第22話 野良魔族

「待ってくれ、同族と争うつもりはない」

「同族?」



ライラが指輪を外す前にフードの人物は素顔を晒すと、相手の顔を見てライラは納得した。まさか王都に自分以外の「魔族」がいるなど思わなかったが、それはともかく何の目的で自分の前に現れたのかを問う。



「あなたは何者?私に何の用かしら?」

「……ここは私の縄張りだ。いくら同族と言えど、私の獲物に手を出されるのは気分が悪い。だから釘を刺しに来ただけだ」

「縄張り?随分と命知らずね、ここには怖~い人たちがたくさんいるのよ」

「ふん……人間如きに我の正体は見破られん」



ライラの前に現れた魔族も彼女と同様に魔力を完璧に消し去る手段を持つらしく、そうでもなければ魔族が王都で生き延びられるはずがない。この王都にはライラでも手に負えない程の厄介な人間達が住んでおり、もしも彼等が魔族の存在に気づいていたとしたら見逃すはずがない。



「お前の所属を明かして貰おうか。いったい誰に仕えている?」

「その質問に応える義理はないわね」

「いっておくが俺はずっとお前を監視していた。とある人間の少年と接触していた事も知っている……それを明かされたらまずいのではないか?」

「あら、それは困ったわね」



魔族の言葉にライラは困った表情を浮かべるが、突如として表情を一変させて凄まじい殺気を放つ。彼女の迫力に魔族は気圧され、無意識に後退りする。



「たかが魔族が私を脅すなんて……いい度胸ね」

「な、何だと!?」

「魔王に仕える者ならば王都がどれほど危険な場所なのか理解している。こんな場所に暮らす馬鹿がいるとしたらはぐれ者しか有り得ないわね」



はぐれ魔族とは魔王から不要と判断されて追放された魔族の蔑称であり、普通の魔族なら四人の魔王のいずれかに忠誠を誓って生きていくが、能力が低いと判断された魔族は追放される事がある。追放された魔族は他の魔王からは受け入れられず、何処の組織にも属せないからこそ「はぐれ魔族」と呼ばれる。


ライラの前に現れたのはとある魔王に追放された魔族であり、この王都で人間を狩って暮らしていた。しかし、魔王に従う魔族ならば敵対国にわざわざ住み着くはずがなく、ライラの前に現れたのはの魔族という事になる。



「ここで消してやってもいいけど、王都の連中に気付かれると面倒だわ。お互いに今日は会わなかった事にしましょう」

「わ、分かった」

「そうそう……仮にあの子に手を出そうとしたり、他の奴等に情報を流せばどうなるか分かってるわね」

「ぐっ……分かった。黙っておく」



相手が同族であろうと自分の子供のように愛するナイトに手を出す存在ならば見逃すつもりはなく、ライラは最後に忠告すると堂々と魔族を横切って去っていく。能力不足で追放された魔族と最高幹部である四天王のライラでは同じ種族でも格の違いは明確であり、魔族は悔し気な表情を浮かべる。



「くそっ……あの女め、よくも侮辱してくれたな!!」



怒りのあまりに魔族は壁に拳を叩きつけると、勇者学園の前でライラと話していた少年を思い出す。



「あのガキを利用すれば……」



ライラからは決して手を出すなと言われたが、魔族は次の獲物はナイトに定めて動き出す――






――勇者学園の門の前でナイトは立ち尽くし、あまりにも暇だったのでライラから渡された手帳を読む。こちらの手帳には腕輪の変身方法の注意点が記されており、他にもサキュバスの能力が記されていた。



