第30話 魔王の心配
「ナイト君?どうしたの?早く入ろうよ~」
「いや、ごめん……ちょっと疲れてるのかな、ここにいるはずがない人の幻覚が見えた気がする」
「ええっ?」
扉を閉めたナイトにハルカは不思議に思うが、恐る恐る扉をもう一度開く。そして今度はポーズを取りながら出迎えるアイリスの姿があった。
「いらっしゃいませ~♡看板娘のマオちゃ……」
「ふんっ!!」
「ナイト君!?」
言葉を言い終える前にナイトは強制的に扉を閉め、彼の行動にハルカは度肝を抜く。そんな彼女の腕を掴んでナイトはその場を離れようとした。
「ハルカ、この宿屋は駄目だよ。他の宿屋に泊まろう」
「ええっ!?でも、ここが学園指定の宿屋だよ!?」
「そうですよ、他の宿屋よりもうちの方が快適に過ごせますよ」
聞き覚えのある声を耳にしてナイトは振り返ると、扉の隙間から覗き込むアイリスの姿があった。彼女は扉を開くと二人に手招きを行う。
「ほらほら、お客さん達も勇者学園の生徒さんなんですよね?早く中に入ってくださいよ~」
「いや、何してるんですか貴女は!?」
「ナイト君……この女の子と知り合いなの?」
魔王にも関わらずに何故か宿屋の従業員として働いているアイリスにナイトはツッコミを入れるが、ハルカは初対面なので彼女は何者なのか不思議に思う。するとアイリスはナイトの肩を掴んで笑顔で挨拶を行う。
「どうも初めまして~いつも兄がお世話になってます」
「ちょっ!?」
「え、兄という事は……ナイト君の妹なの!?」
「そうですよ~」
ハルカはナイトの妹を自称するアイリスに驚くが、彼女以上にナイトの方が戸惑う。仮にも魔王が未来の勇者(候補)に接触するなど何を考えているのかと突っ込みたくなる。ハルカに聞かれないようにナイトはハルカに背中を向けて小声で話しかける。
「魔王様!!こんな所で何してるんですか!?」
「諜報活動ですよ。この宿屋は学園が指定した宿屋ですからね、つまりは今年の入学生は全員この宿に集まるという事です。だから私の目で今年の入学生の中に勇者と成り得る人材がいるか確かめに来たんです」
「だからって魔王様がわざわざ来なくても……ここは王都なんですよ!?」
敵国の王都に魔王自ら乗り込むなど普通なら有り得ない話であり、ライラでさえも長居せずに早々に退散した。しかも魔王ともあろう御方が店の従業員として働いている事にナイトは頭を悩ませる。そんな彼の肩を掴んでアイリスは小声で話しかけた。
「わざわざ従業員に化けなくても客として入れば良かったのに……」
「それは無理ですよ。勇者学園は毎年に入学生が揃うまでは宿屋を貸し切りにしてるんです。それに従業員なら客と接触できる機会は多いでしょう?」
「それならライラさんに従業員をやってもらえば……」
「それも無理です。ライラさんは私と違って純粋なサキュバスなんですから無意識にお客さんや同僚を誘惑しちゃうかもしれません。だから私がやってきたんです」
「な、なるほど……?」
アイリスの言葉にナイトは納得しかけるが、それでも現在のアイリスは魔道具によって力を封じ込めている状態であり、もしも誰かに襲われたら抵抗する事もままならない。
この王都にはモウカを筆頭に魔族にも劣らぬ実力者が多数存在し、そんな場所に魔王であるアイリスが滞在するのはあまりにも危険過ぎた。しかし、彼女はどうしても自分の目で勇者候補生を確かめなければならなかった。
「あくまでも私の勘ですが……あっ、今のは私が悪魔という意味じゃないですから。あれ?でも淫魔は悪魔に該当するんですかね?」
「魔王様はハーフだから半悪魔じゃないですか?」
「何ですかその半チャーハンみたいな呼び方は……話が脱線しましたね。ともかく、これはあくまでも私の予感ですが今年の生徒の中に勇者が現れるような気がするんです」
「えっ!?それは本当ですか!?」
魔王であるアイリスの予感は馬鹿にはできず、魔族を束ねる魔王は特別な力を持ち、だからアイリスの言葉は信憑性が高い。魔王である彼女が直々に見定めに理由、それは今年の入学生の中に勇者となり得る人物がいる可能性が高いからである。
