第29話 自称看板娘
「――ナイト君ってもしかして馬鹿なの?」
「いきなり酷い言われよう!?」
学園指定の宿屋に向かう馬車の中、目を覚ましたハルカにナイトは治療を受ける。回復魔法で怪我を治しながらもハルカは呆れた表情を浮かべた。
「昨日はあんな目に遭ったのに今日も怪我して帰ってくるなんて……言っておくけど回復魔法だって結構疲れるんだからね」
「ご、ごめん……」
「まあ、ナイト君には何度も命を救ってもらったし、これぐらいの治療ならいくらでもしてあげるけど……でも、もう無茶な真似はしないでね?」
治療を終えるとハルカは疲れた表情を浮かべて席に座り、彼女と対面の席に座ったナイトは脇腹を抑える。怪我は完璧に治してもらったが、モウカとの戦闘を思い出すと疼く気がした。
(剛力の加護……とんでもない力だったな。ゴンちゃん並の怪力にライラさんのような素早さ、今の俺じゃ絶対に勝てないな)
戦闘中のモウカは常に余裕を保ち、実力の半分も出していないのは間違いなかった。彼女がその気にならば最初の一撃でナイトを倒す事もできたはずだった。これまで出会った人間の誰よりも強く、魔族でも彼女に勝てる者は限られるだろう。
刻印を封じられていたとはいえ、魔族のインキュバスを一方的に叩きのめしたモウカの姿は忘れられず、このまま身体を鍛えたとしても彼女に追い付ける気がしない。
(俺も加護を手に入れたらあんな風に強くなれるのかな……あれ、そういえば加護を得るにはどうしたらいいんだ?)
ナイトは加護の存在は知っているが、具体的にどのような手順を踏めば加護の恩恵を得られるのかは知らなかった。人間社会に詳しいアイリスならば知っているだろうが、まさか主君を敵対国の王都に呼び出せるはずがない。
(ライラさんはまだ王都にいるかな?いや、でも魔族のライラさんが加護の取得方法なんて知ってるかな……)
加護を得られない魔族が加護を授かる方法を知っているとは思えず、人間に関心を抱くアイリス以外に加護の取得方法を知る魔族にナイトは心当たりはなかった。駄目元でナイトは向かい側の席に座るハルカに質問してみた。
「ハルカは加護を手に入れる方法を知ってる?」
「え?勿論知ってるけど……」
「本当に!?」
「わあっ!?か、顔が近いよ!?」
ハルカの返答にナイトは興奮を抑えきれずに彼女に迫り、両手を握りしめながら顔を近づける。いきなり接近してきたナイトにハルカは頬を赤らめながら加護の事を話す。
「勇者学園の生徒が在学中に優秀な成績を残したら、卒業前に加護を授かる儀式が受けられるって噂で聞いたことはあるけど……」
「卒業前という事は……」
「入学してから三年後だね」
勇者学園では卒業までの三年間に優秀な成績の生徒だけを選別し、彼等に加護を授かる儀式を施すという。その話を聞いてナイトは自分が加護を手に入れるための手段を思いつく。
(学園に居る間は目立たずに過ごそうと思ったけど、優秀な成績の生徒でないと加護を受けられないなら話は別だ。何としても成績を上げて儀式を受けてやるぞ!!)
モウカなどの強者を目指すのならば加護の恩恵は必要不可欠であり、卒業までの三年の間にナイトは誰よりも優秀な生徒を目指す事を決めた。
「よし、儀式を受けるために頑張らないと」
「私だって負けないよ。絶対に学園を卒業して、一人前の白色魔導士になるんだから!!」
魔導士とは一流の魔術師のみが名乗る事を許される称号であり、最低でも上級の魔法を扱えなければ魔導士を名乗れない。半端な実力で魔導士を名乗れば笑い者にされ、あるいは蔑まれる。
(今の時点でもハルカの回復魔法は凄いと思うけど、加護を与えられたらどうなるんだろう?)
