第35話 影武者作戦

――時は少し前に遡り、ナイトはハルカを眠らせるとマオを呼び出す。彼女は仕事を終わらせてから来ると、ハルカが眠っているのを確認して作戦に移った。



「どうですか?ハルカさんにそっくりでしょう?」

「う〜ん……まあ、遠目で見たら分からないと思いますけど」



マオはハルカと同じ髪色の桂を被り、白色のローブを纏うと後ろ姿はハルカにそっくりだった。彼女は帽子を被れば顔を注意深く確認されない限りはハルカにしか見えない。



「では警備隊の屯所へと向かいましょう。私がハルカさんのふりをして褒美を貰えるように掛け合います」

「本当に大丈夫なんですか?もしもバレたら……」

「大丈夫ですよ。こんな時のために変装用の道具も用意してきましたから」



マオは水筒のような容器を取り出すと、中身はジェル状の液体が入っていた。いったい何をするつもりなのかとナイトは不思議に思うと、彼女は液体を顔に塗りたくった。



「これはスライムの変身能力を応用して私が独自に作り出した粘液です。これを顔に塗り込んだ後、魔力を送り込んで調整を行えば……ほら、そっくりでしょう」

「うわ、凄い!!本当にハルカそっくりだ!?」



帽子で隠すだけでは怪しまれる可能性を考慮し、スライムを参考に編み出した道具でハルカは顔を完璧にハルカに変えた。だが、ナイトは気になったのはマオは魔法封じの指輪を装着しているはずだが、どうやって魔力を送り込んだかである。



「魔王様は指輪を付けていても魔法が使えるんですか?」

「いえ、指輪を付けている間は私でも魔法は封じられます。ですが能力は完全に封じられるわけではありません。例のインキュバスも触れた相手なら能力を行使すると言ってたんでしょう?」

「そういえばそんな事を言ってたような……」



ナイトと戦ったインキュバスも指輪を嵌めた状態でもハルカを魅了しようとした。サキュバスやインキュバスは魔法を封じられても生まれ持った異性を魅了する能力は失わない。



「さあ、準備万端です。屯所に出向いてちゃっちゃっと終わらせましょう」

「本当に大丈夫かな……」

「ナイトさんは心配性ですね。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ(ゲス顔)」

「何か不安になってきたんですけど……」



主君であるマオの意思には逆らえず、ナイトはハルカそっくりに化けた彼女と共に屯所へ向かう――






――屯所へ到着したナイトとハルカ(マオ)はモウカを呼び出したが、彼女はまだ被害者の親族への報告から戻って来ていなかった。モウカがいないのはナイト達にとっては都合が良く、見張り番の兵士に伝言を頼む。



「じゃあ、よろしくお願いします」

「ちゃんと伝えておいてね〜」

「分かりました、必ず隊長に伝えておきます」

「なら俺達はこれで……」



兵士にナイト達は頭を下げると、足早に屯所から立ち去った。誰もいない路地裏まで移動するとマオは顔面に塗りたくっていた粘液を引き剥がし、疲れた様子で座り込む。



「ふぃ〜……変装する間は魔力を流し込まないといけないので疲れましたね」

「魔王様、あれで本当に良かったんですか?」

「大丈夫ですよ。モウカさんだって自分がいない時は伝言で伝えておいてくれと言ってたでしょう?後は褒美を受け取る時に注意すればいいだけです」

「そうですね……」



マオの言葉にナイトは頷き、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。二人は黒猫亭に戻ろうとしたが、途中で見覚えのある人物を発見した。



(あれは……ヤミン君?どうしてこんな所に?)



宿屋で眠っていたはずのヤミンの姿を発見し、気になったナイトはマオの肩を掴んで引き留める。マオもヤミンの存在に気づいたのか、二人は路地裏から様子を伺う。


ヤミンは暗い表情を浮かべながら大きな建物の前で立ち止まり、不思議に思ったナイトは建物の看板を確認するとある事に気が付く。それはナイトが王都に向かう際に出会った「ゴーマン」の店だった。



「あの店はまさか……もしかしてヤミン君の父親って!?」

「どうかしました?」



ヤミンの父親は大商人だと聞いているが、ゴーマンは王都でも一番有名な商人であり、よくよく考えれば二人の顔立ちも良く似ている。ナイトはゴーマンがヤミンの父親だと確信し、どうやら彼の目の前にある建物が父親の経営する店らしい。



(ヤミン君、もしかしてお父さんに会いに来たのかな……)



父親と話し合うためにヤミンはゴーマンの店に訪れたのかとナイトは考えるが、ヤミンは建物の前で緊張した様子で立ち尽くし、中々入ろうとしない。そんな彼を見かねてナイトはヤミンの元へ向かう。