アイリスの目的は勇者と他の魔王を戦わせる事が目的であり、三人の魔王を勇者が倒した後は彼女は人間の国と同盟を結び、人間と魔族の交流を深めようと計画していた。そのためには何としても勇者を見つけ出してナイトを通して他の魔王と戦うように誘導させる必要があった。
「そもそもナイトさん一人だけに任せるのは大変だと思ってたんですよ。でも、うちの配下の中で他の人間に怪しまれずに行動できるのはナイトさんだけですからね。せめて勇者になれそうな人材探しは私がやろうと思ったんです」
「じゃあ、魔王様なら誰が勇者になるのか分かるんですか?」
「正確には将来的に勇者になりそうな人物を見極めるんです。そういう意味ではあの女の子は中々期待が高いですよ」
「ハルカ?」
ハルカを見た時からアイリスは彼女の存在能力の高さに気が付き、将来の勇者候補として見定めていた。だからこそナイトにはハルカとの親交を深めるように助言する。
「どうやらナイトさんは既にハルカさんと大分仲を深めていますね。いっその事、ハルカさんを落としてくれれば都合がいいです」
「お、落とす!?まさかハルカを高い所から突き落とせと言ってるんですか!?」
「物理的に落とせという意味じゃありませんから!!恋愛的な意味で落とせと言ってるんです!!」
「れ、恋愛?いや、ハルカは友達なので……」
「だったら恋人になれるように頑張ってください。私の見立てではハルカさんもナイトさんの事を意識してますよ」
「いやいや、そんなまさか……昨日出会ったばかりですよ」
いくら敬愛するアイリスの言葉と言えどもナイトはハルカが自分に好意を抱いていると言われても信じられず、そんな彼の反応にアイリスはため息を吐く。
「全く、恋愛方面に関してはまだまだですね。まあ、これからもハルカさんと仲良くなるように頑張ってください」
「はあっ……でも、ハルカと仲良くなれと言われても学園に入学したら俺達は別々のクラスになると思いますけど」
「なるほど、他のクラスだと一緒に居られる時間は少なくなりますね。でも、私の見立てでは……」
「魔王様?」
「……いえ、なんでもありません。では私の事は当分は妹のマオちゃんとして接してください。間違っても魔王様なんて呼んだら駄目ですよ。変にかしこまるのもなしです」
「は、はあっ……」
話を打ち切るとアイリスはハルカに振り返り、彼女はずっと自分を放っておいて二人切りで話すナイトに不安そうな表情を浮かべていた。
「ね、ねえ……ナイト君、本当にその子は妹なの?あんまり顔は似てないけど……」
「実は私達は血が繋がってないんです。私もお兄ちゃんも両親を失って拾われたので……」
「えっ!?そ、そうだったの!?ご、ごめんね変なことを聞いちゃって……」
「う、ううん。別に気にしなくていいよ」
ナイトが両親がいないのは事実だが、アイリスの両親はどちらも健在である。しかし、二人とも魔界に帰ったのでしばらくは戻らず、そういう意味ではアイリスの言葉はあながち嘘とは言い切れない。
アイリス改めマオはナイト達を宿屋に招き入れると、受付で手続きを行って二人に部屋の鍵を渡す。ナイトは「102」ハルカは「103」の部屋の鍵を渡すと案内を行う。
「実は御二人の他にはまだ一人しか勇者候補生の方は来てないんですよ。毎年勇者候補生が全員集まるまで一週間ぐらいかかるそうです」
「え、そんなにかかるの!?」
「当然ですよ。辺境の街からやってくる人もいるんですから、移動だけでも時間は掛かるんです。全員が集まるまでは学園に入る事もできませんから気を付けて下さい」
「それなら先に来た人は待ちぼうけになるのか……」
「なら、皆が集まるまで王都観光もできるね!!」
「入学までの間はごゆっくり過ごしてください。あ、でも夜の外出だけは禁止されてますからね。出かける時は暗くなる前に帰ってきてください」
「分かりましたまお……あいてっ!?」
「ナイト君!?」
「あらあら、お兄ちゃんたら何もない所でこけるなんてドジですね~」
いつもの調子で自分の事を「魔王様」と呼びそうになったナイトのお腹にアイリスは肘を叩き込み、ちゃんと演技をするように促す。
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