「う~ん……色々と便利そうな能力だけど、できれば使いたくはないな」

「お~い!!ナイト君!!やっと先生を見つけたよ~!!」



メモ帳を読みふけっていると、敷地内の方からハルカの声が聞えた。どうやらモウカが来る前に学校の人間を見つけて来たらしく、ナイトはメモ帳を鞄に戻す。



「はあっ、はあっ……ごめんね、見つけるのに時間かかっちゃった」

「お疲れ様。けど、先生は何処にいるの?」

「あれ?さっきまで後ろを走ってたんだけど……」

「ま、待ってください~……ちょっと早過ぎますよ~」



ハルカの傍には誰もおらず、彼女も不思議そうに振り返ると校舎の方から誰かが駆け寄ってきた。その人物は眼鏡に白衣を纏った女の子であり、見た目は十歳ぐらいにしか見えない。



(誰だろうこの子?生徒にしてはちょっと若すぎる気がするけど……)



とてとてと歩いてきた(走った?)女の子にナイトは不思議に思い、近づいてみて分かったが頭に獣の様な耳を生やしていた。それを見てナイトは彼女が人間ではなく「獣人族」と呼ばれる種族だと気付く。



(もしかして獣人族?初めて見たな……)



獣人族とは人間と獣の特徴を併せ持つ種族であり、魔族と違って人間と同じ人類として扱われている。ちなみにサキュバスも蝙蝠のような羽根を生やしているが特殊な能力を持っているせいで獣人族とは認められていない。



「よしよし、君は迷子かな?駄目だよ子供がこんな場所で一人で居たら……」

「わふっ!?わ、私は子供じゃありません。この学校の先生ですよ~」

「え、先生なの!?」



迷子かと思ってナイトは少女の頭を撫でてしまったが、彼女の正体は勇者学園の教師だと知って慌てて態度を改める。まさか生徒ではなく先生だった事に驚きを隠せない。



(こんな小さい女の子が先生だなんて……もしかしたらこの国では幼女でも先生になれるのかな?)



魔王領で暮らしていたナイトはハジマリノ王国の常識に疎く、もしかしたら小さな子供で職にありつけるのかと思ったが、一緒にいるハルカも驚いている様子だった。



「私もさっきは驚いたよ。迷子かと思って話しかけたらまさか先生だったなんて……(なでなで)」

「あ、そうなんだ(なでなで)」

「くぅんっ……そんなに撫でられたらくすぐったいです」



小動物のような愛くるしさの少女にナイトとハルカは撫でる手が止まらず、改めて少女は自己紹介を行う。



「私の名前はポチ子です。薬学の担当教師です」

「薬学?」

「私の授業では薬草などを利用して薬を作る勉強をします。薬草の栽培方法や薬の使い方を知っておけばいざという時に色々と役立ちますから~」

「でも、私は怪我をしても自分の魔法で治せるけど……」

「だ、駄目ですよ~魔法の力に過信したらいけません。もしも肝心な時に魔法が使えないぐらいに疲れていたらどうするんですか?それに魔法では毒や病気は治りませんし、薬じゃないと治せない怪我もあるはずです」

「なるほど、言われてみれば確かに……」



回復魔法は決して万能ではなく、毒物や病気に肉体を侵された時は魔法でも治す事はできない。薬学の授業を学べば様々な薬の作り方を学べ、いざという時に役立つ可能性が高い。


ハジマリノ王国では薬草栽培が盛んであり、この国でしか入手できない薬草も多い。野生でも様々な薬草が生えているため、薬学の知識があれば自分で薬も製作できる。旅などに出る時は覚えておいて損はないという。



「それはそうとお兄さんもこのお姉さんと一緒に勇者学園に入学する方ですか?」

「え、そうだけど……いや、そうです」



相手は教師なのでナイトは敬語で話しかける事にすると、ポチ子は二人を連れて学園内の案内を行う。



「それじゃあ、御二人は入学する前に検査を受けてもらいます」

「検査?」

「な、何をするの?」

「そんなにかしこまらなくていいですよ。すぐに終わりますから」



ポチ子の後に続いてナイトは遂に学園内に入り、ハルカと共に校舎の中に入る。ポチ子の案内で最初に連れていかれたのは学校の中庭であり、そこには水晶玉が嵌め込まれた台座が設置されていた。

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