「魔王様、先に帰っててください」

「え?どうするつもりですか?」

「親子の仲直りを手伝ってきます」



マオを置いてナイトはヤミンの元へ向かうと、彼はぶつぶつと呟きながら店の扉に手を掛けた。



「よ、よし、入るぞ……入ろうかな、やっぱり明日にしようかな、明日から本気を出そう……」

「ヤミン君」

「うひゃあああっ!?」



背後から声を掛けられたヤミンは素っ頓狂な声をあげてしまい、その声を聞いて街道の人々が何事かと視線を向ける。ヤミンは顔を真っ赤にしながら話しかけてきたナイトに怒鳴りつけた。



「お、お前!!後ろから急に話しかけて来るなよ!?」

「ご、ごめん……でも、何か悩んでそうだったし、気になっちゃって」

「って、誰かと思えばナイトか……はあっ、とりあえずここから離れよう」



人の視線が気になったヤミンは建物から離れようとしたが、ナイトは建物の中に入らないでいいのかと思った。



「ここに用事があるんじゃないの?」

「い、いや、別に……こんなしょぼい店に興味なんてないよ」

「誰の店がしょぼいって?」

「うわぁっ!?お、親父!?」



扉が開いて現れたのはゴーマンであり、彼は怒った様子でヤミンと向かい合う。唐突に現れた父親にヤミンは慌てふためき、その様子をナイトは見守る。



「店の前で騒いでいたのはお前か……いったい何の用だ?お前はもう勘当したんだ。赤の他人がうちに何の用だ」

「う、うるさいな!!僕は客だぞ!!商人の癖に客に対して何て言い草だ!?」

「ほう、お前の様な一文無しに我が店の商品を買えるのか?」

「うっ!?」



ヤミンは自分の荷物以外は何も持ち合わせておらず、一級品の品物しか取り扱わないゴーマンの店の商品を購入できる金などなかった。しかし、見かねたナイトがゴーマンに話しかける事にした。



「ゴーマンさん、俺の事を覚えてますか?」

「何だお前は……いや、君はまさかあの時の!?」

「昨日ぶりですね」

「え?え?親父とナイトは知り合いなのか?」



ゴーマンはナイトの顔を見て驚愕し、その様子を見てヤミンは不思議に思う。ナイトはヤミンの隣に移動すると、ゴーマンに彼の話を聞くように頼み込む。



「俺はヤミン君の友達です。彼からだいたいの事情は聞いてます」

「なるほど、そう言う事だったのか……しかし、いくら恩人と言えども家族の問題に立ち入らないでもらいたい」

「彼の事を家族だと思ってるんですね。さっきは赤の他人だと言ってたくせに」

「いや、それは……」



痛い所を突かれたゴーマンはばつが悪そうな表情を浮かべ、そんな彼に対してナイトはヤミンの背中を押してちゃんと彼の話を聞くように促す。



「俺は幼い頃に両親を失いました。家族を失った辛さは良く知ってます……けど、貴方達はまだやり直せる。家族は大事にしないといけませんよ」

「ナ、ナイト……お前、いい奴だな」

「……はあっ、分かりました。恩人の貴方の言う事なら聞き入れないわけにはいきませんな」



ゴーマンは苦笑いを浮かべて建物の中にヤミンを招き、別れ際にヤミンはナイトに振り返って頭を下げた。



「ナイト、ありがとう!!この借りは必ず返すからな!!」

「うん……たった二人の親子なんだから仲良くしなよ」

「息子がお世話になりました」



ヤミンとゴーマンに頭を下げられてナイトは照れくさく思い、彼等と別れて宿屋へ向かう。ナイトは二人の親子関係が修復する事を祈りながら昔の事を思い出す。


まだ魔王と出会う前、ナイトは親子三人で仲良く暮らしていた。しかし、盗賊が村を襲ってきたせいでナイト以外の人間は皆殺しにされ、彼の両親は命懸けでナイトを隠し通した。十年経過しようとナイトは亡くなった両親を忘れてはおらず、少し寂しく思う。そんな彼の背中を叩いたのは魔王だった。



「大丈夫ですよ。今は私が傍にいますから」

「魔王様……」

「ナイトさんの家族なら私がいます。血が繋がってなくとも貴方の事は弟のように大切に想ってますよ。勿論、ライラさんもロプス君もゴンゾウ君も皆が貴方を家族と受け入れてますよ」

「ううっ……ありがとうございます。俺も魔王様の事をお祖母ちゃんのように想ってます」

「あれ!?そこはせめてお姉さんのように想ってくれませんか!?」



自分が祖母扱いされていた事にマオはショックを受けるが、ナイトは彼女に拾われて本当に良かったと思う。例え種族が違えど今の自分の家族は魔王やライラ達であり、決して寂しくはなかった――

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