葉を意識したのかハルカは頬を赤らめる。
「ふ、二人っきりになっちゃったね……」
「……そうだね」
しばらくの間は無言が続き、ちらちらとハルカはナイトの顔を伺う。何を話せばいいのか迷っている様子だが、そんな彼女に対してナイトは覚悟を固めた表情を浮かべた。
「ハルカ、大切な話があるんだ」
「えっ?」
「ハルカにしか頼めない事があるんだ。聞いてくれる?」
「う、うん……」
真面目な表情で自分を見つめて来るナイトにハルカは頬を赤らめ、緊張した様子でナイトの言葉を待つ。そんな彼女にナイトは自分が持っている「
こちらの魔導書は王族からの贈り物などではなく、魔王であるマオが個人的に所有していた魔導書である。しかし、ハルカはその事実を知らず、ナイトが褒美として魔導書を受け取ったと勘違いしている。だからこそ今なら怪しまれずに魔導書を渡す事ができた。
「この魔導書をハルカに受け取って欲しいんだ」
「え、ええっ!?」
予想外のナイトの言葉にハルカは度肝を抜かし、小さな屋敷ならば建てられるぐらいの価値のある魔導書を自分に渡すと言い出したナイトに激しく動揺する。
「な、何を言ってるの!?この魔導書はナイト君が貰った物なんだよ!?そんな大切な物を貰うなんてできないよ!!」
「でも、魔術師じゃない俺だと魔導書を読む事はできない」
「そ、それはそうかもしれないけど……ほ、ほら!!さっきはお金に替えたり、魔術師の人との取引に使えるとか言ってたでしょ!?私なんかに渡すよりも他の魔術師に渡した方が良いよ!!」
「ハルカ、まずは話を最後まで聞いて欲しい。俺はどうしても魔導書を君に渡したいんだ」
「はうっ!?」
魔導書を机に置いてナイトはハルカの両手を握りしめ、力強く掴まれたハルカはナイトが「男」である事を意識する。
(ナイト君、顔が可愛いから女の子の友達みたいな感覚で接してきたけど、やっぱり男の子なんだ……ううっ、触られてるだけでドキドキしてくる)
一見すると女の子にも間違われるほど顔立ちが整ったナイトだが、普段から魔族と渡り合うために身体を鍛えているため、同年代の男子と比べても力は強い。しかもナイトはさらに奥の手があった。
(本当はこんな真似はしたくないけど……魔王様の作戦なら仕方ないか)
ナイトは部屋に出る前の出来事を思い出し、マオから受け取った腕輪の能力を行使した。腕輪に込められたサキュバスのライラの魔力を取り込む事でナイトは一時的に女性に変身できるが、この時にナイトはサキュバスだけにしか扱えない能力も利用できる。
サキュバスが最も得意とする能力は「魅了」であり、以前にナイトは変身した時にサキュバスの能力を無意識に発動し、魔物であるホブゴブリンを欲情させてしまった。モウカに倒されたインキュバスも同様の能力を持っているが、サキュバスやインキュバスの魅了の能力は異性に限定され、本来ならナイトが変身したところで女性のハルカを魅了することはできない。
『魔王様、まさか女の子の姿でハルカを誘惑しろとは言わないですよね……』
『それはそれで盛り上がりそうな展開ですが、今回は男の子のナイトさんじゃないと駄目です。私の見立てでは変身を解いたとしてもしばらくの間は魅了の効果は継続するはずです。その間にハルカさんにお願いすれば快く引き受けてくれますよ』
『……本当に他に方法はないんですか?』
『お願いします。これも作戦成功に必要な事なんです』
友達のハルカをサキュバスの能力で意のままに操るような真似はナイトはしたくなかったが、主君であるマオの作戦のためならばと我慢して行う。
(どうやらマオ様の言う通りに効果はあるみたいだな。でも、あんまり良い気分はしないな……ごめんね、ハルカ)
自分が触っただけで真っ赤に頬を染めたハルカの反応を見て、ナイトはサキュバスの魅了の効果が持続していると考えた。変身は解除されたが、しばらくの間はナイトの身体から異性を誘惑するフェロモンが放出され、先日のインキュバスのように女性を虜にする力を手にしていた。
「ハルカ、俺のお願いを聞いてくれる?」
「ナイト君……うん、分かった。そこまで読んでほしいなら読むよ」
「ありがとう……無理を言ってごめんね」
ナイトに頼まれてハルカは断れず、彼女は魔導書を受け取った。ナイトはそれを見て安心する一方、彼女を操り人形のようにしてしまった事に罪悪感を抱く。いくら主君の命令とはいえ、このような真似はもう二度と御免だった。
ハルカは魔導書を大事そうに抱えると、正気を取り戻したのか困惑した表情を浮かべる。最初は受け取るのを拒否するつもりだったのに何時の間にか受け取ってしまった。
「あ、あの……これ、本当に貰っていいの?魔導書は読み終わると効力を失うんだよ?」
「構わないよ。ハルカがそれを読んで成長してくれたら俺も嬉しいし、もしも俺が大怪我を負った時は治してくれると助かるよ」
