第34話 王族からの褒美

「ナイトさん、ちょっといいですか?今回の王族の褒美の件を利用した良い作戦を思いついたんです」

「え?あ、はい……なんですか?」

「それはですね……ごにょごにょっ」

「ええっ!?それって大丈夫なんですか?」

「バレなければいいんですよ。問題ナッシング!!」



マオの作戦を聞かされたナイトは驚愕の表情を浮かべ、確かに彼女の作戦が上手くいけばハルカとヤミンの二人に恩を売り、二人との距離が一気に縮まるかもしれない。



「でも、そんなに上手くいきますかね……」

「駄目だったら駄目で別の方法を考えましょう。さあ、二人が起きるまでナイトさんもしっかり休んでください」

「わ、分かりました……マオちゃんはどうするんですか?」

「私は仕事があるのでこれで失礼します。あ、食事は食堂でしか食べられないから気を付けてください。お風呂に入る時は汚れた服は籠に入れて持ってきてくださいね」

「は、はあっ……本当に従業員みたいですね」

「今の私は魔王じゃなくてしがないメイドですから」

「メイドではないような……」



仮にも主君である魔王が宿屋の従業員として働く姿にナイトは何とも言い難い気持ちを味わい、自分も手伝うべきかと思ったが、流石に一般客が従業員の仕事を手伝うのは怪しまれる。ナイトはマオの言う通りに身体を休ませる事にした――






――ナイトが目が覚ますと昼過ぎを迎えており、ひと眠りしたお陰で疲れは大分取れたが、隣の部屋にいるはずのヤミンとハルカの様子を魔力感知で伺う。



(ヤミン君はまだ寝てるみたいだけど、ハルカは起きてるみたいだな)



ヤミンの魔力は微動だにせず、まだ床で眠っている様子だった。一方でハルカはナイトの部屋の前でうろうろとしていた。どうやら声を掛けるべきか悩んでいるらしく、ナイトは偶然を装って部屋の外に出る事にした。



「あれ?ハルカ、そんなところで何してるの?」

「あ、良かった!!ナイト君も目が覚めてたんだね!!」



自分が扉をノックする前にナイトの方から出てきてくれた事にハルカは安堵し、とりあえずは彼女を部屋の中に招き入れる。



「どうぞ、中に入ってよ」

「う、うん……私、男の子の部屋に入るの初めてだよ」

「いや、ここ宿屋だけど……」



ナイトに誘われてハルカは緊張した様子で部屋の中に入ると、机の上に置かれている魔導書に気が付く。



「あれ?これって魔導書?ナイト君は魔術師じゃなかったよね?」

「あ、それは……その、知り合いから貰った物なんだ」

「知り合いって……魔導書をくれるぐらいお金持ちの人なの?」



魔導書は一般人が手に入れられる代物ではなく、魔術師でもないナイトが所持している事にハルカは疑問を抱く。何とか誤魔化そうとナイトは彼女の背中を押して椅子に座らせる。



「そ、それよりもほら!!ハルカのために色々お菓子を用意してたんだよ!!」

「え、お菓子!?食べていいの!?」

「どうぞどうぞ」



事前に用意していたお菓子を机に乗せると、ハルカは嬉しそうに味わう。昨日の雑談で彼女がお菓子が大好きな事を聞いていた事が幸いし、どうにか魔導書の件は誤魔化せた。


お菓子の類はマオに用意してもらい、王都でも女の子に人気が高いお菓子を買い揃えてもらった。ハルカが満足するまでお菓子を味わうと、ナイトはモウカの用件を伝える。



「そういえばハルカと別れた後、モウカさんがここにやってきたんだ。昨日の魔族の討伐に協力したお礼に王族の人が俺達に褒美を上げたいんだって」

「ええっ!?そ、それ本当なの!?」

「本当だよ。欲しい物があれば何でも言ってくれって、モウカさんから伝言を頼まれたんだ」

「な、何でもいいの!?」



ハルカはナイトの言葉に度肝を抜かし、お菓子を食べるのを止めて考え込む。



「……でも、私は何にもしてないよ?馬車の中で眠ってただけだし、魔族に襲われた時も何もできなかったし」

「俺を助けてくれたでしょ?ハルカの回復魔法がなかったら死んでたかもしれないし」

「う〜ん……それならいいのかな?」



インキュバスに襲われた時はハルカは眠らされていたため、直接的に戦ったわけではない。しかし、それを言えばナイトもインキュバスを倒したわけではなく、結局はモウカに助けられなければ死んでいたかもしれない。