加護の中には魔法を強化する能力も存在し、もしもハルカが加護を授かったらどのような加護を受けられるのかは気になる。だが、人の心配よりも自分の心配をしなければならない。
(俺は勇者に選ばれたわけじゃない。魔王様の力を借りなければ学園に入学する事もできなかった……けど、儀式を受けるためには他の奴に負けてられない)
自分が勇者になれるとは思わないが、今まで育ててくれたアイリスの役に立つためにナイトは強くならなければならない。卒業までの間に優秀な成績を残し、加護の儀式を受けるのを目標とする。
「お互いに頑張ろうね」
「うん!!あ、でもナイト君とは多分別のクラスになっちゃうよね。折角友達になれたのに……」
「あ、そっか……ちょっと寂しいな」
勇者学園では二つのクラスに分かれており、魔術師の才能を持つ者は「魔法クラス」戦闘の才能を持つ者は「戦士クラス」に分かれるとポチ子から伺っていた。
クラスが別々となるとこれまで通りに一緒に行動する事はできなくなり、ナイトとしても将来の勇者候補であるハルカとはもっと仲良くしたかったが、こればかりは仕方がない。
「クラスが分かれても俺達は友達だよ」
「友達……そうだね、もう私達は友達なんだよね」
「それがどうかしたの?」
「えっと、実は男の子の友達なんて初めてなんだ。小さい頃から男の子と遊んだ事はなかったから、何だか不思議な気分だよ」
「そうなんだ。俺も女友達はハルカが初めてかも」
「そ、そうなの?何だか照れちゃうな……」
ナイトの言葉にハルカは恥ずかし気な表情を浮かべ、学園に入学すれば彼女と一緒にいられなくなると思うと少し寂しい。だが、ナイトの目的は将来の勇者となれる人材を見出し、その人物に取り入って他の魔王と争わせるのがナイトの最終目標である。
(学園を卒業するまでは三年あるけど、上級生の中にも勇者になる逸材がいるかも……あれ?それだと俺はどうすればいいんだ?)
仮に三年生の中に勇者に成り得る人材が居た場合、一年後に卒業してしまう。その場合はナイトは学校を中退して勇者を追いかけねばならないのかと焦る。
(やばい!!もしも勇者が先に卒業したら加護の儀式を受ける暇なんてないぞ!?でも、強くなるには儀式を受けないと……ああ、もうどうすればいいんだ!?)
今更ながらとんでもない問題に気づいたナイトは頭を悩ませていると、馬車が停止して運転役の兵士が話しかける。
「到着しましたよ。あそこが御二人の宿泊予定の宿屋です」
「えっ!?あそこに泊まれるの!?」
「看板は変わってるけど、立派な建物だな……」
兵士が指差す方向には「黒猫」を想像させる看板が掲げられた宿屋が存在し、名前は「黒猫亭」と記されていた。前の街でナイトが泊まった宿屋よりも大きくて立派な建物であり、当分の間はこちらの宿屋で宿泊する事にナイトは楽しみに思う。
(前の宿屋に泊まった時は魔王様とライラさんが一緒だったから落ち着かなかったけど、ここなら一人でゆっくりできるな)
前の街の時は三人一緒の部屋で泊まった。最初は個室で泊まろうとしたのだが、アイリスの提案で三人一緒の部屋に泊まる事になった。ナイトとしては主君と師として崇める二人とずっと一緒に過ごすので気が気ではなかった。
今日からしばらくの間は一人で過ごす事になり、久々に他の人間に気にせず一人でいられる事にナイトは内心嬉しく思う。別に他の人と一緒にいるのが嫌というわけではないが、偶には一人でゆっくりと過ごしたい時もあった。
「黒猫亭といえば王都でも有名な宿屋なんだよ。普通なら子供だけで泊まれる場所じゃないからわくわくするね~」
「そうだね、じゃあ中に入ろうか」
ナイトは宿屋の扉を開いた瞬間、見覚えのある女性がメイド服姿で出迎えた。
「いらっしゃいませ~♪今日から黒猫亭の看板娘となったマオちゃんで~す」
「…………」
二人の前に現れたのはメイド服姿の魔王であり、黙ってナイトは扉を閉めた――
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