「そ、そっか……分かった!!これからナイト君が怪我をした時は全部私が治してあげるからね!!」
「そ、そこまで気負わなくてもいいけど……」
「ううん、こんな凄い魔導書をくれたんだもん!!私、ナイト君のために頑張るね!!」
覚悟を決めた表情でハルカは魔導書を手に持って部屋から出て行こうとする。これから魔導書を読んで中級回復魔法を覚えるつもりらしく、作戦が上手くいったとナイトは安堵する。しかし、ハルカは部屋から出る前にナイトに振り返って尋ねる。
「あ、あの……ナイト君はどんな女の子がタイプなの?」
「え?」
「いや、その……やっぱり何でもない!!」
顔を真っ赤にしてハルカは部屋から出て行くと、ナイトは唖然と見送った。彼は自分の手を見てまだ異性を魅了する能力が残っていたのかと不思議に思う。
(直接触れなければ大丈夫だと聞いてたんだけどな……まあ、魅了の効果が抜ければ元に戻るか)
ナイトはハルカの反応が少し気になりながらも無事に作戦を果たした事に安堵した――
――その一方でハルカは自分の部屋に戻ると、ベッドに身体を横たわらせて魔導書を掲げる。まさか自分がこんな高価な物を手に入れられる日が来るとは思わなかったが、彼女は嬉しそうに抱きしめた。
「えへへ、これを読めば私も魔導士に近付けるかな……でも、ナイト君はどうして渡してくれたんだろう?」
冷静になった彼女はナイトが自分に魔導書を渡した理由を考え、しばらく悩み続けるとある結論に至る。
「まさか……ナイト君は私の事が好きなのかな?」
ナイトが自分に大切な魔導書を授けた理由、それは自分に惚れているのではないかとハルカは考えた。だが、自分の言葉にハルカは恥ずかしさのあまりに身悶える。
「うああ〜……わ、私何言ってるの!?ナイト君がまさかそんな……でも、そうと考えれば色々と辻褄が合う様な……」
これまでにナイトはハルカが危機に陥った際、命懸けで彼女を守ろうとしてきた。魔物に襲われた時も魔族に襲われた際もナイトは自分の身を挺して助けてくれた。どうして自分を助けてくれるのかとハルカは不思議に思っていたが、もしもナイトがハルカに惚れていたとしたら色々と納得できる。
自分を守るために全力を尽くすナイトの姿を思い返すだけでハルカの胸の鼓動が高鳴有り、彼女もナイトの事を意識していた。これまで何度も命を救ってくれた相手であり、さらに身体を触れられた時にナイトを男だと意識した。
「どうしよう……私、もしかしてナイト君の事を……」
これまでにハルカは恋愛経験はなく、そもそもあまり他の男の子と接点がなかった。小さい頃から魔導士になるために修行してきたので同世代の男の子と接する機会もなく、彼女は自分の感情が恋愛なのかどうかよく分からなかった。だが、もしもナイトが自分の事を好きだったとしたら嬉しいと思う。
「……よし、頑張って覚えよう!!ナイト君の期待に応えないと!!」
魔導書を開いたハルカは暗号を読み解き、一刻も早く魔法の習得に急ぐ。そんな彼女の様子を窓の隙間から伺う人物がいた。
(ふふふ……計算通り、やはりハルカさんはナイトさんの事を意識してますね)
裏庭からハルカの部屋の様子を伺っていたのはマオであり、彼女はハルカがナイトの事を好いている事に勘付いていた。ナイトと出会ってからハルカは何度も命を救われ、彼に感謝するのと同時に頼もしさを感じていた。そこでナイトが「魅了」の能力で迫ればハルカは彼の事を「男」として意識し、恋心を自覚する。
ナイトの魅了の能力はあくまでも切っ掛けに過ぎず、仮にナイトが何もしなくてもハルカは最初からナイトに恋をしていた。それでもマオがナイトをけしかけて彼女に迫らせたのは早めに恋心を自覚させるためだった。
(この調子ならナイトさんのために一層に頑張るでしょうね。恋する女の子ほど扱いやすい人材はいないですよ)
ハルカがナイトに惚れたのはマオにとっても予想外の事態だったが、彼女がナイトに恋心を抱いているのならば最大限に利用させてもらう。ヤミンに関してもナイトには深く恩を感じており、今の所は勇者を味方にする計画は順調に進んでいた。だが、その反面に他の問題も起きていた。
(一つだけ気になるのは他の勇者候補生……随分と到着が遅いですね。もう三日も立ってるのにナイトさん達以外に誰も来ないのは妙ですね)
マオの調査によれば毎年に王都に訪れるは勇者候補生は少なくとも二十人、多い場合は三十人は集まる。三日も立てば十人近くの勇者候補生が集まっていてもおかしくはないが、何故か今年に限って三人しか集まっていない。
(やっぱり私の研究は正しかった。間違いなく、今年の入学生の中から勇者は必ず誕生するでしょう)
空を見上げながらマオは笑みを浮かべ、人間という生き物を何十年も調査し続けた彼女だからこそ勇者が誕生する条件に気付いていた――
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