魔封じの指輪を外したインキュバスはナイトの手には負えず、仮にモウカが助けに来てくれなければ殺されていた。ナイトが生き延びられたのはモウカが来るまでの間、ハルカが必死に守ってくれたお陰である。



「モウカさんの話だと褒美を断るのは失礼だから、素直に欲しい物を頼めって言ってたよ」

「本当に何でもいいの?それなら私は杖が欲しいな〜」

「あれ?杖ならハルカも持ってなかった?」

「これも気に入ってるけど、魔石付きの杖が欲しいんだよ〜」



ハルカが所持する杖は魔石が搭載されておらず、魔法を発動するにも呪文を詠唱しなければならない。だが、魔法の力を補助する魔石が搭載された杖ならば呪文無しでも魔法を瞬時に発動する事ができる。



「魔石付きの杖は物凄く高いんだよ。本当に貰えるのなら凄く嬉しいな〜」

「へえ、そうなんだ」

「ナイト君は何を貰うの?」

「う〜ん、一応は決めてるんだけど……まだ内緒かな」

「え〜!?ずるいよ〜!!」



ナイトが受け取る褒美はマオと相談した上で既に決めているが、今はまだハルカに明かす事はできなかった。これもマオの考えた作戦の内であり、ハルカにはまだ明かせない。



「私は教えたのにナイト君だけ言わないなんてずるいよ〜」

「ははっ……きっとハルカも驚く物だよ」

「へえ〜どんなの……か、な?」



会話の途中でハルカは机に突っ伏し、瞼を閉じると寝息を立てる。唐突に眠り込んだハルカを見てナイトは心配するが、彼女が食べたお菓子に視線を向けて頷く。



「効果抜群だな……魔王様の眠り薬」

「う〜ん……むにゃむにゃっ」

「ごめんね、ハルカ……後で起こしてあげるからね」



眠り込んだハルカにナイトは毛布を掛けてやると、彼女が意識を失っている間に行動に移る――






――しばらく時間が経つとハルカは目を覚まし、頭を抱えながら周囲を見渡してナイトの姿を探す。



「あ、あれ?ナイト君、何処に居るの?」

「ハルカ?良かった、目を覚ましたんだね」

「わっ!?びっくりした……部屋の外に居たの?」



部屋の扉が開かれて中に入ってきたのはナイトであり、彼は水が入ったコップをハルカに差し出す。ハルカは水を飲むと落ち着いたのか、自分がナイトの部屋で眠ってしまった事を思い出す。



「そ、そうだ!!私、急に眠くなって……」

「きっと昨日の疲れが残ってたんだろうね。無理をせずに部屋に戻って休んだ方が良いよ」

「そ、そうなんだ……って、もう真っ暗!?」



窓の外は既に太陽が沈み切っており、数時間も眠り込んでいたと知ってハルカは驚く。そんな彼女にナイトは申し訳なさそうな表情を浮かべた。



「ごめん、起こそうとは思ったんだけど中々目を覚まさなくて……モウカさんとの約束の時間に間に合わないから俺が代わりにハルカの願いは伝えておいたよ」

「え〜!?ご、ごめんね!!何だか迷惑を掛けちゃって……」

「大丈夫だよ。実はモウカさんも仕事で忙しくて俺も会えなかったんだ。だから部下の人にちゃんと伝言を頼んでおいたから平気だよ」

「ううっ……ナイト君も疲れてるのにまた迷惑を掛けちゃったね」

「気にしなくていいから本当に……それよりも涎の跡を何とかしなよ」

「わわっ!?は、恥ずかしいよぉっ……」



ナイトに指摘されてハルカは頬を真っ赤にして口元をハンカチで拭うが、そんな彼女にナイトは罪悪感を抱く。実を言えばマオが立てた作戦はハルカが一緒だと不都合があり、彼女に薬を持って眠らせるしかなかった。

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